058 赤い服の宇宙人と白い服の宇宙人③
一方で赤い服の宇宙人は、牧場主から厳しい言葉を浴びせられ、うなだれていた。
「いや、地球人……それは俺も悪いと思っているよ……。そのぉ、あ、あ、アブダクション(誘拐)してホントすまん……」
赤い服の宇宙人は、素直に頭を下げた。
それと同時に――それが宇宙式の正式な謝罪なのか――両足のつま先を上げたり下げたりしながら、船内の床を足先でカンカンと叩きはじめる。
赤い服の宇宙人がそんなふうに素直に謝ったので、牧場主も申し訳ない気持ちになった。
「ああ、いや……」
そう口にしながら、バツが悪そうに後頭部をポリポリと掻く牧場主。
一方で赤い服の宇宙人は、牧場主に頭を下げたまま両足を器用に動かし続け、床をドラムセットの如く叩きながら、
なにやら、リズムをつかんだ様子だ。
二台のお掃除ロボットたちが、『部屋の雰囲気盛り上げ機能』を作動させ、それぞれ内蔵されたスピーカーから、『ギター音』と『ベース音』を流して演奏に加わる。
すると、少し遅れて三台目のお掃除ロボットが、どこからともなくやって来て、ボーカルを担当しはじめた。
内蔵スピーカーから流れるそのボーカル音――。
それは、少しだけハスキーなボイス。
歌詞の方はどうやら、『本当は愛し合っているのに、気持ちがすれ違っている恋人たち』のことを歌っているようだった。
ただ、残念ながらその歌声は、牧場主の耳に届くことはない。
なぜなら三台目のお掃除ロボットの声は、地球人の耳では聞き取ることの出来ない周波数のものだったからだ。
牧場主は、頭を下げ続ける赤い服の宇宙人に向かって謝りたかった。
(俺も悪いところがあったよ。こちらこそ、すまなかった)
そう声に出したい。
だが、その勇気がない。
結局、牧場主が口にしたのは、
「な、なあ……。よかったら……また俺をアブダクション(誘拐)しに来てくれよ。家畜小屋に、とっておきのゴムホースを用意しておくからさ」
そんな言葉だった。
どうしても、謝ることが出来ない。
赤い服の宇宙人は、両足で床を叩くことをやめて頭を上げる。
「ありがとう、地球人。でも……」
そう口にするのだが、何やら言い出し辛いことがある雰囲気。
三台のお掃除ロボットたちも、一斉に演奏をやめる。
「な、なんだよ……。お。おい、赤い服の宇宙人……はっきり言ってくれよ」
牧場主にそう言われ、赤い服の宇宙人はようやく答える。
「実は、我々がこの地球に再びやって来るには……早くても二〇〇年はかかるんだ」
「に、二〇〇年……。そ……そうなんだ……」
それから、ふたりの間に静かな時間が訪れた。
会話はもう、それほど弾まない。
そして、別れの時間がどんどんと近づいて来る。
このまま別れたら、もう謝罪の機会はないだろう――そのことは牧場主も充分理解していた。
けれど……。
牧場主は、結局謝ることが出来なかった。
「素敵な地球人よ、どうか『一期イチゴエールの道も一歩から筆を選びません』」
最後に赤い服の宇宙人は、そんな故事ことわざを口にすると、牧場主に向かってニコリと微笑んだ。
気がつくと牧場主は、家畜小屋の前で横たわっていた。
どうやら気絶していたようだ。
意識を取り戻しながら彼は、宇宙人にアブダクション(誘拐)されたのは、実は夢だったのではないだろうか、と思った。
だが――。
UFOが着陸した部分は再び草が枯れていた。
前回同様、以後三年間そこには草がまったく生えなかった。
それで、『やはりあれは夢ではなかった』と、牧場主は日が経つにつれて確信していったのだ。
赤い服の宇宙人に最後まで謝ることが出来なかった牧場主――。
日々の暮らしの中で彼は、草の生えないそのハゲた土地を目にするたびに、赤い服の宇宙人の優しい微笑みを思い出した。
そして、無駄にプライドの高い自分の生き方を恥じるのだった。
それからしばらくすると、牧場主は周囲の人々からこんなことを言われる機会が増えた。
「よお。アンタ、なんだか最近、性格が少し穏やかになったというか……」
「俺が穏やかに?」
「ああ。まあ、なんだ……とにかく、どこか取っ付きやすくなったよな。はははっ」
やがて牧場主には、新しい友達が少しだけ出来たらしい。
〈おしまい〉
≫ ≫ ≫
ブログを読み終えると僕は、椅子の背に深くもたれかかった。
それからそっと目を閉じ、両のまぶたを指で軽くマッサージしながらこう思う。
――別に、宇宙人に誘拐されて人体に金属を埋め込まれるような、そんなオカルト話を、みどり子のブログに期待していたわけじゃない……。
しかし、このブログって…………もはや、牧場主の成長物語?
「ふー」と長めに息を吐き出しながら、頭の中でブログを振り返る。
あの内容からすると、作者であるみどり子はやはり友達がほしいのだろうな、なんてことを考えていると、キーナが声をかけてきた。
「冬市郎くん、そろそろインタビューの時間ッス。中等部に移動しなくちゃいけないッスよ」
「ああ、うん。準備するよ」
椅子から立ち上がると僕は、『愛名女子学園・中等部』へ出かける準備をしはじめた。
とっくに出かける準備を済ませていたキーナが、いそいそと動く僕に向かってこう言う。
「冬市郎くん。今日も自分は、『軽音楽部』のインタビューまでは、ちゃんと付き合うッス」
「ああ」
「でも、委員長さんの密着取材は、冬市郎くんおひとりでお願いするッスよ」
「わかっているよ」
カバンに荷物を詰め込みながら僕はそう答えた。
キーナはそんな僕に向かって、さらに話を続ける。
「冬市郎くんと委員長さんが密室で、ふたりきりでイチャイチャしている間に、自分は残りのアイメイボックスを探しておくッスから」
「い……イチャイチャなんかしないって……」
小声でそう口にすると、僕は苦笑いを浮かべる。
キーナは不満そうにくちびるをとがらせながら言った。
「前回同様、冬市郎くんは密室で、女子中学生を床に押し倒すッス。その間に自分は、中等部の校舎内をひとり寂しくウロウロ~、ウロウロ~、さまよいながら、またあの小さな箱を探すッスよ」
「押し倒さないよ……」
そう否定すると僕は、キーナといっしょにジャリ研の部室を出て、女子中等部へと向かったのだった。
* * *
インタビュー用にと指定されていた場所。
そこは、前回と同じく女子中等部の『進路指導室』だった。
僕とキーナは、約束の時間よりも少し早くその部屋に足を踏み入れる。
まだ誰も来ていない様子だ。
パッと見たところ、室内の模様替えは特に行われていないようだった。
部屋の壁面に設置された本棚には、進路関係の書籍や資料が、あいかわらずぎっしりと詰められている。
三人掛けのソファーが二脚、以前と同じように向かい合わせに設置されていたし、木製の茶色いローテーブルもその間にちゃんと置かれていた。
今回のインタビューでもそれらの応接セットは、充分に利用出来そうだった。
しばらくすると、部屋の扉がゆっくりと開いた。
室内の空気が少しだけ張り詰める。
僕はごくりと唾を飲み込み、キーナはポニーテールを震わせた。
本日のインタビュー相手である四人組ガールズバンド、『スクールカーテン』のメンバーたちがやって来たのである。
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