119 ミニスカ巨乳メイドと白衣の狂科学者

 キーナは四人掛けのテーブル席を指差しながら言う。


「冬市郎くん、お姉さんからは『あちらのテーブルで待っているように』と言われているッス」


 僕たち二人は、姉に指定されたテーブルに移動すると横並びになって座った。


「ねえ、キーナ。僕もここにいっしょにいてもいいのかなあ?」

「はいッス。『冬市郎くんといっしょに大森さんが来るのを待つように』と、お姉さんからは指示を受けているッスよ」


 どうやら採用試験には、僕も同席して良いみたいである。


「緊張するッスね、冬市郎くん」


 隣に座るキーナが僕に微笑みかけてきた。


「お、おうっ……」


 そう返事をして僕はキーナの方に顔を向ける。

 けれど、すぐ眼下に広がる『見慣れないキーナの巨乳』が、チラチラと視界に入ってしまい……。


「冬市郎、落チ着カナイナ」と右足が言った。

「冬市郎、ソワソワシテイル」と左足が続ける。


 足の裏たちからそんなことを言われてしまう。

 だって、隣に巨乳のキーナが座っているし、これからキーナの採用試験もはじまるし、落ち着いてなんかいられないだろう。


 そうこうしていると店の奥の方から、はたが風になびくようなバサッという音が聞こえてきて――。



 いや、この音はっ!?



 店の奥へと視線を向けた瞬間。長身のスレンダーな女性が、白衣と長い黒髪を揺らしながらこちらにゆっくりと近づいて来ているのがわかった。

 先ほど店内に響いてきた音は、白衣が立てた鋭い衣擦きぬずれの音だ。

 やがて――。


『狂科学者』が消毒液の匂いと共に、僕たちの前に現れた。

 この人は、消毒液の匂いが香水こうすい代わりなのだ。


「マ、マッドサイエンティスト……」と右足が言った。

「オ、大森……ダ」と左足が続ける。


 そう――。

『マッドサイエンティスト大森』の登場である。


 いつも通り顔は少し青白く、目の下には薄っすらとクマがあった。

 大森さんは『仕事で中二病を演じているアルバイト店員』だ。

 そして、僕の姉や他のアルバイト店員さんたちからも一目置かれている『中二病喫茶のエース』みたいな存在である。

 最近この店で働きはじめた灰音なんかも、今ではすっかり大森さんのことを尊敬しているようだった。


「クククッ……」


 と、大森さんは不敵な笑い声を漏らし、テーブルのそばまでやって来る。

 けれど――。

 突然その場でターンして僕たちに背を向けた。


 ストレートの長い黒髪がふわりとを描き、白衣がバサッと、はためいた。

 消毒液の匂いが、その動きに合わせて周囲に散る。


 狂科学者は、そのまま僕たちに背をむけた状態で、片手で顔を覆い隠しながら言った。


「クククッ……待たせてすまない! わたしに歯向かってきた人工知能を理屈りくつせるのに、少々時間がかかってしまってな。あの人工知能に『愛の概念がいねん』など教え込むべきではなかったよ……クククッ」


 どうやらこの様子だと大森さんは、狂科学者を演じた状態で、キーナの採用試験を行うつもりらしい。


 中二病を演じていないときの大森さんは、物腰のやわらかな常識人だ。

 今日は接客をするわけではなく採用試験なのだから、てっきりそちらの『接しやすい大森さん』が、キーナの相手をしてくれると思っていたのだが……。

 まあ、大森さんのことなので、きっと何か考えがあっての行動なのだろう。


「クククッ……それで、採用試験を希望しているのは、どんな奴だ?」


 そう言うとマッドサイエンティスト大森は、再びその場でターンして、ようやく僕たちと顔を合わせた。

 キーナが豊満な胸を弾ませ、慌てた様子で椅子から立ち上がる。


「うッス! 自分、栄町樹衣菜と申しますッス! 高校二年生ッス。本日はどうかよろしくお願いしますッス!」


 キーナがそう言うと、狂科学者は首を独特な角度でかたむけた。

 それは大森さんが毎朝、鏡を熱心に眺め続けてようやく探り当てた、自分の顔がサドっぽく見える角度だ。


「ふーん……栄町樹衣菜だな。まあ、名前は覚えた。――が、今日はその名前では呼ばない」

「う、うッス!」

「とりあえず今日は、『ブラックポニーテール』と呼ばせてもらっても、かまわないだろうか?」

「うッス! かまわないッス」


 ブラックポニーテール――黒髪ポニーテールのことだろう。

 大森さんは、銀髪おかっぱ頭の灰音のことを『シルバーボブカット』と呼んでいたので、まあそれと似たような感じだ。


 足の裏たちがすぐに――おそらく面白半分で――キーナの新しい呼び名を採用する。


「ブラックポニーテール、頑張ガンバレ!」と右足が言った。

「ブラックポニーテール、プレッシャーニ負ケルナ!」と左足も声を出す。


 足の裏たちの声など聞こえない狂科学者は、不敵に微笑んで話の先を続ける。


「クククッ……いいかね、ブラックポニーテール」

「うッス!」

「わたしは、『わたしの実験を邪魔しない奴』と『わたしに歯向かわない奴』が好きだ」


 急に何の主張をはじめたんだよ――と僕なんかは思うわけだけど、根が真面目まじめなブラックポニーテールは違った。

 彼女は、大森さんの言葉に、


「うッス!」


 と、元気よく声を出して素直にうなずく。

 狂科学者が、長い黒髪を静かに揺らした。


「クククッ……。なあ、ブラックポニーテールよ。先ほどわたしが相手をしていた『愛の概念』を知った人工知能のようには、わたしに歯向かってくれるなよ?」

「うッス!」


 再びキーナが、こくりと首を縦に振った。

 大森さんはニヤリと口の端を上げる。


「よろしい。こちらの自己紹介がまだだったな」

「うッス!」

「わたしは、今日の採用試験を――いや、今日の採用を担当する大森だ。周囲の人間どもは、わたしのことを『マッドサイエンティスト大森』と呼んで恐れているようだがな……クククッ、クククッ。ハーッハハハッ! よろしく」


 狂科学者が、キーナに右手を差し出した。


「うッス! 大森さん、よろしくお願いしますッス!」


 キーナは大森さんの手を取り、握手を交わす。

 握手を終えると狂科学者は、キーナのメイド服をさっと眺めてこう尋ねた。


「クククッ……それにしてもブラックポニーテールよ。その格好はいったい?」


 ブラックポニーテールは黒ニーソに包まれた両足を、もじもじさせて答える。


「こ、このメイド服は、先ほど店長さんからお借りしたものッス。自分、今日の採用試験には、本当は高校の制服で挑むつもりだったッス」

「ほう」

「けれど店長さんから、『何か衣装を着た方が良い』と提案されたッス。その方が審査をする大森さんも、実際にこの店で働いているときの姿をイメージしやすいのではないか――との店長さんのお心遣いッス」


 それを聞いて大森さんは、バサッと白衣の音を立てると、右手で不敵に顔を隠す。


「クククッ……なるほど、なるほど……。それは店長に感謝だな」

「うッス! 店長さんに感謝ッス!」

「クククッ……確かに高校の制服よりは、ブラックポニーテールが何か衣装を着ていた方が、採用後の働く姿をイメージしやすいだろう」

「うッス! イメージしやすいッス!」

「しかし――」


 狂科学者は再び白衣の音をバサッと立てながら、先ほどまでとは反対の手で顔を隠した。

 無駄に鋭い衣擦れの音を響かせて、顔を隠していた右手を左手と替えただけである。


「クククッ……ブラックポニーテールよ、スカートがやけに短いじゃないか。そのスカートでは、満足に動けないのだろ?」

「うッス! 満足に動けないッス!」


 そう言ってキーナは、スカートの前をキュッと手で押さえた。

 狂科学者は片手で顔を覆ったまま話を続ける。


「クククッ……まあ、この店は下着を見せながら働くような店ではないからな。そういうサービスを提供する場所ではない」

「うッス!」

「だから、わたしからひとつ改善策を提供しようではないか……クククッ」

「よろしくお願いしますッス!」

「ああ。確か、店の衣装ケースの中に、いくつか『スパッツ』があったような――」


 足の裏たちが声を出す。


「アア、スパッツカァ……」と右足が言った。

「アア、スパッツネェ……」と左足が続ける。


 ああ、スパッツなぁ……と僕も心の中でつぶやく。


 そういうわけで、狂科学者の提案で、ミニスカ巨乳メイドはスパッツを穿くことになった。

 これでキーナのパンチラは防ぐことができるだろう。


 僕は、本当にがっかり…………い、いや、大森さんが常識のある人でよかったと心の底から思った。

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