094 【第1部 最終話】 キーナの力

 キーナが話を続ける。


「悔しくて悔しくて眠れない夜に、一人で泣いていたとき……急に頭の中で声を聞いちゃったんスよ。『この世界はプログラムだ……』って。頭の中でそうささやいた声が、いったい誰の声なのか、それはいまだにわかんないんスけどね……」


 少女は力なく微笑む。

 それから彼女は、後頭部をポリポリと掻きながら言った。


「いやぁー、こんな話をしたら、世間一般では頭のおかしい人だと思われることはわかっているッスよ。だからそれが嫌で、この異能のことは誰にも言わず、ずっと黙っていたんスよねぇー」


 僕には、キーナの気持ちが良くわかった。

 自分の足の裏たちと会話ができるという異能を、僕だって誰にも打ち明けずに生活しているのだ。

 キーナは栗色の瞳で、こちらをまっすぐに見つめながら言った。


「どうせ、誰にも理解されないってことは、わかっているッスよ。だから親にも言っていないッス。けど……この世界で唯一、冬市郎くんにだけは打ち明けてもいいかなって……。以前からずっと、そう思っていたッスよ……」

「キーナ……」


 すると突然、キーナが何かを思いついたのか、両手をパンッと打ち鳴らした。


「あっ、そうッス! きっと、あの話をすれば、冬市郎くんも信じてくれるッスね! 冬市郎くん、ちょっと立ってくださいッス」


 僕は素直に椅子から立ち上がった。

 キーナの方は、右手の手のひらを広げると、僕の足下に向かってその手をかざす。

 そして、目の前の空間を撫でるかのように、右手を左から右へ素早く動かした。


「確認したッス。今日もそこにあるみたいッスね」

「んっ?」

「冬市郎くんの両足の裏にずっとあるそれ……それもこの世界のバグっすよ」

「なっ!?」


 足の裏と話せることを、僕は誰にも一度だって打ち明けたことはなかった。

 もちろん、キーナにだって話したことはない。


「冬市郎くんの足の裏――右足にも左足にも、それぞれバグがあるッスよね?」

「うっ……」

「実は自分、一年前からずっと気になっていたッスよ」

「一年前から?」


 キーナはこくりとうなずく。


「はいッス。今からそのバグを詳しく調べるッスね。集中するので、ちょっと時間をくださいッス。冬市郎くん、しばらく動かないで、じっとしていてくださいッスよ」


 言われた通り僕は、じっと動かずに立ち続けた。

 足の裏たちも緊張しているのか、左右どちらも声を出さずに大人しくしている。


 キーナは、僕の足下に向かって右手をかざす。

 それから数分間、何度も右手をかざしたり、その手を左から右へとスライド移動させたりを繰り返した。

 少女の額に、薄っすらと汗がにじむ――。


「冬市郎くん、わかったッス!」

「えっ……?」

「冬市郎くんの足の裏にあるバグの正体が、わかったんスよ!」

「あ、足の裏たちの正体が?」


 キーナは額の汗にハンカチを当てながら、小さくうなずく。


「はいッス。まず、右足の裏に封印されているのが――本来は異世界に存在するはずの『魔王』ッスね」

「はっ? 魔王? 封印?」

「はいッス。冬市郎くんの足の裏に、異世界の魔王が封印されているんスよ」

「んなっ!?」


 驚いて僕は、口をぽかんと開けたのだが、キーナは止まらずに説明を続ける。


「そして、左足の裏に封印されているのが――右足と同じ異世界で、魔王の上に君臨している『大魔王』みたいッスね」

「ひ、左足は大魔王!?」


 僕がそう声を上げた直後、足の裏たちがざわつきはじめる。


「オ、オ、思イ出シタ……。私ハ確カニ、『魔王』ダッタ気ガスル……」と右足が言った。

「私モ思イ出シタ……。私ハ、『大魔王』ダッタ……」と左足が続ける。


 おい、お前ら……ふざけている場合か……と僕は口に出しかけたのだが、どうやら足の裏たちはキーナの話に、本気でショックを受けているようだった。

 一年以上も一緒に過ごしていれば、足の裏たちがふざけていないことが僕にはわかる。

 足の裏たちは、心の底から驚いているのだ。


 僕はOFGをはめた右手をアゴの下に当てると、心の中でこうつぶやく。


 おいおい、右足が魔王で、左足が大魔王?

 じゃあなんで、大魔王である左足が、右足にいつも遠慮していたんだよっ!

 左足の方が、格上で偉いじゃねえかっ!


 足の裏たちに対してそう声を出してツッコミたくもなった。

 だが、今はそれどころではない。

 キーナが、黒髪をかき上げながら言った。


「自分、冬市郎くんは、この栄町樹衣菜が『異能』に目覚めていることに、とっくに気がついていると思っていたッス。冬市郎くんは気がついていて、敢えて今日まで、この話題には触れてくれなかったんスよね……? でも、この先もずっと隠していかなくちゃいけないと思っていたこの異能を、ようやく冬市郎くんに打ち明けることが出来て、すっきりしたッスよ」


 そう言われて、僕は「うーん……」と唸った。

 確かに今日まで敢えて、キーナの異能の件には触れてこなかったのだ。

 けれどキーナの口ぶりだと、もしかすると彼女は、もっと以前から自身の『異能』を話題にしてもらいたいと願っていたのかもしれない。


 僕は頭をフル回転させて必死に考える。


 ――この女の子は……僕が愛するキーナは、いったい何を望んで、異能があることを僕に正直に打ち明けてくれたのだろうか?

 キーナが、アイメイボックスを簡単に見つけ出していたのは事実であるし、僕の足の裏たちのことも言い当てた。

 たぶん、キーナの異能は本物なのだろう。


 僕は考え続ける。

 大切な秘密を打ち明けてくれたこの少女に、この後、なんと声をかけるのが正解なのかを……。


 その間、キーナはポニーテールを静かに揺らしながら、栗色の綺麗な瞳でこちらをずっと見つめていた。


 やがて僕は、キーナの目をまっすぐに見つめ返す。

 正解にたどりついた――という確信は持てない。

 けれど……。

 とりあえず彼女にかける言葉をひとつだけ、僕は見つけることが出来た気がしたのだ。


 キーナの両肩に優しく手を置くと、僕はその言葉を口にする。


「なあ、キーナ……頼みがある。うちの中二病喫茶で働いてくれないか?」


 黒髪の少女は両目を大きく見開いた。

 僕は話を続ける。


「姉ちゃんは『本物の中二病の女の子』をまだまだ探している。そして、どうやらキーナには、その資格があるようだ。以前も話したと思うんだけど、姉の中二病喫茶が潰れそうなんだよ……。だからキーナの力を、どうか僕や姉ちゃんに貸してほしい」


 僕の言葉を聞くと、キーナは満面の笑みを浮かべる。

 そして、親友である僕から頼られたことがよっぽど嬉しかったのか、黒髪のポニーテールを弾ませながら彼女は、元気よくうなずいたのだった。


(第1部 おしまい)

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