080 『愛迷』と『哀命』と『逢い鳴』

「とにかく、オレ様が話を聞かなければいけない相手は、小僧になったようだな」


 赤い髪の男はそうつぶやくと、身体の向きを変えはじめる。

 そして、今度は僕の方を向いてしゃべりはじめるかと思いきや――。

 眼帯で視界を封じていたためか、彼は誰もいない壁の方を向いて低い声でこう質問した。


「それで小僧は、『誰のどんな願いが叶わなくなるよう』オレ様に頼むんだ? んっ?」


 おそらく守山赤月は、僕に向かって話しかけているつもりなのだろう。

 紺色の髪の美少年が、赤髪の男に向かって言う。


「赤月様、そちらは壁です」

「ん~っ!?」

「赤月様。まわれ右をした後、やや左を向いてください」

「おう」


 赤髪の男は美少年から言われた通りに身体を動かして、おおむね僕の方を向いた。

 けれど少しだけ向きがズレていたので、僕は彼に気をつかって半歩移動すると、赤髪の男の正面に立ってやった。

 僕のその行動に、紺色の髪の美少年が小声で「すみません」と言って頭を下げる。


「さて。小僧は、『誰のどんな願いが叶わなくなるよう』オレ様に頼むんだ?」


 赤月が再びそう尋ねてきたのだが、僕は考えをまとめるためにもう少しだけ時間がほしかった。

 そこで――。


「守山さん。ちょっと質問があるのですが」

「なんだ?」

「アイメイボックスは、異能を持つ者にしか見つけられない――なんて話を聞いたんですけど、それって本当なんですか?」


 少し時間稼ぎをするために僕はそう尋ねた。

 それに赤月は、小さくうなずき答えてくれる。


「本当だ」

「どうして、異能を持つ者にしか見つけられないんです? 何か理由があるんですか?」

「ああ――。それには、ちゃんと理由があるぞ、小僧」

「その理由を教えていただくことは……?」

「ん~……。まあ、別に教えてやってもいいかな?」


 赤月は髪をかき上げると話を続ける。


「この場所にたどりついた異能を持つ者たちから、守山赤月の後継者を選定するためだ」

「えっ……。後継者を?」

「ああ。代々、守山赤月は異能を持つ者にしか引き継げない。だから、言葉は悪いが、アイメイボックスをエサにして、異能を持つ後継者候補たちをここにおびき寄せているってわけだ。つまり、異能を持たない者には用はないから、『異能を持つ者にしか見つけられないアイメイボックス』を学園内に配置して、それをエサに異能を持つ者たちを釣っているんだよ」


 そう口にすると赤月は、口元だけでにやりと笑った。


「そうなんだ……。アイメイボックスは、異能を持つ者たちをおびき寄せるための道具でもあったのか……」


 僕がつぶやくようにそう言うと、赤月が今度は声を出して笑う。


「クククッ……。まんまとここにおびき出されたなあ、小僧よ。ちなみに、アイメイボックスの『アイメイ』は、愛名学園の『愛名』だと決めつけていないか?」

「違うんですか?」

「アイメイボックスのアイメイとは、『愛に迷う』と書いて『愛迷』という説もある。あれは、『愛に迷った人間』のための箱でもあるからな」

「えっ……。愛に迷うで愛迷? ……本当ですか?」


 僕は小首をかしげながらそう尋ねる。

 赤い髪の男は、再び声を出して笑った。


「クククッ……。まあ、アイメイボックスを管理してきた歴代の守山赤月たちはなあ、こんなふうに『誰かの願いを叶えさせない力』なんて異能を持っているせいで、過去に何度も『愛に迷った男女の色恋沙汰』なんかに利用されてきたんだよ……」

「……なるほど。その力……色恋沙汰に利用される可能性は確かにあるかも……」


 そう言いながら僕はアゴの下に手を当てた。


「納得したようだな、小僧。しかし――」

「しかし?」

「アイメイボックスのアイメイは、別の漢字が当てはまるという説もある」


 そう言うと赤月は、パチンっと指を鳴らした。

 すると紺色の髪の美少年が、学生服のポケットから紙を取り出し、そこにサインペンで大きく『哀命』と書いて、僕に向かって掲げる。

 赤月は話の先を続けた。


「アイメイボックスのアイメイは、『哀しき命令』と書いて『哀命』という説もあったりする」

「なるほど。その漢字を使って『哀命』ですか……」


 僕は小さくうなずいた。


「小僧よ。アイメイボックスは『哀しき命令』をするための箱でもあるのさ。その箱を集めた者が、歴代の守山赤月たちに、『誰々の願いを叶わないようにしてくれ』なんて、それはそれは哀しい命令をするからなあ」

「確かに哀しい命令ですね」

「しかし、小僧よ――」

「はい?」

「アイメイボックスのアイメイには、さらに別の漢字が当てはまる可能性もある」


 そして赤月が再び指を鳴らすと、やはり紺色の髪の美少年が学生服のポケットから紙を取り出し、そこにサインペンで大きく『逢い鳴』と書いた。


「アイメイボックスのアイメイは、『逢って鳴く』と書いて、『逢い鳴』という説もあるんだ」

「今度はその漢字を使って、『逢い鳴』ですか……」


 僕は右手で頭を軽く押さえ「むぅ……」と唸る。

 それから赤月に向かってこう質問した。


「守山さん……。このアイメイボックスの話って、まだ長いですか?」

「んっ? ……ま、まあ、小僧が望むのなら、いくらでも続けられるが。何しろあの小箱には長い歴史があるからなあ」


 赤月のそんな答えを聞いて、僕は小声でキーナを呼んだ。


「キーナ……」


 キーナは僕と同じように小声で返事をした。


「冬市郎くん、なんスか?」


 僕たち二人は、小声でひそひそと会話する。


「僕に代わって、守山さんの話し相手になってもらってもいいか? 僕、ちょっとだけ考えごとに集中したいんだ」

「もちろんッスよ」


 話が終わると僕は、自分の立っていた場所をキーナに譲った。

 黒髪の少女はポニーテールを弾ませながら、僕が立っていた場所に移動すると、正面に立つ赤月に向かってこう宣言する。


「さあ、守山さん。話の続きは、この栄町樹衣菜がお聞きするッスよっ!」


 そうして赤月とキーナが会話をしはじめると、僕はそこに加わることはせずに、二人から少し離れる。

 すっかり出番を終えた役者の如く気配を殺し、僕は一人静かに自身の考えをまとめることに集中しはじめたのだ。


 それからしばらくすると――。


「――そういうわけで、お嬢ちゃん。オレ様は様々な異能を駆使して、女子校の地下で『愛名学園グループの守護者』をやっているってわけなんだ」

「こんな地面の下で、人知れず学園を守るって大変なことッスね」


 キーナと赤月が口にする話題はアイメイボックスから、この愛名学園における守山赤月の役割の説明へと移っていた。

 すでに、おおよそ考えがまとまっていた僕は、二人の会話に耳を傾ける。


「そうだ。学園の守護者ってのは、ものすごく大変なんだよ。この地下室の上にある愛名女子高等部だけでなく女子中等部や、お嬢ちゃんや小僧が通っている愛名高校も同時に守っているわけだからな。オレ様が一人で、三つの学校の守護者を兼ねているんだ」

「三校が密集しているとはいえ、愛名学園グループの敷地ってすごく広いッスよ。それなのに、守護者は守山さん一人だけなんスか?」


 キーナがそう尋ねると、赤い髪の男は小さくうなずく。


「ああ、守護者はオレ様一人だけだな。まあ、自由に操ることが出来る式神しきがみを数多く従えているおかげで、オレ様一人だけでもなんとかなっているんだよ」

「式神……ッスか?」


 ポニーテールを揺らしながらキーナは首を小さくかしげた。

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