078 足の裏たちのアドバイス

「まっ、待ってくださいっ!」


 そう言って僕は、二人の話に割り込んだ。

 そして、親友である黒髪の少女の肩に、そっと手を置いて言う。


「き、キーナ……。ちょ、ちょっと冷静になろうか」


 しかし彼女は、首を小さく横に振った。


「ごめんなさい、冬市郎くん……本当にごめんなさいッス……。でも、こうでもしないと、冬市郎くんに恋人が出来てしまうッスよ。今回だけは、自分のワガママを許してほしいッス」


 僕の顔をまっすぐに見つめる栗色の瞳。それは、キーナの覚悟の強さを言葉よりも雄弁に物語っているようだった。

 彼女の意志の固さに僕は戸惑う。

 すると、守山赤月がキーナに向かって言った。


「まあ待て、お嬢ちゃん。とりあえずこの小僧が本当に『恋人がほしい』と願っているのかどうか。まずは、それを確かめようじゃないか」

「へっ?」


 と声を漏らしてキーナが小首をかしげると、赤月が話を続ける。


「オレ様には、『人の願いを叶えさせなくする力』がある。だが、そもそもこの小僧が、『恋人がほしい』と願っていなかったら、力を使う意味がないんだぜ? だから、まずそれを確かめるんだよ」


 そう言われてキーナは、赤髪の男に尋ねる。


「確かめるって……。もしかして、無理やり自白させるんスか? 『おい、小僧。唯一無二のこんなにも可愛らしい大親友がいるにもかかわらず、お前は恋人がほしいのか? どうなんだよ? 正直にゲロっちまえよ、あぁん?』ってな感じで、守山さんが冬市郎くんの胸ぐらを乱暴につかんだりするんスかっ?」


 そしてキーナは、両目に眼帯をしている男を見上げながら語気を強めてこう言った。


「――冬市郎くんに手荒なことをするのは、この自分が許さないッスよっ!!」


 言われた赤月は、少し困惑した様子で話す。


「……い、いや。……そ、そんな手荒なことをする必要はないぜ、お、お嬢ちゃん」

「そうなんスか?」

「あ、ああ……。まあ、本当に恋人がほしいと願っているかどうか。それを確認するためにオレ様は、パッと思いつくだけでも58通りの方法を持っているんだ」

「ご、58通り……スか」

「そうだ。だが今日は、その中でも一番手っ取り早い方法でいこう。オレ様のこの『右目の力』を使うんだよ。これで、すぐにわかるからな」


 そう口にすると赤月は、右目の眼帯を外した。夕焼け空の様な赤く美しい瞳が、そこに姿を現す。

 赤髪の男はその右目の赤い瞳で、僕の顔をじっと見つめはじめた。


 誰も声を出さない。

 地下室に一分間ほど沈黙が続いただろうか――。


「オッケーだ。もう、色々とわかったぜ」


 そう言って赤月は僕の肩をポンポンと叩きながら、さらに話を続けた。


「いやー、この小僧もなんだかんだで、高校生活に恋人が欲しいと願っているようだな。どうやら恋人にしたい、お目当ての相手もいるみたいだしよぉ」


 赤月の言葉に僕は動揺する。「うっ……」と声を漏らして一歩後ずさりしたのだ。

 そんな僕の隣では、キーナの眉間に「ムムムッ」と小さなシワが刻まれた。


「むっ! 冬市郎くん、やっぱり、好きな子がいるんスねっ!」


 キーナはそう口にすると、僕ではなく赤月の胸ぐらをつかんで言う。


「冬市郎くんの好きな子って、瀬戸灰音か委員長さんスか!? あるいは喫茶店の従業員さんの可能性もあるッスよね!? 守山さん、教えるッスよ! 冬市郎くんと自分のこの厚い友情の邪魔をするそんな恋、今すぐ終わらせてやるッスから!」


 しかし赤月は、少女からそのようにすごまれても無言のまま動かない。

 ――いや、キーナと目が合った瞬間から、赤い髪の男は『動けない』といった様子だった。

 キーナは胸ぐらをつかんだまま、赤月を見上げて呼びかける。


「んっ? 守山さん? 守山赤月さん?」


 しかし返事はない。

 キーナは、まじまじと赤月の顔をのぞき込んだ。


「な、なんだか守山さんの様子がおかしいッスよ……? どうして何も言わなくなったんスか?」


 すると、それまで僕たち三人のやりとりを、ずっと大人しく見守っていた紺色の髪の美少年が、口を開き説明をはじめた。


「そのですね……。赤月様は、学生の頃から女子と目が合った途端、緊張してまったくしゃべれなくなるのです」


 キーナは「えっ……」と声を漏らし、赤月をつかんでいた手をはなす。それから彼女は、赤髪の男にあらためて視線を向けた。

 赤月はピクリとも動かずに、額に汗をにじませている。

 紺色の髪の美少年は説明を続けた。


「――それで、この地下に封印されて人と会わなくなった今では、その傾向はますます悪化しておりまして……。このように、しゃべれなくなるどころか、石にでもされてしまったかのように動けなくなるんです。ですから赤月様は、女子と会うときは眼帯をふたつ使って両目を隠しているんですよ」


 美少年がそう言い終わったそのときだった。

 それまで、冬眠でもしていたかのようにまったく声を出さなかった僕の足の裏たちが、突如としてしゃべり出す。


「フウ……。ヨウヤク、声ガ出セルゼ」と右足が言った。

「今ナラ、隠レテイナクテモ、大丈夫ソウダカラナ」と左足が続ける。


 足の裏たちがしゃべりはじめても、僕は何も反応しない。キーナたちがそばにいるため、足たちと会話することは出来ないのだ。

 両足もそれは承知の上で、僕に一方的に話しかけてくる。


「冬市郎ヨ。アノ眼帯ノ男ハ、強大ナちからヲ持ッテイル」と右足が言った。

「ナントナク関ワリタクナインダ。ダカラ、アノ男ガ再ビ動キ出シタラ、マタ隠レルカラナ」と左足が続ける。


 どうやら足の裏たちは、守山赤月を警戒しているようだった。自分たちの存在を守山赤月にさとられたくないような口ぶりである。


 足の裏たちが警戒するほどの相手――そんな人物に会ったことなど、僕にとっては、はじめての経験だった。

 だから僕は、足の裏たちの声をいつものようにサラリと流すことはせずに、意識してちゃんと聞こうと考える。


「冬市郎、アノ男ノ異能ヲ、利用スル気デイルノナラ、シッカリト頭ヲ使エヨ」と右足が言った。

「今ノママデハ、取リ返シノツカナイ失敗ヲ、スルコトニナルゾ」と左足が続ける。

「キーナトノ未来ヲ、真面目ニ考エロ」と右足が言う。

「二人ガ楽シク高校生活ヲ送レル方法ヲ、知恵ヲ振リ絞ッテ考エロ」と左足が続けた。


 あの足の裏たちが、やけに真面目なアドバイスを送ってきている。

 そのことに僕は正直驚く。


 実は僕は、守山赤月の異能の力をこの直前になっても、心のどこかで疑っていた。

 瀬戸灰音からその力を聞いてはいたものの、本当にそんな『人の願いを叶えさせなくする異能』など存在するのか、半信半疑だった。

 しかし、足の裏たちのこの反応で、赤髪の男が本当に『願いを叶えさせない異能の持ち主』なのだ、と信じはじめたのである。


「キーナニハ、幸セニナッテモライタイゼ……。アノ娘ノコトハ、気ニ入ッテイルンダ」と右足が言った。

「冬市郎モ、キーナモ、コレマデ高校生活デ、嫌ナ思イヲ、タクサンシテキタンダロ?」と左足が続ける。

「ダカラ、『冬市郎ト、二人キリノ楽シイ高校生活』ダケハ守ロウト、キーナハ、アノ男ニ、アンナコトヲ頼ンダンダ」と右足が言う。

「ソノ気持チハ、足ノ裏デモ理解デキルゼ……」と左足がつぶやく。


 僕は黙ったまま、足の裏たちのアドバイスに耳を傾ける。

 足たちは僕へさらに声を送った。


「ダガ、冬市郎ヨ――。二人ガ、モット楽シク高校生活ヲ送レル方法ガ、他ニアルト思ウゾ」と右足が言った。

「ソウダゼ、右足ノ言ウ通リダ。冬市郎、頭ヲ使ッテヨク考エルンダ」と左足が続ける。


 頭を使ってよく考えろ――僕が足の裏たちのそんな話に心を動かされている間に、紺色の髪の美少年が、守山赤月の正面に立つ。

 そして美少年は、石にでもされたかのように動けなくなっていた赤月の顔に手を伸ばすと、眼帯を元の位置に戻して右目をふさいだ。


「こんなふうに、赤月様が動けなくなったときは拙者せっしゃの出番なんですよ。こうして拙者が、赤月様の眼帯を元の位置に戻して差し上げるのです」


 そう言って紺色の髪の美少年が眼帯を戻すと、足の裏たちは再び気配を殺し、声を出さなくなった。

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