083 『学園』の守護者

 僕は、ごくりと唾を飲み込むと言った。


「……守山さん。問題は、窃盗事件の真犯人が愛名学園の関係者かどうかってことですよ……。それが僕の中でずっと、不安要素として残っていました」

「ああ、そのことか」


 そう言うと赤月は、人差し指で鼻の頭をポリポリと掻いた。

 僕は小さくうなずくと話を続ける。


「はい。守山さんの異能の力が及ぶ相手は確か、三校に在学中の生徒や、学園の関係者――つまり、教師や卒業生なんかでなければいけない。アイメイボックスのことを僕に教えてくれた灰音から……瀬戸灰音から、そう聞いています」

「ああ、その通りだが……」


 赤い髪の男は、胸の前で両腕を組む。

 そして一度、「むぅー」と唸ってから、ひとごとのようにこうつぶやく。


「そうか……。まあ、予想はしていたのだが、小僧にアイメイボックスのことを教えたのはやはり、以前ここへやって来たあの銀髪のお嬢ちゃんだったか……」


 赤月が灰音のことを思い出しはじめたようだ。

 けれど僕は、話が脱線するのを避けるために、瀬戸灰音のことにはそれ以上触れなかった。

 僕は目の前の男にこう質問する。


「だから、守山さん。もし、窃盗事件の真犯人が『愛名学園グループ』に所属したことのない人間だったら、守山さんの異能はまったく効果がないんですよね?」


 赤月は小さくうなずく。


「うむ。オレ様のこの異能は、『愛名学園グループ』に所属したことのある人間が相手でなければ、力を発揮しない」

「じゃあ、窃盗犯が学園の外部からの侵入者だったら、そのときは……」

「まあ、お手上げってことだな――」


 赤い髪の男は、僕をからかうような態度で両手をあげると、口元だけでにやりと笑った。

 僕は男のそんな仕草は気にせずに、うつむいてつぶやく。


「やはり、そうですか……」

「そうだ。だが、小僧よ。その点は、まあ心配しなくても大丈夫だな」

「へっ?」


 と声を漏らすと、僕は顔を上げてまばたきを繰り返した。

 赤月が、アゴの下に手を当てながら声を出して笑う。


「クククッ……。実はな、小僧やお嬢ちゃんが濡れ衣を着せられたその窃盗事件なんだが、オレ様はお前たちの話を聞く前から、事件のことは詳しく知っていたんだよ」

「どういうことです?」

「さっきの話、聞いていなかったのか?」

「えっ……。どの話ですか?」


 赤月は自身の胸をトンッと叩く。


「いや、オレ様がこの地下で『愛名学園グループの守護者』をやっているって話だよ。三つの学校の様々な場所に式神を放って、毎日のように情報収集をしているんだ。だから当然、愛名高校で窃盗事件が起きていたことも知っていた。そして、まあその真犯人のこともな」


 赤月はそう言ってから、今度は両手で腹を押さえながら嬉しそうに笑う。


「クククッ……。いや~、窃盗事件の濡れ衣を着せられたのは小僧も運が悪かった。だがここにきて、最後の最後で本当に運が良かったなあ、小僧よ」

「……え? ってことは、もしかして――」


 赤髪の男は「フッ……」と鼻を鳴らしてから、こう言う。


「ああ、そうだ。お前たちが巻き込まれた窃盗事件の真犯人は、学園の関係者だぜ。なぜならオレ様は、その犯人がどんな奴だったのかちゃんと知っているからな。なんせ、防犯カメラが設置できないような場所にも、オレ様はちゃんと式神を潜ませているんだ。クククッ……」


 僕は、ほっと胸を撫で下ろした。


「そうですか。なんとなく、学園関係者の可能性が高いだろうなとは思っていましたけど……よかった」


 すると――。


「よくないッスよ、冬市郎くん」

「んっ?」


 キーナが会話に参加してきたのだった。

 彼女は眉間に深いシワを寄せながら、ギラギラした視線を赤月に向ける。


「むむむっ、守山さん! 真犯人を知っているのに、どうしてそれを公表してくれなかったんスか? 守山さんは、学園の守護者なんスよねっ!」

「んっ? 何を言っているんだ、お嬢ちゃん――」


 赤月の方は、特に動揺した様子もなく、淡々とした調子で話す。


「お嬢ちゃん、確かにオレ様は愛名学園の守護者だ。だが、あくまでも『学園』の守護者なんだぜ? 別に、学園に通う学生たちの守護者ではないからな。その辺を勘違いされては困る」

「へっ……?」


 キーナが、きょとんとした表情を浮かべる。

 赤月は不満気な様子でさらに話を続けた。


「そもそも、そういう犯人探しは本来、地上の人間同士でやってもらうのが決まりなんだよ。普通に考えたら、警察なんかの仕事じゃないのか?」

「うっ……。まあ、そうかもしれないッスけど……」


 赤月の言葉にキーナは、しょんぼりしてしまう。

 それでも赤い髪の男は、語気を強めて主張する。


「お嬢ちゃん、それともなにか? 警察に、『オレ様が放った式神が、すべてを見ていました。真犯人は誰々です』とでも話せばいいのか? 冗談じゃない! オレ様だって、わざわざ警察から頭のおかしい奴だと思われたくはないぜ。それに、面倒事に巻き込まれるのはごめんだ」

「うぅ……」


 キーナは自身の胸に手を当てながら、ポニーテールを震わせる。

 そして――。


「じ、自分の方が何か勘違いしていたみたいッスね……。守山さん、ご、ごめんなさいッス」


 キーナは両目をきゅっと閉じると、赤月に向かって深々と頭を下げた。

 赤月は両目に眼帯をしているため、そんな少女の姿を目にすることはできない。

 ただ、キーナの声の調子から、彼女が落ち込んでしまったことだけは察したようだった。


「い、いや……。まあ、オレ様も少し言い過ぎたかもな……。こっちも悪かったよ、お嬢ちゃん」


 赤月の方もあきらかに動揺した様子で、やや声を震わせる。


「ただ、お嬢ちゃん。守山赤月は、別に正義の味方じゃないんだぜ……あくまでも学園の守護者なんだ。学園自体の危機には全力で動くが、お前たちのような愛名学園に通う生徒個人の危機なんか知ったこっちゃねえんだよ――ってことだな。つ、冷たいようだが、その辺はちゃんと理解しておいてもらいたいと思ったんだよ……」


 そう言うと赤髪の男は、ばつの悪そうな様子で後頭部をポリポリと掻いた。


「理解したッス。守山さんを責めるような発言をして申し訳なかったッス」


 キーナはそう言って、もう一度頭を下げる。


「お、おう……。オレ様にはオレ様の役割ってやつがあるんだからな。お嬢ちゃんたちのことは当時から、まあ、可哀相だとは思っていたんだが……。そのぉ、オレ様だって、なんでもかんでも首を突っ込むわけにはいかねえんだよ。だから、許せよな……」


 赤月はそう言うと、顔を赤らめながら、「コホン」と小さく咳払いをした。

 それから、僕に話しかけてくる。


「こ、小僧……まあ、そういうわけで、本来なら学生のことなど知ったこっちゃないんだ。けれど、今回は例外だ。なぜなら、アイメイボックスをすべて集めてきた『異能を持つ者』からの正式な依頼なのだからな」

「はい。お願いします」


 僕は返事をしながら背筋をピンと伸ばした。

 眼帯で両目をふさいでいる赤月には、こちらの姿は見えないことはわかっている。

 けれどなんとなく僕は、真面目な態度をとったのだった。

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