096 女子中等部で一番のバンド

 みどり子が、緑髪の頭をポリポリと掻きながら言う。


「中等部の文化祭でバンドフェスを開催しますが、現段階で参加を明言していないバンドがまだいくつかあるようです。そのため、『愛名女子の軽音楽部さんに協力をお願いする』という意見をいただきました。今日はそれで、こうしてみなさんに集まっていただいたわけですが――」


 クレイジーペットボトルのボーカルが、右手を軽く上げてから発言する。


「まあ、『高等部の先輩方に協力してもらおう』ってことを、最初に言い出したのはアタイらのバンドさ。とりあえず一度、アタイらの考えをはっきりと話しておきたい」


 その発言にピエロが反応する。


「ピエ。『クレイジーペットボトル』が考えていることについては、俺様もぼんやりとはわかっているつもりピエ。けれど、ジャリ研さんもいることだし、一度きちんと話を聞かせてもらおうかピエ」

「ああ、くそピエロ。その小汚い耳の穴を十七倍くらいに膨らませて、アタイの話をよく聞いてくれ」

「ピエピエ」


 ひどい言われようだが、ピエロはまったく怒らない。

 いったいどんなことをされたら、彼女は本気で怒るのだろうか?

 ここまでくると、楽しみに最後まで残しておいたショートケーキのいちごを他人に取られても、あるいは駅前の人混みで突然スカートを下げられても許してくれそうな雰囲気がある。

 まあ、たぶん泣くだろうけど……。


 クレイジーペットボトルのボーカルが、長い黒髪を揺らしながら『自分たちのバンドの考え』を説明しはじめた。


「まず、勘違いしないでもらいたいのは、『高等部の先輩方に中等部のバンドフェスのステージに立ってもらうって話ではない』ってことだ」

「ピエ。参加バンドが足りなかったときに、その穴埋めを先輩方にしてもらうって話ではないピエね」

「ああ、よくわかっているじゃねぇか、糞ピエロ」

「ピエ」


 ピエロは怒らない。


「主役はあくまでも『中等部の軽音楽部』だ。そこだけは絶対にブレちゃいけねえ。アタイらが創り上げるアタイらのフェスなんだからな! なあ、糞ピエロ」

「ピエ。それは同意ピエ」


 こくりとうなずくピエロ。

 ずっと黙っていた僕の足の裏たちが甲高かんだかい声で話しはじめる。


「糞ピエロ、絶対ニ怒ラナイナ」と右足が言った。

「糞ピエロ、人間ガ出来テイルンダ」と左足が続ける。


 足の裏たちからもそう思われているとは……。

 さすがに僕は苦笑いを浮かべた。


 それにしても『高等部の軽音楽部』には、いったい何を頼むのだろうか?

 僕は女子中学生たちに尋ねる。


「それでは、女子高等部の軽音楽部には、バンドフェスの裏方やサポートでもお願いするのですか?」

「違うぜ、ジャリ研のお兄さん」

「違うピエ」

「違いますよ、センパイ」


 僕の発言は、女子中学生たちから一斉に否定される。


「悲シイナ、冬市郎」と右足が言った。

「悲シイゼ」と左足が続ける。


 ああ……なんか悲しいさ。


 クレイジーペットボトルのボーカルが、僕に説明をしてくれる。


「ジャリ研のお兄さんよぉ、高等部の先輩方にお願いするのは、『フェスの参加を迷っているバンドの説得』だぜ」

「説得ですか?」

「ああ。アタイら中等部の軽音楽部には、たくさんのバンドが所属しているんだ。けどなあ、委員長さんがさっきも言った通り、現時点では全バンドがフェスに参加を表明しているわけじゃないんだよ。残念ながらな」


 ピエロが僕の方を向いて言う。


「ピエ。まだ参加を迷っているバンドもたくさんいるピエよ」

「そこで、アタイらのバンドは考えたんだ。高等部のカリスマバンドの先輩方に、お力をお貸し願おうってな。具体的には、先輩方にはフェスの審査員をやってもらおうって考えているんだよ」


 ボーカルの少女はそう言い終わると、白い歯を見せてニヤリと笑った。

 歯の神様が特別に一粒ずつ丁寧に並べてくれたかのような、歯並びの良い健康そうな歯だった。

 先ほど僕たちを待たせておいて、コンビニのシュークリームをおいしそうに噛みちぎっていた歯でもある。

 きっとこの先も、色んな人を待たせておいて、コンビニのおいしいものをたくさん食べる歯なのだろう。


「ピエピエ。クレイジーペットボトルとしては、『女子中等部でどのバンドがナンバーワンなのか』を、今度のフェスではっきりと決めたいって考えなのかピエ?」

「おいおい、本当にお利口な糞ピエロだなぁ。まあ、おおむね正解だぜ」


 ボーカルの少女は再び白い歯を見せて笑うと、右手の人差し指をピンッとおっ立てて話を続けた。


「どのバンドが一番かなんて決めずに、みんなで仲良くバンドフェス開催ってのも、アタイは悪くねえと思うよ」

「ピエ」

「けどやっぱり、こういった機会があるんなら、せっかくならこの学校で『ナンバーワンのバンド』を決めるって方が、みんなのハートが震えてこねえか?」

「ピエピエ、確かに――。みんなで仲良くバンドフェスってよりは、てっぺん目指して競い合う方が、この学校の軽音楽部らしいピエね」


 軽音楽部の少女二人は、見つめ合ってうなずく。

 やっぱり仲は良いようだ。

 ボーカルの少女は、サラサラの黒髪を軽くかき上げながら言った。


「まあそんなわけで、高等部の先輩方にフェスの審査員をしてもらって、『中等部で一番のバンド』を文化祭で決めたいんだ。だから、今度のフェスがそういった場になればきっと――」

「ピエ。フェスに参加するかどうか迷っているバンドたちも、心が決まるピエね」

「ふふっ、そういうわけだ。そこで、ジャリ研のお兄さん。あんたの出番ってわけだぜ」


 ボーカルの少女がそう口にすると、女子中学生たち三人の視線が僕に集まった。


「んっ? 僕たちジャリ研の出番なんですか?」

「ああ。高等部の軽音楽部の先輩方をインタビューしてほしいんだ」

「えっ? インタビューを?」


 ボーカルの少女は、右手の人差し指を僕に向かってビシッと突き立てる。


「そうだぜ、よろしく頼むよ、ジャリ研さん。軽音楽部の先輩方はきっと、インタビューでフェスの参加を迷っている奴らにメッセージを送ってくれるはずだ。『ビビッていないで、文化祭のステージに上がって来いよ、コラッ!』みたいな感じの気合の入ったやつをな」


 続いてピエロが、胸の下で両腕を組んで言う。


「ピエピエ。そうなってくると、どの先輩方に頼むかが重要になってくるピエね。女子高等部の軽音楽部にも、たくさんのバンドがあるピエが――」


 ボーカルの少女が、頭をポリポリ掻きながら少し言い辛そうに発言する。


「まあ失礼ながら、カリスマってレベルのバンドになると数が絞られてくるぜ。尊敬できる先輩方はたくさんいるが、アタイら中等部の軽音楽部が全員黙っちまうくらいのカリスマバンドとなると、そんなに数はいないだろ?」

「ぴ、ピエ……。まあ……確かにそうピエ」


 ピエロは両腕を組んだままうなずく。


「そのぉ、アタイ個人としてはよぉ。フェスの審査員は『ヴァンピール』のお姉さん方に頼んだらどうかなって思っているんだ」

「なっ!? よりによって……『ヴァンピール』ピエかっ!?」


 基本的に穏やかな雰囲気のピエロでも、動揺の色を隠せない様子だった。

『ヴァンピール』のお姉さん方――というのがよっぽどの存在なのだろう。

 ボーカルの少女が、ピエロに向かってニヤリと笑いかける。


「ふふっ。高等部のカリスマバンド『ヴァンピール・モンスターサーカス』がフェスの審査をするってことになれば、中等部のアタイらは誰も文句ねえだろ?」

「ピっ……ピエぇぇ……。まあ、確かに……」


『ヴァンピール・モンスターサーカス』というバンドを、もちろん僕は知らなかった。

『ヴァンピール』とは、確か『吸血鬼』のことだっただろうか? 英語でいう『ヴァンパイア』のフランス語読みか何かだった気がするが――。

 後半の『モンスターサーカス』は英語だろうから、とにかく英語とフランス語がごっちゃになったバンド名のようである。


 ボーカルの少女が話の先を続ける。


「まあ、『ヴァンピール』のお姉さん方は、音楽に対して本当に誠実だ。あの人たちなら、余計な私情を挟まずに、平等な審査をしてくれると思うぜ?」

「ピエ……。俺様もそう思うピエが……」

「実はアタイな、すでに『ヴァンピール』のお姉さん方には、少し探りをいれているんだよなぁ」


 どうやらこのボーカルの少女は、フェスのために事前に少し動いているようだ。

 健康な歯でシュークリームをかじりながら待ち合わせの時間には平気で遅刻するクセに、そういう方面では先手を打つことが出来る人物のようである。

 みどり子が尋ねた。


「その『ヴァンピール・モンスターサーカス』というバンドの方たちは、フェスの審査員を引き受けてくれそうなんですか?」

「ああ、たぶんな。もちろん正式な依頼をしたわけじゃないぜ? この前、会ったときに半分冗談みたいな感じで話をしたら、お姉さん方は『それ、面白そうだな』って反応だったんだ」

「そうですか。文化祭実行委員長のボクとしては、フェスに審査員を加えるという話は、良いアイデアのように思えるのですが――」


 ボーカルの少女は、黒髪を揺らしながらうなずく。


「ああ、そうだな。あとは、中等部の軽音楽部の奴らが、審査員の件をどう思うかって話なんだけどよぉ。そこはまあ、部長様の仕事じゃないか? 全部員の意見をまとめてくれよな、糞ピエロ」


 僕は「んっ?」と首をかしげてから尋ねる。


「あの、軽音楽部の部長さんって誰なんですか?」

「なんだい、ジャリ研のお兄さんは知らなかったのか? 中等部の軽音楽部の部長はよぉ、一応そこにいる糞ピエロなんだぜ?」

「ピエピエ。――まあ、カタチだけの部長だピエ」


 ええっ!?


 僕の心の中だけでなく、足の裏たちもざわつく。


「ピエロガ、部長ダッタノカッ!?」と右足が言った。

「驚イタゼ!」と左足が続ける。


 同じく驚いていた僕は、そんな足の裏たちの話に危うく参加してしまうところだった。

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