第10章 首筋を舐める少女
106 第10章 首筋を舐める少女
インタビューが終わると、僕とキーナは二人だけで進路指導室を後にした。
ピエロは部屋に残るとのことだ。『ヴァンピール・モンスターサーカス』と、まだ少し相談することがあるらしい。
五人に別れを告げて廊下に出ると、キーナと二人で
すると、足の裏たちがしゃべりはじめる。
「クククッ……冬市郎ヨ。
「クククッ……イヤイヤ、冬市郎ヨ。『大魔王』ニコソ相応シイダロ?」と左足が続ける。
なんだか……。
自分の足の裏が中二病みたいな発言をしてやがる……。
とにかく、足の裏たちの話は相変わらずくだらないものだった。
「んっ? 冬市郎くん、足の裏さんたちがしゃべっているッスか?」
道に転がっている動物のフンでも眺めるかのように、僕が自分の足下に冷ややかな視線を向けていると、キーナがそう尋ねてきた。
「ああ、うん。まあ、聞く必要のない話だけどね」
「そうなんスか?」
「そうだなぁ、動物のフンが人間の言葉を覚えたら、もしかしたらこんな話をするのかなって感じかな」
「ナッ!? ナンダト!」と右足が怒った。
「大魔王様ノ話ダゾ! チャント聞ケヨナ……」と左足は不満を口にする。
異世界で『魔王』と『大魔王』だった――という足の裏たちの記憶。
キーナが持つ異能の力のおかげで、少し前に足たちは、そのぼんやりとした記憶を思い出していた。
けれど――。
自分たちがそれぞれ、どんな『魔王』と『大魔王』だったのか?
どんな名前だったのか?
それらは一切思い出せていないようである。
好きだった色や食べ物も思い出せない。
自分が右利きだったのか左利きだったのか、そもそも利き腕があったのかすらも思い出せないそうだ。
それと、どういう理由で今現在、僕の足の裏になっているのかもわからないとのことだった。
「いやー、冬市郎くんの足の裏さんたちの声を、一度でいいから聞いてみたいもんッスね」
微笑みながらキーナがそう言った。
彼女は、僕の足の裏の存在を知っている唯一の人物だ。
けれどやはり、声を聞くことはできないようである。
「コノ美声ヲ、キーナニ、聞カセテヤリタイゼ」と右足が言った。
「アア。イツカ、キーナト楽シク話セル日ガ、来ルトイイナ」と左足が続ける。
足の裏たちはいつも、キーナに好意的だった。
足たちは、
まあ、そりゃそうだろう。
僕だって、足の裏に生まれ変わることがあったら、僕の足の裏なんかよりもキーナの足の裏になりたい。
「キーナさあ、足の裏の声なんて、そんなにいいもんじゃないよ?」
僕がそう言うと、キーナは
「うーん……。それでも、『親友の足の裏の声』を聞けないっていうのは、なんだか少し
「そうなの?」
僕が小首をかしげると、彼女はにっこりと笑う。
「ふふっ。だって、冬市郎くん本人の声だって、こんなに素敵なんスよ?」
「へっ?」
「だから、冬市郎くんの足の裏さんたちだって、きっと素敵な美声に決まっているッスよ!」
「い、いやぁ……」
と、僕は苦笑いを浮かべる。
「いつか足の裏さんたちと、楽しくおしゃべりできる日が来るといいッスね!」
僕がどれだけ足の裏たちの悪口を言っても、キーナは足の裏たちに対していつも好意的だった。
彼女と僕の足の裏たちは、けっこう両想いな感じなのである。
やがて、僕たち二人は来客用の玄関にたどり着いた。
この女子校に来たときに、ピエロといっしょに通過したあの豪華な玄関である。
「ああ、えっと。ごめん、キーナ。僕、ちょっと――」
「いいッスよ。許してあげるッス」
「いや、まだ何も言っていないんだけど……」
「じゃあ、言ってくださいッス。許してあげるッスから」
キーナは微笑みながら僕の肩をぽんぽんと叩く。
「そのぉ……玄関から出る前に、トイレに寄ってもいいかな?」
「トイレっすか」
「実はさっきから行きたかったんだけど、女子校だから男子トイレが全然見当たらなくて」
来客用の玄関近くには、この校舎では珍しく男子トイレがある。
男性の訪問者や職員用に設けられているのだろう。
「いいッスよ。自分もいっしょについていった方がいいッスか?」
「えっ?」
「ふふっ、冗談ッス。その辺で待っているッスね」
それから僕は、キーナを残して男子トイレに入った。
予想はしていたのだが、この女子校の男子トイレは清潔かつ豪華なものだった。
足を踏み入れると照明が自動点灯し、やわらかな光で空間を照らす。
床も壁も天井も、白を基調とした清潔な印象だ。
さりげなく観葉植物なんかも置いてある。
ここは本当に高校のトイレか?
リゾートホテルにでも来たのかと勘違いしそうだった。
用を済ませると、僕は手洗い場に移動する。
そこには、大きくて立派な鏡が取り付けられていた。
手をかざせば自動で泡が出るソープディスペンサーだって、当然のように設置されている。
しかし、ここまで清潔で豪華なトイレにいると――。
なんだか自分のことまで少し清潔にしたくなってくる。
そんなわけで、いつもより時間をかけ入念な手洗いを行ったのだが、その直後のことだった。
僕は背後から声をかけられたのだ。
「ンー。終わったのかしらネ? もう声をかけてもよろしいデスますか?」
少女の声だった。
やや
僕はゆっくり顔を上げると――。
振り返らずに、目の前にある鏡を利用して背後を確認した。
僕の背後には、金髪の女の子が立っていた。
その姿が正面の鏡に、ばっちりと映り込んでいるのだ。
金髪の少女は、女子高等部のセーラー服を身につけていた。
けれど、ヴァンピール団長でもないし、もちろん妹のピエロでもない。
見た目や雰囲気なんかは、二人とずいぶん似ているがやはり違う。
別人だ。
『第三の金髪の美少女』だった……。
少女は僕の背後に立ったまま話を続けた。
「オー。
やはり、ずいぶんとクセのあるインチキ外国人のようなしゃべり方だ。
それに、どこか偉そうな
確実に変な女の子だろう。
「あのぉ……。ここ男子トイレですよね……?」
僕は振り返らずにそう尋ねた。
「ンー。そうデスわネ」
「男子トイレの中で、僕のことをずっと待っていたんですか?」
鏡に映った少女は、両目をそっと閉じて答える。
「ノン。違うデスます。ワガ輩様は、トイレに入る前から貴様のことを、ずーっと
「尾行っ!?」
さすがに驚き僕が振り返ると、金髪の少女はうなずいた。
「ウィ。そうデスます」
光沢のある美しいロングヘアーが、ゆったりと揺れる。
まっすぐにこちらを見つめる少女の瞳は青い。
やはりピエロや団長と雰囲気がよく似ていた。
それにしても……。
またまた
一日に三人もの『金髪碧眼美少女』と出会うなんて……。
まあ、ピエロとは以前から知り合いだったわけだが、『金髪碧眼モードのピエロ』とは、今日がはじめての出会いである。
そしてピエロの姉に加えて、目の前にいる女の子――。
どうやら今日は、僕の人生で初の『
わっしょい! 金髪! わっしょい! 碧眼!
まあ……この先の僕の人生で、この祭の第二回が開催されるかどうかは知らないけれど……。
とにかく僕は、目の前の奇妙な少女に質問を続けた。
「あのぉ……。トイレに入る前から僕を尾行していて、そのままトイレの中までついてきちゃったってことですか?」
「ウィ。そうデスます」
「じゃあ、用を足している間もずっと僕のことを?」
少女はこくりとうなずく。
「ウィ。貴様が用を足す姿を、ワガ輩様は背後から、じーっと見ていまシたデスわヨ」
「えーっ……」
「気持ち良さそうに鼻歌を歌いナがら、貴様は用を足していたデスます」
僕は喉の奥で「うっ……」と声を漏らす。
こんな金髪碧眼の美少女に、用を足す姿をじっくりと観察されていたなんて……。
人によっては喜ぶシチュエーションかもしれない。
けれど、どうやら僕は見られて喜ぶ側の人間ではなかったようだ。
謎の少女は、金髪のロングヘアーを静かに揺らしながら話を続けた。
「先ほども告げマシたが、ワガ輩様は貴様が一人きりになルのを、ずっと待っていたデスます」
「はあ……」
「そして、ようやく男子トイレで、貴様が一人きりになったノで、こうして声をかけまシタかしら?」
いやいや……。
何か用事があるにしたって、男子トイレの中にまで入ってくるなんて……。
とりあえず僕は、相手の非常識を
そして、軽めの
「それにしても僕は、『男子トイレ』で女の子と知り合いになったのは、生まれてはじめての経験ですね!」
「オー! 貴様、初体験デスますか?」
「ええ。普通でしたら『常識のある女の子』は、男子トイレに入って来ません。ですからこの先も、きっとこんな経験はできないんじゃないでしょうか」
「ウィ。
駄目だ……微笑んでやがる。
どうやら、軽めの皮肉なんかはまったく通じない相手のようだ。
「そうですね。一生忘れられない初体験になるかもしれません。僕は日記を書いていませんが、もし書いていたら、たぶん記録していたなあ」
「オー。貴様、それナら今日から日記を書くといいデスます。ワガ輩様のことも、書いておくといいデスわネ!」
僕は頭をポリポリと掻きながらこう言う。
「いやぁ、日記に書けと言われましても。僕は、よく知らない人のことは上手く書けないかもしれないなあ」
「ウィ。確かに、貴様の言う通りかしらネ?」
「ええ。だから教えてください。あなたはいったい誰なんです?」
流れるような自然な会話で、僕は相手の正体を聞き出そうと
男子トイレの中にまで尾行してきちゃうような相手だ。
加えて、このインチキ外国人のようなしゃべり方。
その正体は、きっと普通ではないだろう。
謎の少女は、僕の質問にさらりと答える。
「ワガ輩様が誰デスますか? ワガ輩様は『吸血鬼の幽霊』デスます」
流れるような会話で、流れるように返ってきた答えは、それはそれはふざけたものだった。
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