120 スパッツメイド
狂科学者は僕の方を向いて言う。
「では、弟くん。わたしとブラックポニーテールは、スパッツを探しに店の奥へ移動しようと思うのだが……クククッ」
「はい。僕は、ここで待っていますよ。ブラックポニーテールのことを、どうかよろしくお願いします」
僕のその言葉に大森さんは小さくうなずき、キーナを連れて店の奥へと消えていった。
「スパッツカァ……」と右足がまた言った。
「スパッツネェ……」と左足が続ける。
スパッツなぁ……と僕も再び心の中でつぶやく。
やがて――。
僕がテーブルでぼーっと時間を潰していると、キーナが一人だけで戻ってきた。
大森さんはそばにいない。
「冬市郎くん! スパッツのおかげで、自由に動けるようになったッスよ!」
ミニスカ巨乳メイドは、黒いスパッツを
上から順番に眺めると、頭飾りのホワイトブリム、黒白のメイド服、黒いスパッツ、そして黒ニーソという姿だ。
パンチラを気にせず動けるようになった解放感からか、ポニーテールのメイドはうれしそうにピョンピョン飛び跳ねたり、その場でくるりとターンしたりした。
「お姉さんからお借りしたこの可愛いメイド服を、これで思う存分楽しむことができるッス!」
少女の動きに合わせてスカートが、ひらひらと何度もめくれ上がる。
だが、スパッツのおかげでもちろんパンツは見えない。
最初は僕も、パンツが見られなくてガッカリしたものだ。
けれど――。
おいおい……待てよ……。
スカートからチラリと見えるスパッツは、これはこれで……。
僕は、ごくりと唾を飲み込んだ。
こちらのそんな様子には気がついていないスパッツメイドは、微笑みながらこう言った。
「冬市郎くん。自分、これから店の奥で、大森さんから接客の手ほどきを受けることになったッス」
「えっ、接客の手ほどき?」
「そうッス」
「じゃあ、試験は?」
「試験はその後らしいッスよ。まずは大森さんが『基本的な接客の流れ』を色々と説明してくれるそうッス」
「へえ。なら、採用試験では、大森さんが教えたことをキーナがお客さんの前できちんと出来るかどうか、それをテストする感じになるのかな?」
キーナがこくりとうなずく。
「うッス。おそらく、そんな感じになると自分も予想しているッスよ。それで大森さんが――」
そこまで言うとキーナは突然、片手で顔を不敵に覆い隠した。
そして、部分的に大森さんのモノマネを取り入れながら話の先を続ける。
「『クククッ……弟くんには、もうしばらく一人で待っていてもらうことになるが……。なんだか申し訳ないな、クククッ……』と不敵な様子で口にしていたッス。大森さんが、冬市郎くんを待たせてしまうことを気にしていたんスよ」
わざわざ大森さんのモノマネをする必要はないんじゃないかなぁ、と思いながら僕はこう言った。
「ああ、うん。待つのは問題ないよ。僕はここでいくらでも待っていられるからさ」
「うッス」
「僕のことは気にせず、キーナは大森さんからじっくり丁寧に教わるといいよ。大森さんにもよろしく伝えてもらえるかな?」
「冬市郎くん、ありがとうッス。それじゃあ、自分はまた店の奥に戻るッスね」
「がんばってね、キーナ」
僕がそう言うとキーナは、こちらに向かって、グッと右手の
そして、
「もちろんッスよ!」
と力強く言い放ち、短いスカートをひらりとさせながら、くるりと僕に背を向けた。
スパッツに包まれたキーナのお尻が、一瞬チラリっと顔をのぞかせる。
それからキーナは、店の奥へと消えていったのだった。
その後――。
僕は、キーナと大森さんが戻ってくるまで、それなりに長いこと待たされたのである。
「採用試験、時間ガカカルナ」と右足が言った。
「モウ少シ手短ニ行ワレル、ト思ッテイタゼ」と左足が続ける。
確かに、キーナが衣装を着替えたり、大森さんから接客の手ほどきを受けたりと、予想していた以上に時間がかかっている。
しかし、こうなってくると気になるのは……。
「キーナ、モシカスルト試験ノ途中デ……」と右足が言った。
「アア……。冬市郎ノ首筋ヲ、舐メタクナルカモナ」と左足が続ける。
足の裏たちの言うとおりだ。
試験に時間がかかり過ぎて夜になると、キーナが僕の首筋を求めはじめるかもしれない。
その予防として、ここに来る前にジャリ研の部室で思う存分舐めてもらってはいたのだけど……。
僕と足の裏たちとでそんな心配をしていると、バサリっと鋭い衣擦れの音が店内に響いた。
「クククッ……弟くんよ、待たせてすまない」
白衣を身につけたスレンダーな女性が僕の視界に入ってくる。
消毒液の匂いとともにマッドサイエンティスト大森が戻ってきたのだ。
もちろん背後には、ミニスカ巨乳スパッツメイドを引き連れていた。
「お、お、お待たせッス……冬市郎くん」
そう口にしたキーナの声が、なんだか少しうわずっている。
足の裏たちが、ざわつく。
「アレ? キーナノ様子ガ……」と右足が言った。
「少シ、オカシイ?」と左足が続ける。
キーナの顔を見ると、すでに禁断症状が出はじめているといった感じだった。
ポニーテールの少女は、僕の首筋を見つめながら舌先で自身のくちびるをぺろりと舐めたのである。
「コ、コレハ……」と右足が言った。
「恐ロシイ採用試験ニ、ナリソウダゼ……」と左足が続ける。
足たちの意見に僕も同意だった。
こりゃあ、きっと恐ろしい試験になることだろう。
だが――。
ふと周囲を見渡して、僕はすぐに『もっと恐ろしい事実』に気がついた。
もっと恐ろしいのは……。
これだけの長時間、僕は店内にずっといたのに、その間『店にお客さんが一人もやって来なかった』ことである……。
店の将来を考え――いや、
しかし今はとにかく、キーナの採用試験に集中しなければならない。
大森さんが片手で顔を覆い隠しながら僕に言った。
「クククッ……では、弟くんよ。ブラックポニーテールの採用試験を……いや、採用実験をはじめようではないかっ!」
それから狂科学者は、今度はキーナの方を向いて言う。
「クククッ……ブラックポニーテールに挑んでもらうのは、『二人組のお客様の接客』だ。この店にやって来た男女を接客する――そんなシチュエーションでどうだろうか?」
「うッス!」
「クククッ……よろしい。ではそうなると、わたしと弟くんが『この店にやって来た二人組のお客様』役だな。やはり『恋人同士』という設定が自然だろうか」
大森さんが『恋人同士』という言葉を口にした瞬間だった。
キーナの右の眉毛が、ピクッとつり上がったのである。
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