063 本当に偉いッスよ、冬市郎くん!

 インタビューを終えた『スクールカーテン』のメンバーたちが、進路指導室から出ていく。

 悪党ヒールを演じていた少女たちは、立ち去るときもやはり自分たちの役割をやめない。


 ボーカルは小銭を手の中で遊ばせながら歩き、ギターは金属製の定規を舐め続けた。

 ドラムは微笑みながら握りしめた鎖をぐいぐいと引っ張り、ベースのピエロはマントを揺らしながら「ピエー、ピエー」と特徴的な鳴き声を上げる。


 四人の女子中学生たちを笑顔で見送ると、僕とキーナは二人きりとなった。

 先ほどまでのにぎわいが嘘のように静かな室内。

 移動式の小劇団がいなくなった進路指導室で、僕たち二人は「お疲れ様」と互いのことをねぎらいながら顔を見合わせる。


 キーナが前髪をそっとかき上げながら言った。


「冬市郎くん……」

「んっ?」

「ボーカルの女の子が、財布を盗むって言い出したときなんスけど……」


 そこまで聞いて僕は、目の前にいるポニーテールの相棒が、何を口にしようとしているのかすぐに察しがついた。


「ああ、やっぱりキーナもか。あれは……まあ、少しドキっとしたよな」

「はいッス……」

「どうしても、一年前に教室で起きたあの窃盗事件のことを思い出しちゃうからさ」


 そう言って僕は顏を曇らせると話を続ける。


「インタビュー中だったから、僕も素直にボーカルの子の話に乗っかっていたよ。けれど心の中じゃ……おいおい、よりにもよって財布泥棒かよって、泣き出しそうだったな……」


 キーナは両目を細めると、暗い表情の僕とは対照的にニコリと微笑んだ。

 二人の間の空気が重苦しい方向に流れていきそうなのを完全に拒絶するかのように、キーナは明るい調子で話を続ける。


「それでも冬市郎くんは、ちゃんと相手のシナリオに沿って財布を盗まれてあげたッスよね! 偉い! 本当に偉いッスよ、冬市郎くん!」

「そ、そう?」


 キーナは黒髪を元気よく弾ませながら、こくりとうなずく。


「はいッス! そのことをどうしてもめたくて、えて自分はこんな話題を振ったんスよ」

「おっ、おう……」

「トラウマと闘いつつもあんな対応が出来る……冬市郎くんという人のうつわの大きさが、あのときの自分にはビシビシ伝わってきたッス!」

「う、器の大きさって……さすがにそれはちょっと大袈裟おおげさじゃない?」


 ポニーテールを左右に踊らせながらキーナは首を横に振る。


「大袈裟じゃないッスよ! 冬市郎くんのあの対応は、自分的にはとても素敵に思えたッス」

「す、素敵……」

「はいッス。あのときの冬市郎くんの素敵さが本当に理解できるのは、世界でもこの栄町樹衣菜だけッスね。あの冤罪事件でいっしょに犯罪者扱いされたこの自分だけッスよ!」

「お、おう……」

「ちなみにこの写真が、冬市郎くんが財布を盗まれたときの決定的瞬間ッス!」


 キーナはデジタルカメラのモニターに、財布を盗まれた瞬間の画像を表示させた。


「おお。僕、財布をガッツリ盗まれているなあ」

「はいッス。見事な盗まれっぷりッスよ。インタビュー中に、こんなにもさりげなく財布を盗まれてあげるインタビュアーなんて、冬市郎くんの他には誰もいないんじゃないスかね? さすが、冬市郎くんッス!」


 そうやってキーナは、僕のことをベタ褒めながらニコニコと微笑む。

 照れ臭くなってしまい僕は、後頭部をポリポリ掻きながら言った。


「しかし、盗まれる方の役で本当に良かったよ。もし盗む方の役だったら……たぶん僕はトラウマに負けて、あの場で胃の中のものを全部吐き出していたかも……」

「ほう……。女子中学生たちの前で嘔吐おうとッスか?」

「ああ」

「しかも、インタビュー中のインタビュアーがッスよね?」

「おお……」


 するとキーナはデジタルカメラを、インタビューが行われていた二脚のソファーに向けて構えながら言った。


「ふふっ、ロックっすね! それは、なかなかロックな行動ッス! ちょっとその現場をカメラに収めておきたかった気もするッス」

「い、いや……ロックじゃないだろ。ゲロ吐くだけだ。それにキーナさあ、そんな写真を撮ってどうするんだよ?」


 ポニーテールの少女は、キリリっとした表情を浮かべて答える。


「嘔吐する親友。動揺する女子中学生たち――きっと、一人は小銭を手から落とし、一人は定規を舐める舌を止めるッス。そして、微笑みながらゲロを眺める少女と、ゲロまみれのピエロ。そんな青春の貴重な1ページを、自分はこの手で素敵に切り取りたかったんスよ」

「どんな青春の1ページだよ……」

「ふふっ」

「あと、さりげなくピエロがゲロまみれになっているのは、どういうことだ? ……僕がぶっかけるのか? それともピエロが、もらいゲロでもするのか?」


 キーナはアゴの下に手を当て、「うーん」と唸ってから答える。


「個人的には、もらいゲロの方が面白そうッスね」

「一枚の写真の中に、ゲロしている奴が二人って……どんな青春の1ページを切り取ろうとしているんだ……」

「ふふっ。たとえ汚物まみれの光景でも、そこに冬市郎くんさえいてくれたら、この栄町樹衣菜にとってその場面は、青春の1ページとして輝きはじめるんスよ」


 微笑みながらそんなことを口にするキーナ。


「ちょ……キーナ……。なんかちょっと恥ずかしいことを言っていないか?」

「そうッスね。でも、本心ッスよ」

「お、おうっ……」


 照れ臭くて僕は、「コホン」と咳払いをしてから話を続ける。


「……し、しかし、僕たちを身代りにして、知らんぷりしている犯人の奴は、今頃いったいどこで何をしているんだかね? 犯人扱いされた二人の高校生が、ここでこうしてトラウマを抱えているっていうのにさ」


 キーナは、こくりこくりとうなずきながら言った。


「まあ、確かにトラウマっすよね。たくさん辛い思いもしたッス」

「ああ」

「けど、冬市郎くん――」

「んっ?」

「あの冤罪えんざい事件のおかげで自分は、こうして冬市郎くんと親友になれたんスよね。そしてこの通り、二人で強い絆を結ぶことが出来ているわけッス。だから自分は、全部が全部悪いことばかりじゃなかったって、そう思うようにしているッスよ」

「キーナ……」


 僕は優しい気持ちになって両目を細めると、ポニーテールの少女を見つめる。


「んっ? なんスか、冬市郎くん。お花畑にぽつんとたたずむ心優しきお地蔵じぞう様のような表情を浮かべて……」

「いや……キーナは本当に良いことを言うなあ、と思ってさ。あと……さすがにそこまで穏やかな表情は浮かべていないだろ……」

「ふふっ」


 楽しげに笑うキーナ。

 それにつられて僕も微笑む。


「ふふっ。しかし、事件のおかげで結ばれた強い絆か……。まあ、その事件のせいで僕たち、高校じゃ他に一人も友達が出来ていないけどな……へへっ」


 微笑んでいた僕は、苦笑いへと表情を変化させる。

 一方でキーナは、首を小さくかしげながらこう言った。


「なにを言ってんスか、冬市郎くん」

「んっ?」

「友達なんて、冬市郎くんさえいてくれたら、自分は他に誰もいらないッスよ」


 さらりとそんなことを口にするキーナ。

 僕はなんだか嬉しい不意打ちのようなものをらった気分になり、「お、おう……」と思わず声を漏らした。

 それから、目の前の少女が自分と同じ気持ちでいることを知り、うれしくてニヤニヤしながら本心を声に出す。


「僕も、キーナさえいれば、他に友達なんていらないや」


 すると――。

 栗色の美しい瞳が、僕の顔をじっとのぞき込む。

 キーナに見つめられて僕は自分の顔が、かあぁっと熱くなるのがわかった。


 窃盗犯のぎぬを着せられたのは、酷い思い出だ。

 ただそのおかげで、こうしてキーナと友達でいられるのも事実である。

 だから心のどこかで僕は、確かにあの事件に感謝していた。


 窃盗犯扱いされているせいで他の生徒たちは、僕にもキーナにも関わろうとしてこない。

 そして僕たちも、無理して他の生徒たちに関わっていこうとは思っていない。


 その結果――。

 高校生活で築き上げられたのは、僕とキーナの二人だけの世界。

 犯人と思われていることで、邪魔な他人を遠ざけることに成功し、二人きりの楽しい世界がずっと守られている。


 そうなると僕は、『もういっそ、本当の犯人なんて出てこなくてもいい』なんてことを考えたりもするのだった。

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