079 本当に……チョロイなぁ……

「……ま、待たせたな。恥ずかしいところを見せちまった……」


 そう言って守山赤月は、頬を薄っすら紅潮させると、後頭部をポリポリと掻いた。

 僕もキーナも特に何も声を発しない。


 両目を眼帯でふさいだことで再び動けるようになった男は、「コホン」と一度咳払いをすると、「むぅー……」と低い声でうなった。

 動揺した自分自身を、そうやって落ち着かせている様子だ。


 やがて心の整理がついたのだろうか。赤髪の男は何事もなかったかのように真面目な声でキーナに向かってこう言った。


「――さて、話を戻そうか。その小僧が『恋人がほしい』と願っていることは確認がとれた。だからオレ様の力で、願いが叶わないようにすることも可能だ。オレ様の力を使うかい、お嬢ちゃん?」


 ポニーテールが静かに揺れる。そしてキーナが返事を口にしようとした、まさにそのとき――。

 僕は彼女のすぐ正面に立った。キーナと赤髪の男の間に、壁の如く立ちはだかったのである。

 キーナの口から赤月に向かって発せられるであろう言葉を、押しとどめたかったのだ。

 

「んっ? 冬市郎くん?」


 突然の僕の行動にキーナは戸惑い、赤月に返事をすることをやめた。

 一方で僕は、じっと彼女を見つめながら同時に、頭をフル回転させる。

 僕には急いでしなければならないことが、ふたつあったからだ。


 ひとつは、『キーナが守山赤月に頼んだ内容を取り下げてもらうこと』である。

 彼女のその頼みでは、取り返しのつかない失敗をすることになる――。

 足の裏からそう忠告されているし、僕自身もそう考えていた。


 そしてもうひとつは――。

 足の裏たちから言われたように、『守山赤月の異能を利用して、僕とキーナの二人が楽しく高校生活を送れるようになる方法を考えること』だった。

 僕には今現在、ぼんやりとではあるが何かその方法を思いつきそうな気配があった。

 ――いや、こうすればいいのではないかという心当たりすら、すでにあったのだ。


 窃盗事件の犯人と誤解されてからおおよそ一年間。

 僕はずっと考えていた。

 校内で犯人扱いされている僕とキーナ。その高校生活に、いったいどんなことが起これば、犯人扱いされているこの現状が打開されることになるのかを――。


 だから、心当たりがあるその方法は、この場で簡単に思いついたわけでもない。

 一年間ずっと、自分とキーナの高校生活に関して考え続けていたからこそ、この場ですぐに僕の心の中に浮かんできた方法だったのだ。


 そして……。僕のその方法は――やや不安要素はあるのだけれど――守山赤月の異能の力を使えば、おそらく実現可能と思われるものだった。

 ただ、その方法をいざ実行に移してみて、


『今よりも楽しい高校生活』


 が、本当に僕たち二人に訪れるのかどうか――。

 その確信がまだ持てなかった。


 そんなわけで、もう少しだけ考える時間がほしいと思っていた。

 僕は、心の中でつぶやく。


『――とにかくまずは、キーナの頼みを取り下げるんだ』


 干上がりはじめた喉に「ごくり」と唾を送り込む。

 それから僕は緊張しながら、目の前にいるキーナの両肩にそっと手を置いた。


「と、冬市郎くんっ!?」

「キーナ……」


 真正面から見つめ合うと、彼女の頬が染まっていくのがわかった。

 おそらく僕の頬も、キーナと同じように赤く染まっていることだろう。


「な、なあ、キーナ……。守山さんの異能の力を使うなら、僕に別の使い道を提案させてくれないか?」

「そ、それは……だ、ダメっすよ、冬市郎くん……」

「どうしてもか?」

「はいッス。守山さんの力を使わせてもらうのは、この自分ッス。こればっかりは冬市郎くんの頼みといえど、譲れないッスね」


 そう言われても、引き下がることなどできない。

 僕は、ぐぐぐっとキーナに顔を近づける。

 互いの吐息を感じ合えるほどの距離で、僕はそれまでよりもさらに真剣なまなざしで彼女を見つめた。

 ポニーテールの少女は頬をさらに上気させる。


「ちょっ……冬市郎くん。そんな素敵な瞳で真っ直ぐ見つめてきても、ダメなものはダメっすよぉ……。じ、自分は、この首を縦に振らないッスからね」


 そう言いながらキーナは、頬だけでなく耳の先までも真っ赤にすると、首を小さく横に振った。


「キーナ。ここ最近の僕が、唯一無二の親友であるキーナのことを不安にさせていたのなら、それは素直に謝る。今後、灰音やみどり子との接し方は、ちゃんと考えるよ」

「うぅ……。冬市郎くん……」

「キーナが悲しむ限り、僕は恋人をつくらない。それは約束する」

「……ほ、本当ッスか?」

「ああ――」


 僕は両目を細めて微笑んだ。


「僕とキーナの二人だけで、このクソみたいな高校生活を生き抜いてやるって、一年前に約束したんだもんな」


 僕がそう言うと、キーナは顔を赤らめたまま、薄桃色の可愛らしいくちびるをとがらせた。

 そして、まくしたてるような早口で僕に不満をぶつけてきたのだ。


「そうッスよ! それなのに冬市郎くんは、この唯一無二の親友に寂しい思いをさせて、最近知り合ったばかりの女の子たちとイチャイチャ、イチャイチャ! そんな調子でいたら、この栄町樹衣菜だって、いつか冬市郎くんの元から離れていっちゃうッスよ! まあ、絶対に離れることはないッスけどねっ! とにかくこんな親友思いの親友なんて、冬市郎くんの人生にもしかしたら二度と現れないかもしれないんスからっ! だからもし、大切に思ってくれているんだったら、この栄町樹衣菜のことを、もっともっとしっかりとつかまえておくことッスよっ! じゃないとこの先――」


 話の途中で、僕はキーナを抱きしめた。


「ふ……ふぇぇ……!?」


 突然の出来事に彼女は、背筋を伸ばして硬直する。

 僕の方は、緊張と恥ずかしさで顔を燃え上がらせたまま両目をぎゅっと閉じると、キーナの身体にまわしていた両腕にぐっと力を加えた。


「キーナ、本当にごめんな。僕が悪かったよ……」

「と、冬市郎くん……」

「言われた通り、大切な親友をこうしてしっかりとつかまえておく」


 それから僕はそっと両目を開く。

 キーナは僕に抱きしめられたまま、小さくうなずいた。


「…………も、もう。本当ッスよ……冬市郎くん」


 そう口にするとキーナは、そっと両目を閉じ、両手で僕の身体を優しく抱き返してくる。


「約束ッスよ」

「うん。キーナが悲しむ限り、僕は恋人をつくらない」

「そうッスよ。今度、親友を不安な気持ちにさせたら許さないスからね! これっきりにしてくださいッスよ!」

「うん……。わかったよ、キーナ。だからさ……守山さんの力は僕に使わせてくれ」


 うんうん、とキーナはうなずく。


「……もうー。唯一無二の親友からこんなにもあつく優しい『友情のハグ』をされたんじゃ、仕方ないッスよね……。守山さんの力は冬市郎くんに譲るッスよ。どうぞどうぞ、ふふっ」

「ありがとう、キーナ」


 それから僕たちは、しばらく抱き合ったまま、仲睦なかむつまじく見つめ合った。


 やがて、待ちくたびれたのか守山赤月が「ゴホンッ!」と、地下室に響き渡るほどの大きな咳払いをする。

 僕とキーナは我に返ると、どちらからともなく相手の身体にまわしていた両腕をはなした。


 両目に眼帯をした赤月が、鼻の頭を小指で掻きながらキーナに尋ねる。


「それで、お嬢ちゃん、どうするよ?」

「守山さん、いろいろと申し訳なかったッス。唯一の友人である冬市郎くんからの頼みとあらば、自分の方が身を引くッスよ」


 キーナは満足気な表情を浮かべながら、赤月に向かってそう言った。


「お嬢ちゃんは、それでいいのか?」

「はいッス。守山さんの異能の力は、冬市郎くんに譲るッス」


 赤髪の男は苦笑いを浮かべる。


「お、お嬢ちゃん……。あんた、チョロイというか……身を引くときは本当にあっさりしているんだな……。この小僧に甘すぎるんじゃないか?」

「えへへ……基本、自分は冬市郎くんにだけは甘いんスよ」

「さっきは、一生に一度のワガママとか言っていたと思うが? それでも譲るのか?」


 キーナは、デレデレとした笑顔を浮かべながら質問に答える。


「いやー、こんなにもカッコいい冬市郎くんから、あんなにも素敵な瞳でじっと見つめられたうえに、強く抱きしめられたら、この栄町樹衣菜が『ノー』といえるわけないんスよね、えへへっ」


 赤月は、ぼそっと感想を述べる。


「なんか本当に……チョロイなぁ……」

「唯一無二の親友からの頼みッスからね」


 そう言ってキーナはこくりとうなずくと、話を続けた。


「そもそも今回、『誰かの願いが叶わなくなる力』は、最初から冬市郎くんに使ってもらう予定だったんスよ」

「そうなのか?」

「はいッス。まあ、硬派な冬市郎くんが最近急に女の子にだらしなくなったので、イライラして土壇場で、自分が使ってしまおうかとも考えたんスけど……」


 キーナは眉間に小さなシワを寄せてそう言うが、すぐに両目を細め、再び笑顔で口を開く。


「――でも、先ほど冬市郎くんがちゃんと反省して約束もしてくれましたので! だから守山さんの力は、最初の予定通り冬市郎くんに譲るッス!」

「……わかったよ、お嬢ちゃん」


 そう言うと守山赤月は、これ以上何を言っても無駄だろうなといった様子で、首筋をポリポリと掻いた。

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