082 まだひとつ問題がありますよね?

 僕はゆっくりうなずくと再び口を開く。


「僕とキーナは、高校でジャーナリズム研究会ってやつに所属しているんです。『ジャリ研』って略称なんですけどね」

「ほう」

「それで、所属しているのは僕とキーナの二人だけです。二人だけの研究会なんですよ」


 そう言うと僕は、キーナに視線を向ける。

 彼女は僕と目が合うと、こちらの言動をとりあえず優しく見守っているといった感じの控え目な微笑みを浮かべた。

 この先、僕が何を言い出すのかまだわかっていない――という雰囲気を漂わせながらである。


 僕の方もほんのりと微笑みを浮かべると、話の先を続けた。


「――ジャリ研に所属したばかりの頃。僕たちは、『情報をかき集めて、自分たちで真犯人を捕まえてやる』だとか、『真犯人を見つけたら、ジャリ研として真実を学校中に報道してやるんだ』なんて考えていました。でも実際には……犯人につながる手がかりひとつ見つけられなかったです。真犯人なんて、いつまで経っても捕まえられませんでした……」


 そう言って僕はうつむいた。

 キーナがそっと僕のそばに近づいてくる。どうやら彼女も、昔のことを思い出したのだろう。


「うんうん。自分も冬市郎くんも、真犯人が捕まらないせいで、ずっと辛い思いをしてきたッスよね……」


 キーナはうなずきながら黒髪のポニーテールを揺らす。そして、僕の背中をトントンと優しく叩いてくれる。

 僕は顔を上げて言った。


「ああ……。でもな、キーナ」

「んっ?」

「それでも僕は、辛い事ばかりじゃなかったと思うんだ……。こういう話、前にも二人でしたことがあったかな? まあとにかく、いつまで経っても真犯人が捕まらないおかげで、教室で居場所を失った僕とキーナの結束が、どんどん固まっていったんだ。だから、良いこともあったと思うんだよ」


 キーナは少しだけ目元をゆるめながら穏やかな口調で話す。


「そうッスね。学校で話し相手なんて、お互い他にいなかったんスから、結束が固くなるのは当然ッスよ。一年間、来る日も来る日も、冬市郎くんとしか会話してこなかったんスから。あの頃からもう、二人の信頼関係は時間が経つにつれて右肩上がりでしたッスよね、ふふっ」


 それからキーナは、急に眉間にシワを寄せて「ふんす」と鼻息を荒げる。


「でもッスよ、いまだに自分は、高校で冬市郎くん以外の人間は、生徒も教師も全員敵に見えているッス! 本当に、あんにゃろうたちには、濡れ衣を着せられまくりッスよ!」


 そう言ってキーナは、くちびるをとがらせる。

 僕はその姿に「あはは」と声を出して笑い、話を続けた。


「僕も、学校の奴らはみんな敵に見えていたな。『僕とキーナ』VS『愛名高校』だと思っていたからさ」


 黒髪の少女は、ポニーテールを上下に弾ませながら勢いよくうなずく。


「そうッスよ! だからこそ自分は、冬市郎くんと二人きりで、この高校生活を生き抜くことを決めたんッス! そして今では、唯一無二の親友である冬市郎くんとの二人きりの高校生活は、とても心地の良い素敵な生活になっているッスね!」

「ああ。僕もキーナと二人きりの高校生活は心地が良いよ」

「それはなによりッス!」


 キーナが嬉しそうに微笑む。

 そんな彼女に、僕は言った。


「――でもさ、こんなふうに二人きりの楽しい高校生活が、今日までずっと続いてきたのって……たぶん、真犯人が捕まらないからなんだよな。窃盗犯扱いされて学校で避けられているから、僕たち二人の生活に踏み込んでくる邪魔者が誰一人として現れなかったんだよ……」


 僕は後頭部をポリポリと掻きながら話を続ける。


「それに、真犯人が見つからない限りはずっと、学校中の人間が僕たち二人の共通の敵でいてくれるだろ? そうなるとキーナは、学校でたった一人の友人である僕を必要としてくれる。親友としてキーナに必要とされているのって、まあ、すごく嬉しいんだよね、へへっ」


 僕は軽く照れ笑いを浮かべた。

 けれどすぐに顔を曇らせて言う。


「だからいつしか僕は、『真犯人は、このまま絶対に捕まるなよ』って願っていたんだ……。キーナから唯一無二の親友として必要とされる高校生活を、この先もずっと続けていきたいと思っていたから……。でも、もし真犯人が捕まったら、今のこの環境にきっと大きな変化が起こるだろ? 僕はそれが怖いんだよ……」

「冬市郎くん……」


 僕は今度は苦笑いを浮かべる。


「はははっ……。ごめんな、キーナ。僕、実はさあ、こんなバカなことを考えていたんだよ。真犯人が捕まらなければ、キーナと二人きりのこの楽しい高校生活をずっと続けていけるんだろうなって……。だから今の僕には、真犯人を本気で探す気なんてもうどこにもないんだ。本当にごめん」


 僕はキーナに向かって頭を下げた。

 すると、僕たち二人の会話をそれまで黙って聞いていた守山赤月が口を開く。


「『窃盗事件の真犯人が捕まらないこと』を小僧が願っている――そのことはよくわかった。だが念のために、小僧の心の中を一度確認させてもらおうか」


 赤髪の男は、右目の眼帯に手をかける。

 そして、僕に向かってこう指示を出す。


「さあ、小僧。オレ様の目の前に立ってくれ」


 指示通りに僕は、赤月のすぐ目の前に移動した。

 一方でキーナは、気をつかって赤月の視界から外れるように移動する。それは、女子と目が合った途端、動けなくなってしまう赤月に対して気をつかっての行動だろう。


 そんなふうにして準備が整うと、赤髪の男は右目の眼帯を外した。

 例の夕焼け空の様な赤く美しい瞳が姿を現し、こちらをじっと見つめてくる。

 やがて――。


「確かに……。小僧よ、お前は『真犯人が捕まらないでほしい』と心から願っているようだな。そのせいで自分が、窃盗犯の濡れ衣を着せられているというのに……クククッ」


 赤髪の男はそう言うと、目の前に立つ僕の肩をポンポンと叩いた。

 それから右目の眼帯を元に戻すと、赤月はこう続ける。


「しかし、小僧。こうなってくるといよいよお前は、自分で自分の願いが叶わなくなるようオレ様に頼むことになるな。クククッ……こんなことは前代未聞だぞ」

「でも、守山さん。まだひとつ問題がありますよね?」

「んっ?」


 そう声を漏らすと、赤月は首を小さくかしげた。

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