121 狂科学者とメイドとロボット

「あ、あのぉ……」


 キーナが狂科学者に話しかける。


「どうした、ブラックポニーテールよ」

「そのぉ……。もし設定の変更が可能であればなんスけど……」

「んっ?」

「お二人の設定を『恋人同士』ではなく、『姉と弟』に変更してもらうことはできないッスかね?」


 キーナは申し訳なさそうにそう言った。

 白衣の狂科学者は、長い黒髪を揺らしながら首をかしげる。


「んんっ? ブラックポニーテールは、わたしと弟くんが『姉と弟』という設定の方がいいのか?」

「う、うッス……。わがままを言って申し訳ないッスけど、どうかよろしくお願いしますッス」


 キーナは深々と頭を下げた。


 テストをしてもらう立場なのに、採用試験の設定に条件をつける――。

 もちろんそれは、試験官に対して良い印象を与える行為ではないだろう。


 けれどおそらく、キーナはそんなリスクは承知の上で、大森さんにお願いしたのかもしれない。

 以前のことだが、僕とキーナは守山赤月もりやま・あかつきのいる地下室で、


『キーナが悲しむ限り、僕は恋人をつくらない』


 という約束をしていた。

 だからキーナは、たとえお芝居であっても『大森さんと僕が恋人同士』という設定が、気に入らないのだと思う。


 狂科学者が片手で顔を覆い隠しながら言った。


「クククッ……ならば『恋人同士』という設定は、やめようではないか」

「ありがとうございますッス!」

「まあ、これから三人でアイデアを出し合って、別の設定を考えてみるとするかな? ……クククッ」


 キーナに対して、大森さんが特に悪い印象を抱いたようには見えなかった。

 僕は、ほっと胸を撫で下ろす。

 それから僕たち三人は、採用試験の設定について話し合った。


 やがて――。

 僕が声を出しながら、三人で決めた設定の最終確認をする。


「――では、大森さんはいつも通り『狂科学者』のキャラクターを残したままでお願いします」

「クククッ……」

「狂科学者であり、同時に僕の姉であるという設定ですね」

「ああ、それで問題ないよ、弟くん」


 話し合いの結果、大森さんと僕は、やはり『姉と弟』ということになったのだ。


「それで僕の方の設定ですが、『三年前の大森さんの実験で、心の一部と記憶を失った弟』となりました。そして『弟は現在、自分のことをロボットだと思い込んでいる』という設定もあります」


 足の裏たちが戸惑とまどいの声を上げる。


「『ロボット』ダト思イ込ンデイル……?」と右足が言った。

「『弟役』ノ設定ガ、謎スギルノダガ……?」と左足がつぶやく。


 しかし弟の設定は、まだまだそれだけではなかった。

 僕は足の裏たちの声を無視して、設定の最終確認を続ける。


「――さらに、『弟はたまに、外部から謎の電波を受信することがある』という追加設定もあります」

「クククッ……わたしの弟は謎の電波を受信するのだな」

「はい。また、『弟は頻尿ひんにょうだが、トイレに行きたいと自分からはなかなか言い出せないシャイボーイで引っ込み思案じあんな性格』ということになりました」


 弟役の僕には、ずいぶんと余計な設定が詰め込まれているのだ。


「――以上です。『姉と弟』の設定は、これで問題ないでしょうか?」


 僕がそう言うと、ポニーテールの少女が力強くうなずいた。


「うッス! 自分は、その設定で問題ないッス! がんばって接客するのでよろしくお願いしますッス!」


 キーナは、僕と大森さんの『恋人同士』という設定がなくなったことが、とにかくうれしい様子だった。

 大森さんの方も特に問題はないようで、不敵に笑いながら納得した様子でうなずく。


「クククッ……難易度の高い設定だな。だが、ブラックポニーテールがそれでいいと言うのならば、まあ、どれだけやれるか試してみようではないか……クククッ」


 それから狂科学者は、両手を大きく広げた。

 白衣がバサッと衣擦れの音を立てると、大森さんはこう声を上げる。


「それでは今度こそ、採用試験を――いや、採用をはじぃめぇぇえるぞぉおお、ブラックぅうポぉニーテぇールよぉ! クククッ……ハーッハハハッ!」


 大森さんがマッドサイエンティストの演技に気合を入れはじめた。

 採用試験を受けるのはキーナなのだが、その気合の入った狂科学者の演技を目にすると、僕までなんだか緊張してしまう。

 きっと僕も『狂科学者の弟役』に本気で取り組まなければいけないだろう。


 そんなわけで、いよいよ採用試験がはじまった。

 僕と大森さんは、四人掛けのテーブル席で向かい合って座る。

 これから二人で『中二病喫茶に客としてやって来た姉と弟』を演じるわけだ。


 狂科学者であり、姉である大森さんが、片手で顔を覆い隠しながら僕に言う。


「クククッ……弟よ、何でも好きな物を注文するといいぞ。姉さんが、御馳走ごちそうしてやるからな、クククッ……」


 もちろん、本当に御馳走されるわけではない。

 大森さんは、そういう芝居をしているだけだ。


「ガガガッ――。姉さん、ありがとう。ガガガッ――」


 弟は自分のことをロボットだと思い込んでいる設定だ。

 そこで僕は、『ガガガッ』と機械音を口で表現しながら演技をする。


 そうして『狂科学者の姉』と『ロボットの弟』が、会話していると……。

 いったんテーブル席から離れて店の奥に引っ込んでいたキーナが、中二病喫茶の店員として僕たちの前に姿を現した。


「スススッ……お客様、いらっしゃいませッス……」


 ミニスカ巨乳スパッツメイドが、ポニーテールを揺らしながらゆっくりと頭を下げる。

 ちなみに『スススッ』は、笑い声らしい。

『クククッ』と笑うと、大森さんと笑い方が同じになってしまう。

 そのためキーナは、笑い声に『スススッ』を選んだのだ。


 奇妙な笑い声に、足の裏たちがざわついた。


「『スススッ』ナンテ笑イ声、アルカヨ?」と右足が言った。

「キーナ、迷走シテイルナ……」と左足が続ける。


 足の裏たちの言う通りである。

『クククッ』がダメなら、『フフフッ』でいいと僕は思った。

 それなのにキーナは、打ち合わせで『スススッ』を笑い声として選んだのだ。

『スススッ』なんて笑い声、僕はこれまでの人生で一度も耳にしたことがなかった。


 キーナは、「スススッ……」と不敵な微笑みを浮かべたまま『中二病ウェイトレス』として接客を続ける。

 彼女は、二人分のグラスをテーブルの上に置く芝居をした。

 練習なので実際におやは使わない。

『エアお冷や』である。


 続いてキーナは、お客様役の僕と大森さんに尋ねた。


「スススッ……お客様は『お二人様』でございますッスね?」


『スススッ……』という笑い方や『ス』をつけるしゃべり方が、足を引っ張っている気もするが――。

 まあそれでも、全体的な雰囲気は悪くない感じだった。

 笑い声は珍妙だけれど、『中二病ウェイトレス』を演じようというキーナの強い意識が、こちらにも充分に伝わってきている。


「クククッ……メイド服の店員さんよ――」


 白衣の狂科学者が、両目を閉じて語りはじめる。


「確かにわたしたちは、パッと見では『お二人様』だ。まあ……わたしの弟を『人間としてカウントする』ならば『二人』となるわけだがな……クククッ」


 そこまで言うと狂科学者は、両目を開けた。

 そして無駄に鋭い視線をメイドに向けると、話の先を続ける。


「しかぁーし、店員さんよ! もしかするとわたしたちは、『二人』ではなく『一人と一体』かもしれないぞ? クククッ……」

「ガガガッ――。僕は人間ではなくロボットだ。『一人』ではなく『一体』と数えてもらいたい。ガガガッ――」


 事前に決めた設定通り、僕はそうやってロボットのフリをする。

 大森さんはキーナに向かって言った。


「クククッ……メイド服の店員さんよ。――いや、勝手ながらこれから先は『ブラックポニーテール』と呼ばせてもらおうか」

「スススッ……『ブラックポニーテール』ッスか?」

「店員さんよ、そう呼ばれるのは嫌かね? クククッ……」


 ああ……なんて面倒臭い客だろうか。

 接客してくれる店員に、出会ったその日に『独自の呼び名』を与えるなんて。


「いえいえ、どうぞッス。お客様がそうお呼びになりたいのでしたら、ご自由にお呼びくださって構いませんッスよ、スススッ……」


 スパッツメイドがそう答えると、狂科学者は「クククッ……」と不敵な笑い声を漏らす。

 そして、椅子から突然立ち上がった。


 僕は心の中で『ガガガッ――』と機械音を出しながら『狂科学者よ、なぜ突然、立ち上がった!? ガガガッ――』と戸惑う。

 立ち上がった狂科学者は、テーブルに片手をつきながら言った。


「素直に呼び名を受け入れてくれてありがとう、ブラックポニーテールよ」

「いえいえッス、お客様」

「そのお礼に今から、わたしたちきょうだいの秘密をひとつだけ教えてやろう……クククッ」


 続いて大森さんは僕を指差し、秘密を打ち明ける。


「ブラックポニーテールよ。このわたしの弟だが、実は心の一部と記憶がないんだ」

「心の一部と記憶が……ッスか?」

「ああ。三年前にわたしが行った実験で、心の一部と記憶を失ったのだよ。それがわたしたちきょうだいの秘密さ……クククッ」


 足の裏たちがつぶやく。


「ソンナ秘密ヲ、打チ明ケラレタトコロデ……」と右足が言った。

「何ノオ礼ニモナラナイヨナ……」と左足が続ける。


 秘密を打ち明けられたメイドは、ゆっくりと両目を閉じた。

 そして、ポニーテールを揺らしながら首を横に振る。


「スススッ……失礼ながら、なんと恐ろしい……」


 狂科学者が静かにうなずく。


「クククッ……ああ、そうさ。恐ろしいことだ。そして弟は現在、どういうわけだか自分のことを『ロボット』だと思い込んでいるのだよ」

「そのようッスね」

「ああ。そのうえ弟は、たまに謎の電波を受信するんだ。なあ、弟よ――」


 大森さんから話を振られた僕は、咄嗟とっさにアドリブで『謎の電波を受信した芝居』を披露ひろうする。


「ガガガッ――。受信しました。東京都の明日の天気は、マングース。ガガガッ――。マングース。北海道は、くもりのちミノタウロス。ガガガッ――」


 それは咄嗟のこととはいえ、我ながらひどいセリフと芝居だった。

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