092 友情の証に『LOVE』

   * * *



 放課後のジャリ研の部室で、僕とキーナは椅子に座らず、向かい合って立っていた。

 僕たち二人の間に流れる空気は重苦しい。

 キーナに向かって僕は、深々と頭を下げる。


「――というわけで、このOFGとチョーカーは返せませんでした。そして、これからも外せないことになっています。すまん、キーナ。どうか僕を見捨てないで……こんな格好をしている僕ですが、これからも引き続き、学校や街中で並んで歩いていただけることを心から願っております」


 灰音との間であったことを、僕はバカ正直にすべてキーナに報告していた。

 彼女のブラジャーを見たことも、彼女から抱きつかれたことも、洗いざらいすべてである。

 下手に隠したところで勘の鋭いキーナには、何かしら見抜かれてしまう――。

 そう思って僕は何もかも話した。

 その後、キーナに向かって両手を合わせながら必死に頭を下げたのである。


「くっ……」


 とキーナは明らかに不機嫌な様子で、片眉をピクピクさせる。


「と、と、冬市郎くんが、その手袋と首輪をこれからも身につけたいってんなら、自分には止める権利はないッスよ……」

「い、いや……別に身につけたいってわけでもないんだけど。ただ、外すと灰音は悲しむだろうし、姉ちゃんからは怒られるからなぁ……。やっぱり外せないというか……そのぉ……」


 僕は頭を下げたまま、もごもごと口を動かし、眼下の床に向かってぶつぶつとそう言った。

 するとキーナが、僕のアゴの下に右手を伸ばしてくる。

 彼女はそのまま僕の顔をクイッと持ち上げると、強制的に自分の方を向かせた。

 僕の両目をのぞき込みながらキーナが言う。


「もう、理由なんてどうだっていいッス……。ただ、冬市郎くんはこの間、『瀬戸灰音との付き合い方は考える』って、自分とそう約束してくれたッスよね?」

「お、おう……」

「じゃあ、逆に仲が深まっているように感じるのは気のせいスか?」


 問われて僕は「うっ……」と声を漏らす。

 それから恐るおそる言った。


「キーナ……あの子、すげえ良い子だよ? お店のために頑張っているし」

「はあ? それが何か関係あるんスか?」


 僕はおびえる。

 そんな僕のアゴの下を右手でがっちりホールドしたまま、キーナは首を小さくかたむけると、眉間にシワを大集合させた。

 戦場の女ボスとその信頼を裏切るミスをした部下――もしもそんな関係だったら、次の僕の返答次第では命がなくなるだろう。


 けれど、僕だってものすごくバカなわけではない。

 灰音との間であったことをすべて正直に話せば、キーナが嫉妬全開でこうなるだろうことは予想できていた。

 だから僕は、とある秘策を用意していたのである。


「あっ、そうだ! キーナ、聞いてよ」

「んっ? なんスか?」

「いや、僕さあ。唯一の友人であるキーナと、何か『おそろいのもの』を身につけようと思ったんだ」

「おそろいのもの?」


 僕の発言にキーナの右手の力がゆるむ。

 その隙を逃さず僕は、さっと顔を動かし、彼女の支配から抜け出した。

 それから自分のカバンをガサガサと漁りながら僕はこう言う。


「そうそう、おそろいのもの。それでさ、さっそくこんなものを買ってきたんだけど……キーナは気に入るかな?」


 僕はスマホカバーをふたつ、キーナの目の前に差し出した。

 それは、おそろいのデザインのものである。


「僕とキーナのスマホって同じ機種だろ? だから、おそろいのスマホカバーなんてどうかなって?」

「おそ……ろい……」

「うん。ほら、せっかくスマホがおそろいなんだから、カバーの方も二人でおそろいにしてみたら、すごく仲が良さそうだと思わないか? 毎日さりげなく身につける二人の『友情の証』みたいで」

「友情の……証……」


 少女の眉間に集まっていたシワたちが、雪解けでも迎えたかのように少しずつ消えていく。


「友情の証……ッスか……」


 キーナは自分自身に言い聞かせるかのように、もう一度そうつぶやいた。

 僕は微笑みながらうなずく。


「そう。友情の証」

「このおそろいのスマホカバーは……友情の証……ッス」

「そうだぞ、キーナ。このおそろいのスマホカバーは友情の証だ」


 そして次の瞬間――。

 キーナは何やら興奮するような事実にでも気がついたのだろう。彼女の表情は、春の到来でも告げるかのように一瞬で、ぱぁあっと明るくなった。


「と、と、と、冬市郎くん! こ、この友情の証のスマホカバーなんスけど、もしかしてふたつ合わせると、カバーに描かれている絵が『ハートの形』になるんスか!?」


 僕は小さくうなずく。


「ああ、そうみたいだな。ふたつ並べるとハートマークになるデザインだ」

「おお……。ハートが……」

「こっちのスマホカバーには、ハートの左半分が描かれているだろ? もうひとつのスマホカバーには、ハートの右半分が。だからそれをこうして、スマホカバーを横並びにしてピッタリ合わせるだろ? すると……ほら、ひとつの大きなハートの絵になるんだよ」

「い……いいッスねぇ……」


 そう口にするとキーナは、ごくりと唾を飲み込んだ。


「こ、これはいいッスよ、冬市郎くん……」

「気に入ってもらえたようで、よかったよ」

「はいッス! これ可愛いッス! さすが冬市郎くん。顔だけでなく、『友情の証』を選ぶセンスも良いッス!」

「だろ? ……って、あれぇ? あれれ?」


 僕はそう言いながら、わざとらしく大袈裟に首をかしげる。


「冬市郎くん、どうしたッスか?」

「い、いや……キーナ。僕は今、恐ろしいことに気がついてしまったんだが……」

「なっ……なんスか……」

「こ、このおそろいのスマホカバーなんだけど、友情の証っていうよりは、『恋人同士』が持つペアグッズみたい……じゃないか?」


 ずっと黙っていた足の裏たちが、少しあきれたような調子で話しはじめる。


「ソウダ……。スゴク『ベタ』ナ、ペアグッズダ……」と右足が言った。

「完全ニ、恋人同士ガ持ツアイテムダナ」と左足が続ける。


 キーナはブンブンと首を横に振った。


「い、いえ、冬市郎くん。これは間違いなく友情の証ッスよ! 世界中の人々が何と言おうと、自分の中では『恋人同士が持つようなチャラいアイテム』といっしょにすることは出来ないッスね! これは、冬市郎くんと自分の『友情の証』で間違いないッス!」


 キーナは、ハートマークがデザインされたおそろいのスマホカバーを『友情の証』と断言する。

 そんな彼女に向かって、僕はさらにこんなことを言った。


「でも『LOVE』って文字が入っているんだけど……。ほら、こっちのカバーに『LとO』があって、もうひとつの方には『VとE』が……。ふたつ合わせると『LOVE』って文字に……」

「いやいや、そんなの何の問題もないッスね!」

「そう?」


 黒髪のポニーテールを踊らせながら、キーナは大きくうなずく。


「はいッス。別に友情の証に『LOVE』って文字が入っていたっていいじゃないスか。それで誰か文句あるんスか? んっ? 友情の証に『LOVE』って文字があると、どこかの誰かが何か苦情とか入れてくるんスか? 入れてこないッスよねっ! んっ?」


 なぜか少しキレ気味でキーナはそう力説した。

 僕は苦笑いを浮かべながら、スマホカバーのひとつをキーナに差し出す。


「そっか。じゃあ、問題ないのなら、キーナ。もしよかったら、この片方をもらってくれないか?」


 キーナは、「コホン」と照れ隠しのような咳払いをしてから返答する。


「……し、仕方ないッスね。冬市郎くん、こんなにも素敵なプレゼントをありがとうッス。……で、では、この『友情の証』を、今すぐスマホに取りつけることにするッスよ」


 ――真犯人が見つかり身の潔白は証明された。

 しかしその後も、キーナが僕との『友人関係』にこだわる姿勢は薄れていない。

 相変わらず彼女は、僕の『友人』であることに、とてもこだわりがある様子だった。


 彼女の中のこの『友人』という部分を『恋人』へと変えるためには、いったい何が足りないのか?


 とりあえずそれは、今の僕にはわからない。


 けれど――。

 僕たち二人を取り巻く周囲の状況は、確実に変わりつつある。キーナが四人の男子生徒から次々と告白されたこともその証拠だ。

 この学園での生活も、以前と比べればきっと過ごしやすくなることだろう。


 僕は祈っている。

 この先、そんな環境の変化が僕とキーナの関係を進展させてくれることを。


 しかし当面は、『友人』にこだわるキーナとの相変わらずな高校生活を楽しむのも悪くはない――。

 僕はそう考えていたりもするのだった。

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