097 レジェンド・モンスター《新幹線で隣に座った男》①

「ピエピエ。とりあえず『中等部の軽音楽部』としての意見をまとめてみるピエ。方針が決まったら、委員長さんにも連絡するピエよ」


 ピエロの言葉に、みどり子がぺこりと頭を下げる。


「お願いします。文化祭実行委員長として、ボクにも出来ることがありましたら協力しますので」

「ピエピエ。委員長さん、感謝するピエ」


 ピエロはうなずくと、今度は僕の方を向く。


「ピエピエ。ジャリ研さんにも、ちゃんと報告するピエよ」

「はい。その『ヴァンピール』さんというバンドのインタビューが必要となった際には、ご連絡ください。よろこんで協力させていただきますので」

「ありがとうだピエ。ジャリ研さん、お互いの連絡先を交換しておいた方がいいピエか?」

「そうですね」


 僕とピエロはスマホを取り出し、連絡先の交換をする。


 こんなにも顔の白い女の子の連絡先を知るのは、生まれてはじめての経験だった。

 この先の人生で、たとえばオレンジ色の顔の女の子や緑色の顔の女の子なんかとも、連絡先を交換する日が来るだろうか?

 とりあえず、顔の白い女の子の連絡先はゲットした。


 クレイジーペットボトルのボーカルが、黒髪をかき上げながら言う。


「んじゃ、今日の話し合いは、ここまでってことでいいか?」

「ピエ? なにか急ぎの用事でもあるピエか?」

「へへっ。アタイ、急に甘いものが食べたくなっちまってよぉ。コンビニに行きたいんだよなぁ」


 ボーカルの少女は、そう言って軽くお腹を押さえる。


「ピエ。ここに来るとき、すでにシュークリームを食べていたピエ」

「いや、まだ食いたいんだ。甘い物は別腹だからよぉ」

「ピエピエ。さっき食べていたシュークリームだって甘い物だから、その別腹に入っているんじゃないのかピエ?」


 ピエロからそう言われると、ボーカルの少女は白い歯を見せながらニヤリと笑い、そのまま黙って進路指導室から去っていった。

 たぶん、笑って誤魔化したのだ。


「クレイジーな奴ピエ……」


 ピエロのそんな言葉が部屋に響いた。


 その後、ピエロも部屋を去った。

 残された僕とみどり子は二人で、『文化祭特別対策室』へと移動をはじめる。


「『クソブログ』ヲ、読ムンダナ……」と右足が言った。

「アア、ソウダ……」と左足が続けた。



   * * *



『文化祭特別対策室』は、女子校内になぜだか設けられた個人オフィスといった印象のこじんまりとした小さな部屋だ。


 僕とみどり子はいつも通り、椅子をふたつ並べて座る。

 木製の立派なデスクの上にはノートパソコンが一台あって、僕たちはその画面を二人でのぞき込むのだった。



   ≪ ≪ ≪



《わたしが考えたUMA・未確認生物目撃ファイル》


▼ 第三未確認

『伝説のレジェンド・モンスター《新幹線で隣に座った男》』


 第一・第二未確認に続いて、これもわたしが考えた伝説である――。


 国内での話だ。

 仕事で出張した帰り。夕方になる前にわたしは、新幹線の自由席に飛び乗った。


 若い頃からいっしょに世界中を旅してきたボロボロの旅行カバンを、座席の上にある荷物棚にそっと乗せると、三人席の窓側の席に腰を下ろした。

 ネクタイをゆるめ、スーツのジャケットを脱ぎ、「ふぅー」と一息つく。


 もうわたしも四十歳だ。

 親に借金をし『未確認生物』を探して世界中を旅していたあの頃と比べてしまえば、会社員となった今の生活は、刺激の少ない生活といえるだろう。


 あの頃に出会った伝説のレジェンド・モンスターたち。


『ドントウォーク』

『コッチ・ミ・ルーナ』

『サンシャイン・ユー・シャイン』

『タワーマンション』

『水洗トイレ』

『海底システムキッチン』


 などなど……。


 正月には、伝説のレジェンド・モンスターたちから、お年玉くじが付いていない年賀状がぞくぞくと送られてくる。

 もう会うこともないだろうが、手紙のやり取りだけは今も細々と続いているのだ。

『サンシャイン・ユー・シャイン』なんかは、三人目の孫が生まれたらしい。



   ≫ ≫ ≫



「あっ……ちょっと待って」


 そう言いながら、僕は手を上げてみどり子に尋ねる。


「どうしました、センパイ?」

「この主人公が出てくる話、僕は前に読んだことがあるよね?」

「はい。センパイは、『ドントウォーク』と『コッチ・ミ・ルーナ』の話を読んだことがあるはずです」


 うっ……。

 記憶するつもりなんてまったくなかったのに、その伝説のレジェンド・モンスターたちの名前を聞いて、僕はすぐにブログの内容を思い出した。


「やっぱりそうか……。老人にカツアゲされて尻を小枝でつつかれていたあいつが主人公のブログか……」

「はい。それで、ブログにも書いてあります通り、この話では彼が四十歳になっています」

「あいつが……四十歳に……」


 そうつぶやいてから僕は、みどり子に質問をする。


「じゃあさあ、この『サンシャイン・ユー・シャイン』とか『タワーマンション』ってのは? やっぱり伝説のレジェンド・モンスターなんだよね? 『水洗トイレ』とか『海底システムキッチン』って名前の奴もいるみたいだけど?」


 みどり子は、こくりとうなずく。


「はい。そのモンスターたちの物語も、すでに書いてはいるんです」

「そうなんだ」

「ええ。ですがまだブログには掲載していません」

「へえ……」

「もしかしたら、このままネット上には公開しないかもしれませんが、そのときはセンパイだけには特別にお見せしますよ」

「へへっ……」


 どうしよう……。

 特別に見せてくれるってよ……。


 そう思いながら僕が力なく微笑んでいると、足の裏たちが話しかけてくる。


「冬市郎。ソノ特別カラハ、全力ゼンリョクデ逃ゲルンダ」と右足が言った。

「公開シテイナイ物語マデ読ミハジメタラ、オ前ノ身体ガモタナイゾ」と左足が心配してくれる。


 足の裏たちは正しいことを言っている……。

 なんとかして僕は、逃げなくてはいけないだろう。


 それからみどり子が、早くブログの続きを読めと催促さいそくしてきた。

 僕はパソコンの画面に再び目を向けるのだった。



   ≪ ≪ ≪



『未確認生物探し』を引退した現在――。

 わたしの日々の生活には、刺激が少ない。

 けれど家に帰れば、愛する妻が待っていてくれる。


 愛のある生活なのだ。

 世界中を旅したが、結局それが一番だった。


 わたしの帰宅時間になると妻はいつも、燻製くんせいの肉を食卓に用意して待っていてくれた。

 野菜や果物は絶対にない。

 我が家の食卓にあるのはいつも燻製の肉だ。

 それ以外の食べ物を妻が口にするところを、わたしは目にしたことがなかった。


 妻とは北欧の森の奥で出会った。

 第一印象は、


『普通の人よりかは犬歯けんしが異常に発達している女性だなあ』


 というものだった。

 

 会うたびに彼女はいつも、何か動物の燻製の肉をみちぎっていた。

 やがて彼女から、


「お前、この森の中で燻製にされるか、私と結婚するか、どちらか選べ」


 そんな『生か死か』の二択ともいえる熱烈なプロポーズを受けた。

 わたしは後者を選び、そして今に至るのである。


 妻との結婚生活は、心の底から楽しい。


 夜中、ベッドで眠っているわたしの鼻の穴に、特に意味もなく熱々の焼きゴテを入れてくるくせさえ我慢できれば、わたしにはもったいないくらい良い妻だった。


 焼きゴテは、わたしの鼻の穴のサイズに合わせて作られた特注の品で、細くて小さなものだ。

 わたしは「熱い!」と言って夜中に目を覚ます。


 そんなわたしの顔を、妻はいつだって無表情のまま眺めてくる。

 何を話しかけても彼女は、絶対に声を出すことはない。

 プラスチックの仮面でも被っているかのようにその表情は変わることなく、そして常に無言だった。


 何かの儀式ぎしきなのだろうか?


 妻も説明してくれない。

 結婚以来、こればっかりは本当にわけがわからないのだ。


 眠っているすきを狙ってくるので防ぎようがなく、わたしの鼻の穴は今ではコテで焼かれ過ぎてデロデロであった。



   ≫ ≫ ≫



「そのぉ……みどり子よ、またちょっといいかな?」


 軽く手を上げると、僕はブログを読み進めることをやめて、みどり子の方を向いた。


「んっ? またですか、センパイ?」

「……この主人公、結婚したんだね」


 緑髪の少女は、こくりとうなずく。


「ええ、ブログに書いてある通りですよ」

「はあ……」

「夜中に鼻の穴を焼かれてしまいますが、それでも幸せな夫婦生活を送っているという設定です」

「いや……燻製の肉しか食べない点といい、奥さんはなんでそんな設定なのさ?」


 僕の質問に対して、みどり子はニヤリと笑いながらこう言った。


「センパイ……人間なんてねえ、みんなどこかしら少しずつ壊れているんですよ? 表向きはどんなにまともそうに見える人間でもね……ふふふっ」


 こいつ……。

 急に中二病みたいなことを口にするなあ……。

 イタい女子中学生だよな……。


 そう思いながら僕は再びパソコンの画面に目を向けると、ブログの続きを読みはじめるのだった。

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