081 『誰の願いを叶えたくないのか』

「そうだ、式神だ。お嬢ちゃんも、漫画や映画なんかで見たことないか?」

「詳しくはわからないッスが、ぼんやりとなら知っている気がするッス。紙を人型にしたやつを飛ばしたり、動物や人間の姿に変身させて動かしたりするッスか?」


 キーナからそう質問されて、赤月は後頭部をポリポリと掻いた。

 詳しく説明するのは少し面倒だな、といった様子である。


「んーっと……。まあそんな感じで思ってくれていればいいや。――ちなみに、お嬢ちゃんたちをここへ案内したそこの奴も、オレ様の式神だ」

「そこの奴って……。もしかして、学生服を着た彼のことッスか?」


 キーナは紺色の髪の美少年を見やる。

 美少年は彼女と目が合うと、黙ったまま静かに微笑んだ。


「ああ、そうだぜ、お嬢ちゃん。オレ様はこの地下に封印されていて地上に出られないからな、外に買い物に行かせたり、身の回りの世話をさせたりするんだ」

「式神ッスか……。どこからどう見ても人間にしか見えないッスね……」

「クククッ……。まあ、人間型以外にも式神はたくさんいてな、三つの学校の様々な場所に放っているぞ」

「そうなんスか?」


 赤髪の男は、どこか得意気な様子で鼻を少し膨らませた。


「ふんっ。まあ、オレ様はこの地下から三つの学校を守らなければいけないからな。学校にある防犯カメラなんて数や設置場所が限られているし、あれじゃあ学園全体を見守るには色々と不便だ。だから式神をたくさん放って、日々情報収集をしているんだよ、お嬢ちゃん」


 僕の耳に届く二人のそんな会話。

 内容はなかなか興味深いものではあったのだけど、そろそろ話を本題に戻そうと思う。

 すなわち僕が、『誰の願いを叶えたくないのか』を、守山赤月にはっきりと伝えるのだ。

 僕の考えはすでにまとまっていた。


 合図とばかりに、力を込めて「コホン」とひとつ大きめの咳払いをしてみる。

 守山赤月はすぐに、僕のその咳払いに反応した。


「んっ? どうした、小僧。いい加減、オレ様に誰の願いが叶わなくなるよう頼むか決まったのか?」


 僕は、赤い髪の男をまっすぐに見つめながら言う。


「はい。決めましたよ、守山さん」

「そうか。それで、誰の願いが叶わないようにするんだ? んっ?」


 一度だけ、チラリとキーナの顔を眺めてから、僕は再び赤月に視線を戻すとこう言った。


「守山さんには、『僕の願い』が叶わなくなるようお願いしたいんです」


 キーナが「えっ……」と声を漏らした。

 僕のその発言は彼女にとって、きっと予想外のものだったのだろう。

 守山赤月の方は「んっ?」と首をかしげる。


「小僧……。結局、自分自身の願いが叶わなくなるよう、オレ様に頼むってことか?」

「はい」


 と返事をして僕はうなずいた。

 赤月は胸の前で腕組みをすると、口を大きく開けて大声で笑った。彼の全身を包む黒い衣装とは対照的な真っ白な歯を、キラリと輝かせながらである。


「ふはははは! 面白い。いまだかつて、歴代の守山赤月に『自分で自分の願いが叶わなくなるよう頼んだバカ者』がいただろうか? いや、そんな奴は、はじめてだぞ、小僧」


 僕も笑った。


「へへっ……。そんなバカは、やっぱり僕がはじめてですか。僕だって本当は、こんなことをお願いしたくはないんだ……。正直、怖いですよ」

「ほう……」


 と言って赤月は、小さくうなずくとこう質問してくる。


「『恋人がほしい』という願いが叶わなくなるようにしてほしい――とは違うんだよな?」

「もちろん違いますよ」

「小僧、わかっていると思うが、オレ様が使えるのは『誰かの願いが叶わなくなる』力だ。お前が『本当に願っていること』でなければ、この力は作用しないんだぞ?」


 僕は首に巻かれたチョーカーを指でいじりながら答える。


「その点は、今の僕なら大丈夫だと思います……」

「んっ? 今の僕なら?」

「はい。昔の僕なら、それを願ってはいませんでした――」


 そう答えて僕は一度だけ深呼吸をすると、話の先を続ける。


「けれど、今は――キーナと二人きりで一年間過ごしてきた今の僕は、それを願っていると思います」


 赤月は、ゆっくりとうなずいた。


「……そうか。では、小僧。お前が叶わなくしてほしいその『願い』とやらを、オレ様に言ってみるんだな。お前のその願いが叶わなくなるよう、この異能の力を使ってやるぞ……クククッ」


 地下室に低い笑い声を響かせながら、赤髪の男は口元をにやりと歪めた。

 僕は守山赤月に向かって語りはじめる。


「守山さん。一年くらい前のことなんですが、高校で僕とキーナが窃盗犯扱いされた事件があったんですよ。体育の授業中に教室から財布なんかを盗み出した窃盗犯がいたみたいでして……」


 僕は赤髪の男に、一年前に巻き込まれた事件のことを説明した。

 事件後、僕とキーナが高校でどのように扱われてきたのかも交えながらである。


「――そういうわけで、これまでずっと周囲から犯人扱いされて過ごしてきました。でも、もちろん僕もキーナもそんなことはやっていません。あの窃盗事件の真犯人は必ず他にいるはずなんです」


 事件の話を聞き終えると、赤月は僕に質問してきた。


「それで、小僧。これからお前が口にしようとしている願いと、その窃盗事件とが関係してくるんだよな?」

「はい。守山さん、僕の願いは――」


 僕はそこまで言うと、ひと呼吸置き、前歯でくちびるを噛みしめた。

 それから再び口を開き、赤い髪の男にこう伝える。



「僕の願いは、『その窃盗事件の真犯人が、このままずっと捕まりませんように』ってことです」



 キーナは再び「えっ……」と小さな声を漏らすと、栗色の大きな瞳で僕を見つめてくる。

 赤髪の男は首をかしげた。


「……んっ? 捕まりませんように?」


 赤月はつぶやくようにそう言うと、どうにも腑に落ちないといった様子で、右手で自身のアゴをさすりながら尋ねてきた。


「小僧、それっておかしくねえか? お前は『真犯人が捕まらないこと』を願っている? 逆だろ? 普通は、真犯人が捕まることを願うんじゃないのか?」

「ははっ、普通はそうですよね。僕も昔は、真犯人が捕まることを願っていました」


 そう言って僕は軽く微笑むと、説明を続ける。


「――でも不思議なもので、今では『窃盗事件の真犯人が捕まらないこと』を願っているんですよ」

「クククッ……。まるで理解できんなぁ。もう少し話を聞かせてもらおうか」


 赤髪の男は、にやりと薄ら笑いを浮かべた。

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