064 大曽根みどり子との再会
やがてキーナは、僕が発した『キーナさえいれば、他に友達なんていらない』という言葉に満足したのか、満面の笑みを浮かべながら言う。
「では、冬市郎くん。そろそろ自分は、唯一の親友のためにアイメイボックスの捜索に向かうッス」
「ああ、すまん」
「確か、残り六つなんスよね?」
「うん。よろしく頼むよ」
灰音の説明によると、アイメイボックスは異能を持つ者にしか見つけることができない。ただ、僕はそのことをキーナには伝えていなかった。
また、「キーナは異能を持っているの?」などと彼女に確認するようなこともしていない。
僕はキーナに、「とにかく残り六つの箱を見つけてほしい」と頼んだだけであった。
黒髪のポニーテールを弾ませながらキーナが、進路指導室から出て行く。
彼女と別れた僕は、文化祭実行委員長である大曽根みどり子が待つ『文化祭特別対策室』へと、一人で向かうのだった。
* * *
いくらか肩身の狭い思いをしながら、僕は女子校の廊下を一人で歩いた。
移動中、何人かの女子中学生たちとすれ違い、好奇の視線に
『文化祭特別対策室』
そんなプレートが掲げられた部屋の前に立つと、僕はOFGをはめた右手で扉をノックした。
コンコンっと乾いた音が廊下に響く。
やがて、ほんのわずかに開く扉。
扉の隙間から少女が、顔だけをひょっこりと出す。
この中学校の『文化祭実行委員長』を務める大曽根みどり子との再会である。
印象的な縮れ毛の緑髪。
相変わらず寝不足なのか、充血した両目。
「うぅ……冬市郎センパイ……。お、お、お待ちしておりました」
そう口にすると少女は、オレンジ色の瞳を小刻みに揺らしながらこちらを見つめてきた。
なにやら照れているのか、彼女の両頬が薄っすらと赤く染まっている。
「んっ? どうしたんだ、みどり子。扉の隙間から顔だけ出して……」
みどり子の様子に違和感を覚え、僕はそう尋ねた。
だが少女は、扉の隙間から依然として顔だけを出し、首から下を扉の陰に隠したまま話を続ける。
「そ、そのぉ……。実はボク、今日はいつもと違う格好をしているんですよ……」
「はあ? いつもと違う格好って、どういうこと?」
「えっと……そのぉ……。今、ボクは中等部の制服を着ていないんです」
僕は、両目をカッと見開いた。
「なっ……!? 制服を着ていない!?」
「は、はい」
「じゃ……じゃあ、下着姿!? それとも、は、裸なの!?」
みどり子は、慌てた様子で首を横に振った。
「いえいえいえいえ! ま、まさかそんなわけないでしょ、センパイ」
「そ、そうだよな……」
「はい。ボク、ちゃんと服は着ていますよ。ただ……」
「ただ?」
みどり子は、ゴワゴワの縮れ毛を静かに揺らしながら小さくうなずく。
相変わらず首から下を扉で隠したまま彼女は、僕を部屋の中に入れることなく話を続ける。
「服は着ています。ですが、実は少し恥ずかしい格好をしていまして……」
「恥ずかしい格好をしている?」
「は、はい……。だから、この格好をこれからセンパイに見られるかと思うと、緊張してしまうんです……」
そう言われて僕は、一度ごくりと唾を飲み込んでから尋ねる。
「……みどり子、そんなにも緊張するような恥ずかしい格好でいるのか?」
「ええ……」
「だから、そうやって扉の陰に身体を隠していると――」
「まあ……」
僕は廊下に立ったまま胸の前で両腕を組んで唸った。
「うーん……。見られて緊張する格好かぁ……」
「はい」
「それってどんな格好だろう? お尻丸出しの全身タイツとか?」
「は、はあ!? ぼ、ボクは変態ですか!? 女子校の一室で、センパイが来るのをお尻丸出しでじっと待っているわけがないでしょ?」
「ですよね……」
小声で僕がそう言うと、みどり子は不服そうにくちびるをとがらせる。
「あの……一応、ボク、女子中学生ですよ? センパイ、あんまり適当な発言をしないでください」
僕はさすがに申し訳ない気持ちになり、ぺこりと頭を下げた。
「すまん……。いくらなんでもそんな変な格好はしないか」
「ええ、しませんよ。お尻丸出しの全身タイツを着て、こうして扉の陰からチラチラとセンパイの姿を眺めて、そんなボクはいったい何なんです?」
「……何なんだろうな?」
「とにかく、お尻丸出しの全身タイツは着ていないです。そんなボクは存在しません」
「うん。じゃあ、何を着ているんだよ?」
問われてみどり子は、「コホン」と咳払いをしてから言った。
「冬市郎センパイ。今、ボクが着ているのは『サイキックソルジャーの戦闘服』ですっ!」
「サイキックソルジャーの戦闘服……?」
そう声を出しながら僕は、前回、みどり子と会ったときのことを思い出した。
そのとき、目の前の少女から言われたのだ。
どこかここではない世界で僕が、1stサイキックソルジャー『シグーレ・グリーン』であったということを――。
そして、みどり子もまたサイキックソルジャーであり、『シグーレ・グリーン』に好意を寄せていたという話も聞いている。
もちろん、サイキックソルジャーだった記憶など僕にはない。
サイキックソルジャーに関するみどり子の話も、僕はまったく信じてはいなかった。
だが、緑髪の少女に、そんなことは関係ないようだ。
みどり子は顔だけを扉の隙間から出したまま話を続ける。
「はい。ボクは今、サイキックソルジャーの戦闘服を着ています。センパイとは、サイキックソルジャー時代にこの格好で何度も会っていますから、本当は今更、恥ずかしがることもないのですが……」
「そうなんだ」
みどり子は小さくうなずく。
「ええ。しかし、こちらの世界では、まだ誰にも一度も見せたことのない姿でして……。だから、この格好をこちらの世界で人に見せるのは、センパイがはじめてなんです」
「僕がはじめて……」
「はい。それで、緊張して足の震えが止まらなくて……」
「そうか……。でも、そこまで恥ずかしいのなら、どうしてそんな格好をしたんだ?」
僕がそう尋ねると、みどり子は一度だけチラリとこちらの目を見つめてから答える。
「それは、まあ……。ボクのこの戦闘服を目にすることで、冬市郎センパイが1stサイキックソルジャー時代の記憶を取り戻してくれることを期待しているからです」
「僕が記憶を?」
「はい。この戦闘服が刺激となり、記憶を取り戻すきっかけとなればいいのですが……」
「ど、どうだろうな……」
そう言って僕が苦笑いを浮かべると、小柄な女子中学生はモジモジしながら話を続ける。
「せ、センパイ。あのぉ……目を閉じてもらえますか?」
「えっ?」
「今からこの扉を開けますので、センパイはどうか両目を閉じて、そのまま部屋の中にお入りください」
「目を閉じなきゃダメなの?」
「はい。ボクにも、心の準備が必要なので……。だから、ボクがいいと言うまで絶対に目を開けてはいけませんよ」
仕方なく僕は、両目を閉じた。
このままいつまでも廊下に立って、扉の隙間から顔を出しているみどり子と会話を続けるわけにもいかない。
それで、彼女の指示通り動くことにしたのである。
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