056 赤い服の宇宙人と白い服の宇宙人①

 少しも落ち着かない牧場主は、さらに文句を続ける。


「まったく……お前のような『真っ赤な嘘をつく赤い服の宇宙人』を育てた親の顔が見てみたいもんだよっ!」


 そんなことを言われて、赤い服の宇宙人はこう返した。


「地球人よ。母親の顔なら足で描ける」

「なにぃ?」


 赤い服の宇宙人は、右足でどこか悲しげに響くタップを踏んでUFOの床を打ち鳴らす。それと同時に左足を器用に動かしはじめた。


 金属粉のようなキラキラとした何かが、宇宙人の左足の先から出てくる。

 ――かと思うと船内の硬質な床に、光り輝く曲線が引かれはじめた。


 左足によってまたたく間に、宇宙人の女性らしき似顔絵が描かれる。

 最後に赤い服の宇宙人は、やはり似顔絵の脇に、


『MY MOTHER』


 と英語で書き込むと、その絵の上に「ぺっ」と緑色の唾を吐いた。


「地球人。これが、私の親の顔です」


 赤い服の宇宙人は、やや恐るおそるといった様子でそう口にした。

 牧場主は床の似顔絵を眺めながら、不満そうに口をとがらせる。


「絵に描いた母親の顔を見せられたって、意味がないだろ?」

「だが、母親を今すぐ、この場所に連れてくることはできない」


 牧場主は、「はあ?」と大きく首をかたむけると、赤い服の宇宙人に向かって大声で言う。


「別に連れて来なくたっていいよ! 本当に連れて来られても困るだろ? ――やあやあ、赤い服の宇宙人のお母さん。ようこそ地球へっ! ――って、この俺がお前の母ちゃん相手にウェルカムムードをかもし出せるかよっ!」


 怒りながらそんな小芝居をひとりで演じる牧場主。

 それから彼は、赤い服の宇宙人に尋ねる。


「しかし、床の絵が母親の似顔絵というのなら、どうしてお前はその絵に唾なんか吐くんだよ? 母ちゃんが可哀相だろ?」

「これは、我々の星では愛情表現なのです」

「はあ?」


 戸惑う牧場主に向かって、赤い服の宇宙人は説明を続ける。


「地球人よ。故事ことわざを利用して簡単に説明してしまえば、『桃栗三年、地面に描いた母親の似顔絵に唾を吐き八年です』」

「んっ……わからん。どういう意味だ?」


 牧場主は、まったく理解できずに首をひねる。

 赤い服の宇宙人はさらに説明を続けた。


「つまり、その道の名人や達人と言われるような人は、どんな名人でも毎食毎食、母親から桃と栗だけを三年間与え続けられたら、八年後、ふとした瞬間に母親の似顔絵に唾を吐いて、筆を選びません」

「ますますわからんぞ。お前は何を言っている?」


 牧場主はさらに首をひねった。


「まあとにかく、地球人。こちらだってすぐに嘘だと打ち明けたわけですし、母親の似顔絵も床に描いた。だから……おい! おいおい! もうそんなに怒らなくてもいいだろっ!」


 赤い服の宇宙人は、話の途中から急に大きな声を出した。


「はあ? なんだよ、急に口調を強めやがって! 駄目だ。お前は何もわかっていない。許せないぞ、この嘘つきめっ!」

「く、くそっ! ちょっと嘘をついただけなのに! このクソ地球人っ! たまたま私にアブダクション(誘拐)されたからって、いい気になりやがって!」


 それまでずっと我慢していた赤い服の宇宙人も完全に怒り、両目からオレンジ色のくやし涙を流す。

 そして、右足で激しくタップを踏み、左足から低脂肪牛乳のような匂いを撒き散らすと、牧場主に向かって顔をぐぐぐっと近づけた。


「なんだ、その態度は! このクソ宇宙人! 顔を俺にこんなに近づけやがって! くちびるでも奪うつもりか? そもそも、お前が俺に嘘をつくからいけないんだろ?」


 怒れる牧場主も退く様子はない。

 オレンジ色の涙には、さすがに彼も少しだけひるんだ。

 だが、右足のタップの音はうるさいだけで気にしなければ特に害はなかったし、低脂肪牛乳なら毎朝飲んでいるので、左足から放たれる匂いは、朝の食卓を思い出すだけだった。


「だから、地球人! こっちだってすぐに嘘だと告白したじゃないかっ!」

「そのちょっとの嘘が、俺は嫌だったんだよ!」

「クソが……アブダクション(誘拐)したついでに、ほんの少しからかっただけなのに……。地球人よ……どうしてお前はそんなに怒るんだ?」


 そう訊かれて牧場主は、「それは……」と口ごもる。

 赤い服の宇宙人は、ごくりと唾を飲み込むと緊張した様子で、


「それは?」


 と牧場主に訊き返した。

 牧場主は突然、二カっと笑いながらこう言う。


「それは、俺が宇宙人の怒った顔を見たいと思ったからだ」

「なっ……!?」

「なあ、赤い服の宇宙人よ。お前は、地球人の驚く顔が見たいと思ったから、俺に『二年半も眠り続けていた』なんて、あんな嘘をついたんだろ?」


 指摘されたことが正しかったので、赤い服の宇宙人はこくりとうなずく。


「ああ」

「じゃあ、俺が宇宙人の怒った顔を見たいと思って、お前をほんのちょっとからかって怒らせたことぐらい許せよな。俺のとったこの行動は本質的には、お前のとった行動と同じなんだからさ」


 そう言われて赤い服の宇宙人は、一歩、二歩と後ずさりする。


「……ふう。まあ、そりゃそうだ。こりゃあ、地球人に一本取られたぜ」


 赤い服の宇宙人は、降伏だといわんばかりに、左足の先から牛乳のような白い液体を噴水状に撒き散らしはじめた。


 ウミガメほどのサイズのお掃除ロボットが二台、どこからともなくやってきて床に撒かれた白い液体を綺麗に吸い取っていく。


「わははっ」と牧場主は笑った。

「あははっ」と赤い服の宇宙人も笑った。



   ≫ ≫ ≫



 放課後のジャーナリズム研究会の部室には、「うーん……」といううなり声が静かに響いていた。

 僕が『愛名女子学園・中等部』の文化祭実行委員長・大曽根みどり子のブログを読みながら、頭を抱えていたからだ。


「……な、なんなんだ……この話……!?」


 ノートパソコンを前にして僕は、そんな戸惑いの声をあげる。

 向かいの席に座って文庫本を静かに読んでいたキーナが尋ねてきた。


「どうしたッスか、冬市郎くん」

「いや……みどり子のブログを読んでいたんだけど……」


 僕の言葉を耳にした瞬間、キーナの表情が曇った。

 昔食べたマズイ料理の味でも思い出しているかのような表情で、彼女はこう宣言する。


「うっ……。自分はあのクソブログは、もう絶対に読まないッスよ」

「ああ、わかっているよ。だからキーナを誘わずに、僕はこうしてパソコンの前でひとりで踏ん張っているんだ」


 僕は静かに両目を閉じて、ほんの小さくうなずく。


「そ、そうスか。とにかく冬市郎くんが、さっきから四日目の便秘みたいな顔で唸りながらパソコンを見つめていた理由が、ようやくわかったッス」

「僕……そんなに酷い顏していたのか……」


 キーナからそんな指摘をされて、みどり子のブログとの精神的な戦いの激しさを僕は改めて実感した。

 ポニーテールの少女は、僕に尋ねる。


「あの委員長さんは、確かクソブログを大量に生産しているんスよね?」

「ああ。ブログを書きまくることが、みどり子の趣味らしいからな。これと似たようなブログを、ネット上にゴロゴロ生産しているみたいだ」

「うっ……。まるで、ネット上にクソブログを出荷し続ける農場ッスね……。あの委員長さん、クソブログ農場主ファーマーッス」


 そう言うとキーナは、ポニーテールを左右に踊らせながらブルブルと身体を震わせる。

 僕の方は、「クソブログ農場主ファーマー……」と、キーナの言葉を小声で繰り返したのだった。

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