059 『スクールカーテン』のメンバーたち

 セーラー服姿の少女たちが、進路指導室の入口に並ぶ。


 僕は四人の女子中学生たちに向かって簡単なあいさつを済ませると、ソファーの脇に立ってこう言った。


「それではみなさん、どうぞこちらのソファーにお座りください」


『スクールカーテン』のメンバーたちは、部屋の入口からソファーへと移動をはじめる。


 四人の先頭を歩くのは、黒髪ショートカットの少女だ。

 彼女はどこかボーイッシュな雰囲気を漂わせている。


 そんなボーイッシュな少女が、ソファーの脇に立つ僕の前を通り過ぎようとしたときのことだ。

 彼女はなぜだか急にその場で立ち止まると、僕に向かって顔を、ぐぐぐっと近づけてきたのである。


 女子中学生と至近距離で目が合い、僕は当然戸惑った。

 ボーイッシュな少女は、そのまま鋭い目つきでこちらをにらみつけてくる。

 思わず僕は、「お……おぅ……」と喉の奥の方で小さな声を漏らした。


 足の裏たちが会話をはじめる。


「冬市郎……女子中学生ニ、睨マレテイルナ」と右足の裏が言った。

「アア……睨マレテイル……」と左足の裏が続ける。


 ボーイッシュな少女は、こちらを小馬鹿にでもしているかのように、


「ふん……」


 と小さく鼻を鳴らしてから、僕の前を通り過ぎていく。

 やがて少女は、黒髪のショートカットを弾ませながらソファーに腰を下ろすと、どこかふてぶてしい態度で両足を組んだ。


 続いて二人目の少女が、僕の前を通り過ぎようとする。

 そばかすが特徴的な、茶色い髪の少女だ。


 だがやはり彼女も、ボーイッシュな少女と同様、急に立ち止まると僕に顔を近づけ、こちらを睨みつけてきた。

 そして、片方のくちびるの端をキッと上げるような、どこか小憎らしい笑みを浮かべると、僕の前からソファーへと移動し、そこにどすんと座って両足を組む。


「態度ノ悪イ、中学生タチダナ」と右足が言った。

「アア……」と左足が続ける。


 写真担当のキーナは、僕から少し離れた位置で、デジタルカメラの準備をしていた。

 彼女は、女子中学生に睨まれる僕の姿を、目の端でチラチラ眺めながら苦笑いを浮かべている。


 実は――。

『スクールカーテン』のメンバーたちに関して、事前に提供されている情報があった。

 その情報は、みどり子から僕たちに伝えられたものなのだが、それによるとこの四人組のガールズバンドは、なんでも『悪役ヒール』なイメージを売りにしようと頑張っているらしい。

 そのため、普段からわざと悪党のフリをしているようなのだ。


 あらかじめそのことを知っていたので、僕もキーナも彼女たちの態度に腹を立てないのである。

 これらはすべて、女子中学生たちの芝居なのだ。


 そんな『悪役バンド』の三人目の少女が、僕の前にやって来る。

 彼女はこの四人組ガールズバンド『スクールカーテン』の中でも、ひときわ異彩を放っていた。

 なぜなら――。

 ひとりだけ『ピエロ』のメイクをしているからである。


 みどり子から提供された前情報に、バンドメンバーに『くるえるピエロ』がいる、というものがあった。

 おそらく、このピエロ顔の少女のことなのだろう。


 白く塗られた顔に、コミカルな赤い鼻。

 両目の下には青色で涙が描かれている。

 頭の上にあるのはパーティーグッズの三角帽子。

 帽子の下には、予算の関係なのか手作りだと思われる赤い毛糸製のカツラを装着していた。


「ピエロ……」と右足が言った。

「ピエロ……」と左足が続ける。


 そんなピエロ顔の少女。

 彼女の首には、僕と同じように首輪が装着されている。

 ただ、僕のものとは異なり、彼女の首輪からは長い鎖がジャラジャラと伸びていた。


「鎖、ジャラジャラ……」と右足がつぶやく。

「鎖、ジャラジャラ……」と左足が繰り返す。


 また、ピエロ顔の少女はセーラー服を着てはいるのだが、その上に黒くて分厚いマントを羽織はおっていた。

 その黒いマントが、バンドの中で彼女の存在を、さらに異色なものとしているようだ。


 そんな女子中学生ピエロだが、やはり前のふたりと同じように顔をこちらに、ぐぐぐっと近づけてくる。


 僕の眼前に迫りくる、白塗りのコミカルな顔と赤い鼻。

 毛糸製の雑な作りのカツラも、ゆらゆらと揺れながら近づいてくる。使い古したモップみたいな情けない髪型だ。


 ピエロは、その瞳で僕を睨みつける。

 きっと本人は他のメンバーと同じように、鋭い眼光をこちらに向けることで、『悪役ヒール』を演じているつもりなのだろう。

 しかし――。

 僕は、ピエロ顔を至近距離で目にして、笑い出すのを必死でこらえていた。


 もちろん、悪役ヒールを真剣に演じている『スクールカーテン』のメンバーたちの前で、笑ってしまうなど悪いことだとわかっている。

 けれど、女子中学生たちがこれを真面目にやっているという事実が、だんだんと面白くてしかたなくなってきたのだ。


 やがて、首輪から伸びた鎖をジャラジャラと鳴らしながらソファーに移動するピエロ。

 派手にどすんと腰を下ろすのだが、座った振動で、パーティーグッズの三角帽子が頭上からずり落ちる。

 ピエロは、少し慌てた様子でそれを元の位置に戻すと、何事もなかったかのように両足を組んだ。


 おそらくピエロ顔の少女は、ピエロ特有の『得体の知れない怖さ』みたいなものを前面に押し出していきたいのだろう。

 だが――。

 どうしてもコミカルさが、それを上回っていく。


 最後に、四人目の少女が僕に近づいて来る。

 ゆるふわ感のある桃色のロングヘアーが、周囲の人間に優しげな印象を抱かせるだろう少女。

 彼女だけは他の三人とは異なり、こちらに顔を近づけることなく、ニコニコと微笑みながら僕の前を通り過ぎていく。

 そしてソファーに、静かに腰を下ろした。


 室内に入って来たときから、一度も微笑みを絶やしていない彼女。

 他の三人とは違って足を組むこともなく、一見可愛らしい様子でとてもおとなしく座っている。

 ただ、そんな少女の手には、ピエロの首輪から伸びた長い鎖が力強く握られていた。


 こうして、バンドメンバー四人全員がソファーに腰を下ろした。

 ピエロ顏の少女が右手を軽く上げて口を開く。


「ピエ! ジャリ研さんよ、メンバー全員、おとなしくソファーに座ったピエ! こっちは全員、準備オッケーだピエ!」


 ピエ――。


 ピエロ顏の少女の特徴的な語尾。

 足の裏たちがすぐに反応する。


「ピエ……」と右足が言った。

「ピエ……」と左足が繰り返す。


 こんな面白そうなしゃべり方を、足の裏たちが見逃すわけがないのだ。


 足の裏たちの声を耳にして僕は、「うぅ……」と笑いかける。

 だが、咄嗟とっさに「コホン」と咳払いをして、笑い声を誤魔化ごまかすことに成功した。


 ピエロ顔の少女は、デジタルカメラを手にしているキーナの方を向いて言った。


「写真撮影もあると事前に聞いていたピエよ。だから俺様、今日はこの通り、文化祭本番でもないのにメイクをばっちり済ませてきたぜピエ! 感謝しろピエ!」


 キーナに向かって両手を大きく広げるピエロ。

 赤い鼻、そして白塗りの顔が、まっすぐにキーナを見つめる。

 さあ、ばっちりメイクのこの自分を写真に撮れ――とアピールしているかのようだ。


 そんなピエロと、正面から目が合ってしまったキーナ。

 アピールモード全開の女子中学生ピエロを前にして、正直、写真を撮るどころではなかっただろう。


 キーナはポニーテールと両肩を小刻みに震わせながら、「うぅ……うぅ……ピエ……」と小声を漏らし、笑い出さないよう必死にこらえている様子だった。

 ピエロの特徴的な語尾も、どうやら彼女のツボに入ってしまったようである。


 僕はキーナのそんな状態をすぐに察すると、助け船を出す。何も反応出来そうにないキーナに代わって口を開いたのだ。


「め、メイク……メイクばっちりで来てくださり、あ……ありがとうございます」


 代理で口を開いたにしては、僕の方も笑いをこらえるのに必死だった。

 すると、足の裏たちが甲高い声でふざける。


「アリガトウダピエ」と右足が言った。

「アリガトウダピエ~」と左足が続ける。


 そんな「ピエピエ」言う足たちの声が耳に入り、たまらず吹きだしかけた。

 しかし僕は笑うことを拒絶し、口を開かずに無理にそのまま耐えきろうとしたので、


「ふ~~ん!!」


 という奇妙な声を上げる。――と同時に、鼻から勢いよく大量の息を放出した。


 それでも僕は、けっして笑い声を上げることはなかった。

 熟練のトランペット奏者のようにパンパンにほっぺたを膨らませると、口を開くことなく、ギリギリのところで耐えきったのだ。


 ピエロ顔の少女は、僕から声をかけられたことで、キーナからこちらへと視線を移動させる。


 ピエロの視線から外れたキーナ。

 すかさず彼女は、女子中学生たちにくるりと背を向けてうつむく。そして、口元に手を当てて声を押し殺しながら笑っているようだった。

 両肩と黒髪のポニーテールが小刻みに震えていたのである。

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