060 狂えるピエロ
ピエロ顔の少女は、僕ひとりにターゲットをしぼって話しはじめた。
「俺様、メイクは、ばっちりだピエ。ただし衣装に関しては、さすがにまだ完全には用意できていないピエよ」
「衣装はそれで、完全ではないんですか?」
僕がそう尋ねると、ピエロ顔の少女は「ピエ」と言いながら、こくりとうなずく。
この場合の「ピエ」は、「イエス」や「はい」と同じく肯定の意味で使われているのだろう――と、僕は察する。
白塗り顔の少女は、赤い鼻を揺らしながら説明を続けた。
「俺様、本当はカッコいいマントを巻きたかったピエよ。でも、マントの準備は間に合わなかったピエ」
「では、今身につけているそのマントは?」
「ピエ。これは、視聴覚室にあった黒いカーテンを、マントみたいに巻いてきたんだピエ」
足の裏たちが、ふざけた調子で声を出す。
「視聴覚室ノ、カーテン、ヲ」と右足が言った。
「マント、ミタイニ」と左足が続ける。
「「巻イテ、キタンダピエ~!」」と、両足は同時に声を合わせて言った。
足の裏たちの声を耳にした
僕は再び、
「ふ~~ん!!」
という奇妙な声と共に鼻息を荒げた。
だが、笑い出すことはけっしてない。
僕はまた、ギリギリのところでなんとか耐えきったのだった。
手早く呼吸を調える。
そして笑いかけていた事実などまるで無かったかのように、僕はキリリと真面目な表情を浮かべると、ピエロ顔の少女に尋ねた。
「では、その身体に巻いている黒いマントは、本来はマントではなく、視聴覚室のカーテンなんですか?」
「ピエ」
肯定の「ピエ」を口にしながらうなずくと、少女は話を続ける。
「これは、視聴覚室のカーテンだピエ。実は、このバンドを結成したときも、俺様はマントが用意できなくて、視聴覚室の黒いカーテンをマント代わりに巻いて、はじめてのステージに挑んだんだピエ」
「もしかして……だから、このバンドの名前は『スクールカーテン』っていうのですか?」
「ピエ。バンド名の由来は、その通りだピエ」
ピエロ顔の少女はそう口にしてうなずくと、さらに自分の衣装について語った。
「ちなみに俺様がしているこの首輪は、親父の不用になった革のベルトを、ハサミで切って作製したんだピエ」
僕は、「ほう」と感心したフリをしてうなずくと尋ねる。
「では、その首輪はもともと、お父さんピエロのベルトなんですね?」
「親父はピエロじゃないピエ」
「失礼しました。やっぱり、世襲のピエロってわけじゃないんですね?」
ピエロ顔の少女は、「ピエ」と言ってうなずくと首輪の話を続けた。
「それと、首輪から伸びているこのジャラジャラした鎖ピエが……」
「ええ。その鎖、ずっと気になっていました」
「ピエ。これは、手ごろな鎖が見つからなかったピエから、昔飼っていた犬の鎖を再利用したんだピエ」
「犬の鎖を?」
「ピエ。俺様、『コロ』って名前の犬を飼っていたんだピエ。けど、もう
それを聞いて僕は、少し間を置いてから静かな声でこう言った。
「そうなんですか……。そのコロちゃんって名前の犬も亡くなった後でまさか、自分をつないでいた鎖で、今度はご主人様がつながれるようになるなんて……考えてもいなかったでしょうね……」
僕のその言葉を聞いて、ピエロ顔の少女は
それから、彼女は話を続けた。
「一応、先に説明しておくピエが、俺様がこのバンドの『ベース担当』兼『リーダー』なんだけどピエな――」
「ああ、えっと……すみません」
「ピエ?」
ピエロ顔の少女は、頭上の三角帽子を揺らしながら首をかしげる。
僕は謝罪しながら尋ねた。
「お話を途中でさえぎってしまい大変申し訳ないのですが……こ、このバンドのリーダーなんですか?」
「そうピエよ」
当然といった雰囲気で、そう答えたピエロ顔の少女。
たまらず、足の裏たちがしゃべりだす。
「ピエロガ、リーダー」と右足が言った。
「リーダーガ、ピエロ」と左足が続ける。
僕は一度、「コホン」と咳払いをするとピエロ顔の少女に言う。
「――ああ、えっと、ピエロリーダー、すみませんでした。話を続けてください」
ピエロ顔の少女は「ピエ」と言ってうなずくと話を続けた。
「まあ、俺様がリーダーなんだピエが、リーダーとはいえ、隣で常に微笑んでいるドラム担当の『ペット』って設定も同時にあるピエよ。俺様はこいつに飼われているペットなんだピエ」
「ペット……なるほど。だからそうやってピエロリーダーは、リーダーなのに鎖でつながれているわけですね?」
ピエロ顔の少女は、自身の首から伸びた鎖をジャラリと手で握りながら答えた。
「ピエ。まあそういうわけピエ。俺様もこの通りペットだから、亡くなったコロは俺様にとっては『ペットの先輩』ってわけピエよ」
そんなピエロの隣では、桃色のゆるふわロングヘアーの少女が、あいかわらず微笑み続けている。
「うふふふふっ。うふふふふっ」
部屋に入って来たときから、一度として微笑みを絶やさない少女。
彼女の手には、ピエロの首輪から伸びた鎖がしっかりと握られている。
すると、ピエロの向かい側のソファーから笑い声が聞こえてきた。
そこに座っていたそばかすのある少女が、茶色い髪を踊らせながら話に加わってきたのだ。
「あははっ! 変態ピエロと変態飼い主様だっ! あははっ。絶対に友達にはなりたくねえなあ、あははははっ!」
それから茶色い髪の少女は、いつの間にか手に持っていた金属製の
アイスキャンディーでも舐めているかのように銀色の定規を舐める少女。
その姿を目にして僕は、たまらず質問する。
「あ、あの……すみません。どうして定規なんて舐めているんですか?」
「ああ? この金属製の定規だけどよぉ、銀色だろ?」
「はい」
「だから、どことなくナイフと似ていると思わないか?」
「んっ? ナイフ……ですか?」
僕が小首をかしげると、茶色い髪の少女は話を続ける。
「映画なんかでよぉ、悪党の集団の中にナイフを舐めている奴ってよくいるよなぁ」
「はい」
「だから、アタシはその役さ」
「ナイフを舐めている悪党の役……なんですか?」
こくりとうなずく茶色い髪の少女。
「ああ、そうだ。さすがに本物のナイフを持ち歩くわけにはいかねえからな。それでアタシは、金属製の定規で代用しているってわけ。あはは」
「そ、そうでしたか……」
僕は苦笑いを浮かべる。
すると、チャリチャリという小さな音が聞こえてきた。
小さな金属同士が、ぶつかり合っているような音。
しかしそれは、ピエロの首輪から伸びた鎖の音ではない。
定規を舐めている少女から視線を外し、僕は彼女の隣を見やった。
そこには、黒髪ショートカットのボーイッシュな少女が座っている。
彼女はソファーに座りながら、手の中でコインをチャラチャラと遊ばせていた。
「あ、あの……」
と僕が声を掛けると、ボーイッシュな少女は顔を上げて答える。
「はい」
「先ほどから、どうして小銭を手の中で遊ばせているのですか? ジュースか何か買いに行きたいとか?」
ボーイッシュな少女は、黒髪ショートを揺らしながら首を横に振る。
「わたし、『ボーカル』で『窃盗犯役』なの」
「……ボーカルで窃盗犯役?」
今度は首を縦に振る少女。
「うん。だからわたし、小銭を手で遊ばせて、窃盗犯っぽさを演出してるつもり。ほら、このバンドは、悪党の集まりってコンセプトだから……」
「な、なるほど……」
僕は納得してうなずく。
ボーイッシュな少女が、今度は逆に質問をしてくる。
「ねえ、ジャリ研のお兄さん」
「はい」
「これから、インタビューをはじめるんでしょ?」
「ええ、まあ」
「インタビュー中に手で遊ばせとく小銭なんだけどさ、このまま三〇〇円でいいと思う?」
「はっ?」
「それとも念のため、もう一枚増やして四〇〇円?」
相談された僕は一応、「うーん」と考えるようなそぶりをしてから答える。
「それなら、四〇〇円がいいですね」
「オッケー、ありがとう。わかったよ」
ボーイッシュな少女は、ネコの顔が描かれた可愛らしい財布を取り出した。
そして、一〇〇円玉を一枚増やす。
少女の手の中で遊ぶコインは四枚となる。
再び少女の手から、チャラチャラという音が鳴りはじめると、僕はキーナを見やった。
先ほどまで、ピエロのせいで笑いをこらえるのに必死だったキーナ。
そんな彼女も、今ではすっかり落ち着いた様子である。
僕とキーナは、無言のまま目を合わせると小さくうなずいた。
お互い心の準備が出来たのだ。
そして、女子中学生四人組ガールズバンド『スクールカーテン』のメンバーたちの緊張もそれなりにほぐれてきたところで、僕たちは本格的にインタビューをはじめたのである。
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