057 赤い服の宇宙人と白い服の宇宙人②

「さてと。『クソブログ』にいどんで傷ついた勇者に、コーヒーの一杯でも用意してあげるッスかね」


 キーナはそう言って椅子から立ち上がると、コーヒーメーカーへと向かった。


 やがて、黒髪のポニーテールをリズミカルに踊らせながら戻ってくる少女。

 手にしたマグカップを僕に差し出しながら彼女は言った。


「さあ勇者。このコーヒー色のキーナじるを口にして、戦闘で消費したMPを30前後回復するッスよ」

「……みどり子のブログを読んで削られるのは、HPじゃなくてMPなのか……。しかし、キーナ汁って……」


 僕はお礼を口にしながら、ホットコーヒーを受け取る。

 一方でキーナは、マグカップを手渡すとノートパソコンの画面には目もくれず、さっさと自分の席へと戻ってしまった。

 僕のことは応援してくれるが、クソブログには絶対に目を通さない――。彼女のそんなスタンスは、まったくブレないようだ。


 やがて、キーナ汁を飲んでMPをなんとなく30前後回復したような気分になった僕は、再びノートパソコンに目を落とす。


《ボクが考えた宇宙人目撃ファイル》


 その続きが、僕の帰りを待っているのだ。

 覚悟を決めると、『牧場主と赤い服の宇宙人とのやりとりを、再び読みはじめる』というバトルを再開する。



   ≪ ≪ ≪



 牧場主と赤い服の宇宙人は、すっかり打ち解けたようだ。

 光る台の上に横並びになって腰掛けながら、彼らは楽しそうにキャッキャ、キャッキャと談笑する。


 船内に楽しい時間が流れはじめていた。


 ときどき赤い服の宇宙人は、楽しそうに笑いながら両足をバタバタとバタつかせる。

 そして、笑い過ぎて身体のバランスを崩しては、すぐ隣に座る牧場主の身体に手をぶつけたり、肩をぶつけたりした。


 赤い服の宇宙人はそのたびに「ごめん」と謝り、頬をほのかに赤らめる。

 また、左足の先からは、カルーア・ミルクのような香りがするアルコール成分を含んだ霧を吹き上げた。


 そんなことを何度も繰り返していたので、船内は『なんだか良い雰囲気』になっている。


 お互い、第一印象は最悪だった。

 出会ってすぐに、大きなケンカもした。

 母親の似顔絵に唾も吐いた。

『桃栗三年、地面に描いた母親の似顔絵に唾を吐き八年』の意味を、牧場主には上手く伝えられなかった。


 ――それでも。

 赤い服の宇宙人は今、こんなにも楽しい。


 何度も何度も、大きな笑い声に包まれる船内。


 二台のお掃除ロボットたちは、各機に搭載された『部屋の雰囲気盛り上げ機能』を作動させる。

 楽しげな雰囲気を盛り上げるために、内蔵されたクラッカーを抜群のタイミングで鳴らしては、カラフルな紙ふぶきを何度も飛び散らせるのだ。


 するとそのたびに、どこからともなく三台目のお掃除ロボットがやって来て、床に散らばった紙ふぶきを文句も言わずクールに吸い取っていく。


 そんな賑やかな船内。

 けれど、白い服の宇宙人は牧場主たちのそばで、あいかわらず静かに眠り続けている。


 まるで死んでいるかのように思えたので、牧場主は赤い服の宇宙人に尋ねた。


「それにしても、この白い服の宇宙人は……大丈夫なんだよな?」

「ああ、眠っているだけさ」

「けっこう長い間眠っているみたいだが……どれくらいで起きるのか、わかっているのか?」


 赤い服の宇宙人は、「地球の時間で言うと――」と前置きしてから、牧場主の質問に答える。


「白い服の宇宙人。こいつは、二年半眠る」

「またまた……お前……」


 そう言って牧場主は両目を細める。

 赤い服の宇宙人は、慌てたそぶりで説明を続けた。


「いや、嘘じゃないんだ。こいつは冗談抜きで本当に二年半眠るんだよ。これは嘘じゃなくて…………なあ、信じてくれるだろ?」

「お、おう……わかったぜ、赤い服の宇宙人」


 牧場主が信じてくれたので、安心する赤い服の宇宙人。

 ほっとして胸を撫で下ろす――ではなく、赤い服の宇宙人は身体をかがめると、左足のふくらはぎのやや上あたりからくるぶしの辺りに向かって右手を動かし、ほっと撫で下ろす。

 ほっとしたとき、胸ではなく足を撫で下ろすのは、文化の違いなのだろう。


「ふー。わかってくれてよかったよ、地球人」

「しかし、二年半も眠るって大変だな」

「ああ」

「もしこいつが、入学したての中学一年生だったとしたら、目覚めたら同級生たちはもう三年生で、みんな受験モードだぜ?」


 牧場主はそう口にしながら、白い服の宇宙人を見つめて苦笑いを浮かべる。

 それから彼は、赤い服の宇宙人と再び談笑をはじめるのだった。




 しばらくすると牧場主のお腹が、「ぐー」と鳴った。


「ふふ、地球人。どうやらお腹が空いたみたいだね。そろそろ家に帰るかい?」


 赤い服の宇宙人が優しげな声で、そう口にする。

 だが牧場主は、眉間に深いシワを寄せた。


「はあ? そろそろ家に帰るかいだって?」

「あっ、ああ……」

「いやいや。そもそもお前が俺を、勝手にUFOの中に連れ込んだんだろ?」

「まっ、まあ……」

「それなのに帰らせるときも、お前のタイミングなのか? ずいぶん勝手なものだな?」


 牧場主は赤い服の宇宙人に顔を、ぐぐぐっと近づけてさらに言葉を続ける。


「やい、赤い服の宇宙人! もしかしてお前、恋愛とかでも自分からさんざんちょっかいを出したくせに、相手が盛り上がってきたところで、自分の気持ちが冷めたら簡単にポイするタイプか? そうだろ? そうなんだろ?」


 詰め寄り顔の牧場主に、赤い服の宇宙人は思わず怯む。


「いや……その……」

「赤い服の宇宙人さんよぉ。あんた、ひょっとして自分が王様か神様にでもなったつもりなのか?」

「お、王様? 神様?」

「ああ、そうさ。この地球も、そして人の心も、どんなものでも全部自分の思い通りになるとでも?」


 くちびるをとがらせながら牧場主はそう口にする。

 だが、そう言いつつも牧場主は――このイチャモンには少し無理があるかなあ――と心の中では反省していた。


(自分がこんなにも腹を立てているのはどうしてか?

 それは、相手のことを好きになりかけていたのに、「帰るかい?」と言われて、少しすねているからだ)


 そんな自己分析も牧場主は出来ていた。


 けれど、一度口から出た言葉は、けっして取り消すことができない。

 彼はすでに、赤い服の宇宙人に対してきつい文句を口にしている。


 そして無駄にプライドが高い牧場主は、自分から謝ることが苦手だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます