065 サイキックソルジャーの戦闘服

「じゃあ、どうぞセンパイ。そのまま前にお進みください」


 みどり子にうながされ、僕は目を閉じたまま慎重に足を運び、部屋の中に入った。

 背後で扉の閉まる音がする。


「ま、まだ、目を開けちゃダメですよ、センパイ」


 そんな声に続いて、室内を歩くみどり子の足音が僕の耳に届いた。

 やがて――。

 彼女はずいぶんと念入りな深呼吸を、ゆっくりと一度だけ済ませてから言った。


「じゃ、じゃあ……いいですよ、センパイ。目を開けてください」


 みどり子にそう言われて、ゆっくりと目を開く。

 そしてすぐに、「なっ……!?」と声を漏らした。


 僕の目に飛び込んで来たもの――。

 それは、深緑色ふかみどりいろのスクール水着のような衣装に黒いマントを羽織はおった、みどり子の姿だった。

 小柄な少女はやはり恥ずかしいのか、顔も耳も真っ赤にしている。

 両膝をかすかに震わせ、その小さな右手で心臓のあたりをキュッと押さえて、緊張している様子なのだ。


 パッと見で僕が彼女に抱いた印象は、小学生の少女が水泳の授業中に大きなタオルをマント代わりにしている――そんなものだった。


「えっと……みどり子……。そんな水着姿にマントで、この後、空でも飛んでどこかに泳ぎに行くの?」

「なっ……なにを言っているんですか、違いますよ」

「だよね」


 僕が苦笑いを浮かべると、みどり子は赤面したまま話を続ける。


「い、いいですか、センパイ。これがサイキックソルジャーの戦闘服なんです!」

「やっぱり……。そのスクール水着にマントみたいな衣装が、サイキックソルジャーの戦闘服なのか……」


 ずっと沈黙していた足の裏たちが、ざわつきはじめた。


「『スクール水着』ト『マント』ガ、戦闘服ナンダッテヨ! HAHAHAッ!」と右足が言った。

「HAHAHAッ! 『オ尻丸出シノ全身タイツ』ヨリハ、マシダケドナ!」と左足が続ける。


 机と椅子くらいしかない小さな部屋に、足の裏たちの笑い声が響く。

 そんなものを耳にしながら僕は、改めてみどり子の衣装に視線を向けた。

 少女の震える両肩が、背中の黒いマントを揺らしている。


 マントといえば、つい先ほどインタビューを済ませた四人組ガールズバンド『スクールカーテン』のピエロが、視聴覚室のカーテンをマント代わりに羽織っていた。

 しかしそれとは違い、みどり子のマントはカーテンや代用品ではなく、本物のマントのようだ。


「と、冬市郎センパイ。今、全身をお見せしますから、ちょっとその場で見ていてくださいね」


 そう口にするとみどり子は、相変わらず赤面したまま、その場でぎこちなくターンした。

 くるりと、僕に背中を向ける少女。

 ショートカットの緑髪と黒いマントがふわりと舞い上がる。


 はためいたマントの下からチラリと顔をのぞかせる小さなお尻。

 水着のような衣装に包まれた可愛らしいそれは、先日、床に押し倒されたときに僕の上に何度か乗った、もはや馴染なじみの小尻である。


 ターンを終えた少女は再び正面を向くと僕に言った。


「ど、どうですか、センパイ……」

「えっ?」

「ぼ、ボクのこの格好を目にして、昔のことを何か思い出せませんか?」

「うーん……」

「な、何でもいいんですよ?」


 そう尋ねてくるみどり子なのだが、なんだか僕と視線を合わせることが出来ないでいるみたいだった。

 やはり、男の目の前で水着のような格好でいることが恥ずかしいといった様子なのである。


 みどり子がそこまで恥ずかしい格好をしているのに、申し訳ないのだが僕は何も思い出せなかった。

 後頭部をポリポリと掻きながら彼女に言う。


「みどり子、すまん……。サイキックソルジャーに関して、思い出すようなことは何もない」

「そうですか……」

「恥ずかしい思いをさせたのに、本当にごめんな」

「いえ、センパイは何も悪くないですよ。ボクが勝手にやっていることなんで、謝ることなんてないです」


 そう口にするとみどり子は、ぎこちなく微笑んだ。

 緑髪の少女はどうやら、平気なそぶりを僕に見せようと努力しているようである。


 けれど少女がガッカリしていることは、明らかだった。

 勇気を奮い立たせて恥ずかしい姿を晒したというのに、成果を上げられなかったのだから、ショックを受けるのも無理はないだろう。


「えへへ……。えへへ……」


 二人きりの部屋に響く、女子中学生の覇気のない笑い声。


 やがてみどり子は、自身の小柄な身体をマントでくるりと覆い隠し、かすかに震えながらうつむく。

 じっとしながら、使い果たした勇気をその小さな身体にチャージし直しているかのような姿だった。


 みどり子のそんな様子が、僕はなんだか少しいじらしく思えてきた。

 首に巻いたチョーカーを右手でいじりながら、僕は彼女に言う。


「し、しかし……みどり子。サイキックソルジャーの戦闘服って……そのぉ……戦闘服にしては、防御力がすごく低そうに思えるんだけど……」


 僕の記憶を取り戻そうと、サイキックソルジャーの戦闘服を身につけてくれたみどり子――。

 しかし上手くいかず、ずいぶんと落ち込んでいる。

 だから僕は、そんな少女に気をつかった。

 せめてもう少しだけ、『サイキックソルジャーの服装』を話題にしてみよう、と考えたのである。


 マントに身を包み、うつむいていたみどり子だったが、僕から話しかけられて再び顔を上げた。

 そして、「えっ……?」と、小さな声を漏らしながらこちらを見つめる。

 彼女の両目には、うっすらとだが涙が浮かんでいた。


 僕はみどり子に向かって、出来るだけ優しい表情を浮かべながら話を続ける。


「いや、素朴な疑問なんだけどね。その戦闘服で、いったいどんな攻撃から身を守れるのかなあって思ってさあ」


 みどり子は身体を覆い隠していた黒いマントを、勢いよくバサッと広げた。

 まるで、小学生の少女がヒーローごっこでもしているかのような行動。

 その結果。

 スクール水着――のようなものを身につけた少女の幼い身体が、再び僕の前に姿を現す。


 僕は、「おっ……おうっ……」と思わず声を漏らした。

 一方でみどり子は、顔を真っ赤にしながらこう言う。


「せ、センパイ! もう一度、ぼ、ボクのこの姿をよく見てください。そして、とりあえず思ったことを、何でもいいので口に出してみてください! さあ!」


 深緑色ふかみどりいろのスクール水着のような衣装を身につけたみどり子が、マントを両手でさらに大きく広げた。


 もし今、この場に第三者が現れたら――。

 きっとみどり子は、自身の水着姿をぐいぐいと男に見せつける痴女的な性質の少女と思われるかもしれない。

 トレンチコートを広げて全裸なんかを見せつける、変質者のお手本のような存在と同類と見なされる可能性があるだろう。

 けれど幸いなことに、この文化祭特別対策室に誰かがやってくる気配はなかった。


 みどり子の正面に立つ僕は、視線を少女の顔から下へと徐々に移動させる。

 凹凸おうとつの少ない胸を経由し、小さく震えている両膝を通り過ぎ、やがて足先までゆっくり眺め終えると、僕は再び視線を上げた。


「せ、センパイ……ど、ど、どうですか……?」


 二人きりの室内に、みどり子の不安そうな声が響いた。


「えっ……そうだなぁ。そうやってマントを広げると、やっぱり露出度が高いな」

「ほ、他には?」

「あと、プールに行きたくなるかな。スクール水着みたいだから」


 みどり子は「はあ……」とため息をつくと、広げたマントから手をはなした。

 そして、首を小さく横に振ってから言う。


「それだけ……ですか……」

「うーん……。とりあえず、それだけかなあ……」


 そう答えながら僕は、胸の前で腕組みをした。


「そうですか……。センパイは、サイキックソルジャーに関して本当に何もかもお忘れなんですね……」

「すまん……と一応、謝っておこうか」


 それから少女は、「こほん」と一度咳払いをすると話を続ける。


「とにかく、何もかも忘れてしまったセンパイのために、これからボクがサイキックソルジャーの戦闘服について説明しますよ」

「お願いします」


 僕は、みどり子に向かって頭を下げた。

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