062 『スクールカーテン』インタビュー②

Vo でも、お兄さん……。この盗んだ財布、中身が何も入っていないんだけど……。

 現金どころか、カードも入っていない……。空っぽだよ?


―― ええ、まあ。盗まれることが、あらかじめわかっていましたからね。

 それで、もしよろしければ窃盗犯さん、その空っぽの財布を返していただいてもよろしいでしょうか?


Vo うん、いいよ。とりあえず一回窃盗出来たし。

 これで、わたしの役目は終わったよね。ふうー。


―― 無事に役目が果たせてよかったですね。

 あと、財布を返していただきありがとうございます。


Vo いえいえ。

 じゃあ、あとはわたし、ソファーの端に座って窃盗犯っぽい雰囲気をかもし出しながら、手の中で小銭を遊ばせておくよ。


ギター(以下 G) じゅるじゅる……じゅるじゅる……あははっ!

 苦労して財布を盗むことには成功した……。しかしまさか、財布の中身が入っていないとはねえ……じゅるじゅる。

 甘くない、甘くないよ。アタシが舐めているこの金属製の定規のように、悪党の末路まつろってやつは甘くはないんだ……じゅるじゅる。


―― このタイミングで『スクールカーテン』の最後のメンバーさんが、会話に加わってきましたが……。


B ピエ……インタビュアーさん。とにかく、彼女がじゅるじゅる舐めているあの銀色の定規は危険だピエ。下手したらケガするぜピエ?


―― ピエロさん、彼女はいったいどんな方なんですか?

 自分の出番が来るまで金属製の定規をじゅるじゅる舐めて、ずっと待機していたようですけど……。


B ピエ。あの銀色の定規……ナイフみたいに見えるピエ?


G じゅるじゅる……そうだぜ。

 銀色だからナイフを舐めていたのかと思ったぁ、びっくりしたぁ――とは、これまで誰からも一度として言われたことはないんだけどよぉ、よく見なければナイフみたいに見えるだろ?

 だから、インタビュアーさん。あんたはこの定規をよく見なければいいぜ……じゅるじゅる。


―― とにかくギター担当の方は、ナイフの代わりに銀色の定規を舐めることで、悪党ヒールらしさを懸命けんめいにアピールしているんですよね。


G じゅるじゅる……じゅるじゅる……うへへっ……そういうことだぜ。

 悪党の集団の中に銀色のナイフを舐めている奴がいるように、この『スクールカーテン』ってバンドの中には、銀色の定規を舐めている奴がいるんだよ。それが、アタシだ。よく覚えておきな……じゅるじゅる。

 なあ……ところで……ちょっと、ハンカチで口を拭いてもいいか?


―― どうぞ。


G ありがとうございます!


B ピエ。俺様からも礼を言わせてもらうピエ。

 あいつ、肌が弱くて、こまめに唾液を拭き取っておかないと口の周りがなんだかかゆくなるらしいんだピエ。


G じゅるじゅる……おい、ピエロ野郎。お前、勝手にアタシの秘密をしゃべってんじゃねえよ!

 アタシの肌が弱いこととか、両脇りょうわきの下にクマのヌイグルミを挟まないと朝までぐっすり眠れないこととか、それは秘密だっていつも言ってんだろ? ……じゅるじゅる。


―― ヌイグルミのことは、ピエロさんは言っていませんよね……。

 明かされていない秘密を自ら暴露しましたけど……。


B ピエ。ヌイグルミのことは俺様しゃべっていないピエ。


G じゅるじゅる……そうか。まあいい。

 ピエロ野郎を本気で怒らせると色々と怖いからな。ここは、アタシが我慢しようじゃないか……じゅるじゅる。


―― ギターの方……定規を舐める舌が、先ほどと違ってものすごく震えていますが……。

 ピエロさんを怒らせるとそんなに怖いんですか?


G じゅるじゅる……ふふっ、ああ、怖いさ。

 あんた、絶対にピエロを本気で怒らせないでくれよ。

 なんのためにわざわざ、このピエロが鎖付きの首輪でつながれていると思っているんだ? ……じゅるじゅる。


―― と言いますと?


G じゅるじゅる……感情のリミッターがはずれちまうと、このピエロは何をするかわからねえんだ。


―― 一人だけこんなピエロの格好をしている時点で、すでに感情のリミッターがはずれているような気もしますが……。


G じゅるじゅる……とにかく、彼女を本気で怒らせると何をするかわからない……。

 あれは、先月の昼休みのことだ。

 このピエロに『購買でクリームパンを買ってきてくれ』って頼んだんだよ。

 それなのにこいつは、消しゴムを四つ買ってきやがった……。

 わけがわからねえだろ? アタシに向かって、パンの代わりに消しゴムを四つ差し出してきたときのこいつの姿は、まさに狂えるピエロだったぜ?


―― えっと……。

 そのエピソードって…………なんなんですか?


G じゅるじゅる……まあ、理解できないんだったら、このエピソードのことは忘れてくれていい。


―― はい。


G じゅるじゅる……それでとにかく、こんな狂えるピエロが急に暴れると世界中の人々が困るから、うちのドラムがこうやって常に首輪と鎖で、つないでいないといけないのさ。


―― 世界中の人々が困る?

 ピエロさんは、そんなに凶暴なんですか?


G じゅるじゅる……ああ。

 ぱっと見では、首輪でつながれたペットみたいに見えるだろ?

 でも本当は、超危険人物であるこの狂ったピエロを、アタシたちが厳重に管理しているってわけさ……。それが真実……じゅるじゅる。


Dr ウフフフフッ。ウフフフフッ。


G じゅるじゅる……ドラムのこいつも、いつも微笑んでいて楽しそうに見えるだろ? けど、やっぱり大変なんだぜ?


―― 詳しくお聞かせください。


G じゅるじゅる……ピエロの管理ってけっこうなストレスなんだよ。でも、管理をしながらも常に微笑み続けなくちゃいけない。

 そこでドラムのこいつは、図書館にあったアメリカンジョーク集を七冊も丸暗記しているんだ……じゅるじゅる。


―― 七冊も暗記を!?


G じゅるじゅる……ああ。

 それで、暗記したアメリカンジョークをずっと頭の中で休みなく唱え続け、頭の中を面白いことでいっぱいにして、こうして常に微笑んでいるってわけさ……じゅるじゅる。


―― それは……相当な陰の努力ですね。

 ずっとニコニコ微笑むために、そんな努力を……。


G じゅるじゅる……ああ。けど、やっぱりときどきイライラするみたいでな。

 そんなときドラムのこいつは、ポンコツピエロ野郎の首輪の鎖を、地獄の鬼みたいな気持ちで思いっきり引っ張ってやるのさ……じゅるじゅる。


―― ほう。その鎖を地獄の鬼のように引っ張ると。


G じゅるじゅる……ああ。

 せっかくだから、このインタビュアーさんの前で鎖を引っ張ってやれ。

 こう、グイッと思いっきりだ。それっ! ……じゅるじゅる。


Dr ウフフフフッ。ウフフフフッ。


B ひぎーっ! く、首がああっ! ピエぴえぇぇー!


G じゅるじゅる……へへっ。

 今日もアタシらのリーダーは素敵な声で鳴くぜ……じゅるじゅる。


―― ピエロさん。素敵な鳴き声、ありがとうございました。

 そんなピエロさんですが、お一人だけ他のメンバーの方とよそおいがとんでもなく違っていらっしゃいますよね?

 ピエロみたいに顔を白く塗って、衣装も……身体に巻きつけておられるそれって、マントじゃなくて学校のカーテンなんですよね?


B こっ、この身体に巻きついている黒いカーテンは、実はカーテンじゃねえピエ!


―― そうなんですか?

 バンド名である『スクールカーテン』の由来になったカーテンという説もお聞きしておりますが。


B そういう話もあるピエ。

 だが、今日のこれは、おっ、俺様が全身で放つ独特の黒いオーラだピエ。


―― 俺様が全身で放つ独特の黒いオーラ? カーテンではない?


B ピエ。悪い奴にしか身にまとえない視聴覚室のカーテン風のオーラなんだピエ。


―― そうですか。表向きはそういうことになっているんですね。すみません。

 あっ! 窃盗犯役の方、百円玉が床に一枚落ちていましたよ。ほらっ。どうぞ。


Vo あっ、どうも。さっきから一枚足りないと思っていたんです。


G 小銭、落としてるんじゃねえよっ! じゅるじゅる……。

 とっ、とにかく、インタビューはこれぐらいでもういいだろ? そろそろ濡らしたタオルで一度、口の周りを綺麗に拭いておきたいんだ……じゅるじゅる。


Dr ウフフフフッ。ウフフフフッ。


―― はい。それでは、用意したシナリオは全部消化できましたでしょうか?


B ピエ。


―― そうですか。それは、よかったです。

『スクールカーテン』のみなさん、本日はありがとうございました。

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