093 二人で何度も何度も合体を繰り返した

 ポニーテールの少女は、頬を薄っすらと赤らめながらスマホにカバーを取りつける。

 機嫌が良さそうなところを見計みはからって僕は、キーナに向かって両手を合わせながら言った。


「あのぉ……キーナさん。これで、灰音の手袋とチョーカーの件は、許していただけますでしょうか?」

「ん~。もう……わかったッスよ。許すッス。そんな手袋と首輪を身につけた冬市郎くんと一緒に並んで歩くのは、正直とても恥ずかしいんスよね。けど、唯一の友人として我慢するッスよ」


「キーナ……簡単ニ買収バイシュウサレタナ……」と右足が言った。

「基本的ニ彼女ハ、チョロイ……」と左足が続ける。


 黒髪の少女はそれから、スマホカバーを嬉しそうに眺めながら言った。


「まったく……。だいたい、唯一の友人であるこの自分を差し置いて、瀬戸灰音とおそろいの手袋をしていたこと自体が、間違いなんスよねっ! でもまあこれで、ペアグッズの件に関しては、とりあえず自分も瀬戸灰音に追いついたッスよ。イーブン、イーブンっす」


 カバーに描かれたハートの片割れを指で撫でながら、キーナは「ふふーん」と嬉しそうに微笑む。


「冬市郎くん、さっそく一度合体させてみるッスよ! 冬市郎くんも早くカバーを取りつけるッス」

「お、おう」


 僕がスマホにカバーを装着すると、二人でそれぞれのスマホを寄せ合う。

 そして――。


「「合体っ!」」


 僕とキーナは同時にそう叫びながら、スマホカバーを合わせた。

 出現する大きなハートと『LOVE』という文字。それらを眺めながら黒髪の少女は、満面の笑みを浮かべる。


「友情のハートっすね! そして友情の『LOVE』ッスよ。冬市郎くん、このハートを一度分離させてから、もう一度合体させるッス!」

「お、おう」

「しゃきーん! 友情のハート、合体ッス!」


 再びスマホを合体させると、キーナは大きなハートを眺めながら「ふふーん」と微笑んだ。


「さあ、冬市郎くん。もう一回やるッスよ。何度でも合体するッス!」


 そうやって二人で何度も何度も合体を繰り返した後、僕はキーナに自分のスマホを手渡す。

 キーナはそれを受け取ると、ふたつのスマホを長机の上に並べる。

 彼女はそれから、まるで幼い子供がおもちゃで遊んでいるかのように数十回、ハートを合体させたり離したりを飽きもせずに繰り返した。


「合体、しゃきーん! そして分離からの友情合体! むふぅー」


 キーナのそんな無邪気な声が、しばらくジャリ研の部室に響いたのである。


 僕の方は椅子に座りながら、すっかりご機嫌となったキーナの姿を眺めていた。

 そんなとき、ふと、心の中で余計な好奇心が活動をはじめる。

 僕は彼女に、こんな質問をしてしまったのだ。


「なあ、キーナ」

「んっ?」

「キーナについて、ずっと疑問に思っていたことがあるんだけど、訊いてもいいか?」

「なんスか? 今なら何でも答えてあげるッスよ、ふふっ」

「じゃあ訊くけど、キーナはどうして、アイメイボックスをあんなにも簡単に見つけることが出来たんだ?」


 スマホを手に無邪気に遊んでいたキーナの表情が曇った。


「そのこと……ッスか……」

「ああ。十二個もあったのに、たった二日の捜索で全部集めただろ? 灰音なんかは集めるのに一年かかったらしいぜ?」


 キーナは両手で持っていたふたつのスマホを長机の上に置いた。


「……冬市郎くんがえて尋ねてこないようなので、この先もずっと話す必要はないと思っていたんスけどね……」


 そう口にすると黒髪の少女は、「ふう……」と息を吐く。

 続いて彼女は突然、窓際へと歩き出した。


「綺麗な青空ッスね……冬市郎くん」


 窓の外に広がる青空を眺めながら、キーナがそう口にする。


「えっ? あ、ああ……」

「ふふっ。でも、冬市郎くん、知っているッスか?」

「な、何を?」

「この青空も海も大地も、そして自分も冬市郎くんも、すべては『プログラム』ッス。おそらくこの世界は、何者かの手によるプログラム。プログラムによって創られた世界なんスよ?」


 僕はさすがに戸惑い、眉間にシワを寄せてから数秒間黙る。

 そして、喉の奥から声を絞り出した。



「……………………えっ?」



 キーナは窓の外に視線を向けたままゆっくりと首を横に振り、ポニーテールを揺らす。


「冬市郎くん。自分にはそのプログラムの中の『バグ』を見つける能力があるみたいッス……」

「えっと……キーナ、どうした? 何を言っている?」

「つまり……『世界のバグ』を見つける異能が、自分にはあるみたいなんスよ」

「世界の……バグ?」


 僕がそう言葉を繰り返すと、キーナはこくりとうなずく。


「はいッス。たとえば、守山さんの存在は、この世界におけるバグっす。そして、アイメイボックスもバグ。ああいった不思議な人やものは、本来この世界にあってはならない、プログラムのバグみたいッスね」

「本来あってはならない……バグ……」

「あと、幽霊や心霊現象みたいなものも、おそらくこの世界におけるプログラムのバグっすよ」


 そう言うとキーナは、窓の外からようやくこちらに視線を移動させ、戸惑う僕の顔を見つめた。


「自分は『世界のバグ』を見つけられるこの能力を使って、十二個のアイメイボックスを、ご存知の通りあっさりと見つけることが出来たッス」

「あはは……あはは。さっきから何を言っているんだよぉ、キーナ。あははははっ……」


 僕は室内に笑い声を響かせる。

 しかし僕の顔の方は、おそらくまったく笑っていないだろう。


 キーナはこちらの反応には構わず話を続けた。


「自分、遠い場所にあるバグを見つけることは出来ないッス。けれど、ある程度近くにあるバグだったら、見つけられるッスよ」


 少女はそれから右手の人差し指をピンと立てると、こんな仮定の話を口にする。


「たとえばッスよ、冬市郎くん。アイメイボックスが今、この愛名高校の校舎内に散らばっているとするッス――」

「お、おお……」

「二人で校舎内を歩きまわれば、冬市郎くんの目の前で次々と、アイメイボックスを見つけていくことが出来ると思うッスよ。そうすれば、自分のこの能力を証明することが出来るッスよね?」

「あ、ああ……まあな」

「けれど残念ながら、アイメイボックスは今、愛名高校にはないッス。確か、愛名女子の高等部の方に散らばっているんスよね?」


 僕は小さくうなずく。


「たぶん、そうだ。アイメイボックスは使うたびに移動するらしいからな。灰音は愛名高校で集めたと言っていたし、僕たちは女子中等部で集めた。だから、三校をローテーションしているのなら、今は愛名女子高等部にあると思う」


 するとキーナは突然、右手の手のひらを広げ、自身の左前方に突き出した。

 それからその手を、左から右へ、さっと移動させる。

 まるで、ガラス窓を右手で布拭きでもしているかのような、そんな動きだった。


「冬市郎くん。たとえば自分はこんな感じで、かざした手を左から右へ、さっとスライドさせると世界のバグがどこにあるのかわかるッス」

「えっ……」

「この能力に目覚めたのは、一年前――。あの窃盗事件に巻き込まれた頃だったッスね」

「あ、あの頃に?」


 足の裏たちの声を僕がはじめて聞いた時期と同じじゃないか――。

 そう思いながら僕は両目を見開いた。

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