第6章 女子中等部再訪

055 第6章 女子中等部再訪

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《ボクが考えた宇宙人目撃ファイル》


▼ ファイルナンバー 2

『アブダクション』


 一九九二年六月。

 南米のとある牧場にて。


 深夜のことだ。

 家畜小屋のヒツジたちが妙に騒ぐので、牧場主は様子を見にいこうと母屋おもやから飛び出した。

 すると、空がなんだかいつもより青白く輝いている。


「ああ……これはアレだ……。五年ほど前にもあった例のアレだ……」


 ひとりそうつぶやくと、牧場主は急いで家畜小屋へ駆けつけた。

 それから、『散水用のゴムホース』を出来るだけ目立つ場所に配置すると、自身は慌てて物陰に隠れる。


 やがて――。

 葉巻型のUFOがやって来た。

 大きさは前回のものよりも、ひとまわり大きい。


 そして着陸した場所。

 そこは、前回のUFOが着陸したのとまったく同じ場所だった。


「ああ……あの場所は……最近ようやく、ちらほらと草が生えるようになったのに……」


 前回やって来たUFOの着陸場所は、草がすっかり枯れ、三年以上不毛の土地となっていた。

 それが最近、ようやく回復のきざしを見せていたのである。

 それなのに今回――。

 UFOが再び同じ場所に着陸してしまったので、牧場主はがっかりしたのだった。




 やがて、UFOから二人の宇宙人が降りてきた。

 前回やってきた宇宙人たちよりも小柄。身長はどちらも一五〇センチ前後といったところ。

 一人は『赤色の宇宙服』を、もう一人は『白色の宇宙服』を身につけていた。


 二人の宇宙人は、なにやら陽気な様子で会話をしながら家畜小屋に近づいてくる。

 そして、目立つよう置かれていたゴムホースにすぐ気がついた。


 さっそく赤い服の宇宙人が、ゴムホースをまたで挟んだ。

 それから、太腿ふとももを前後にこすり合わせるように動かす。


 赤い服の宇宙人は、そうやってゴムホースをむように動かしながら、酔っぱらったビクーニャ(※注 ラクダ科の草食性哺乳類ほにゅうるい)のような鳴き声を上げ続けた。


 一方で白い服の宇宙人は、赤い服の宇宙人の隣で時間を潰しているようだった。

 手持無沙汰な様子で、右足でハードなタップを踏んでは、地面をリズミカルに打ち鳴らす。――と同時に、左足の方を器用に動かして、地面の土の上に絵を描くという妙技みょうぎを見せた。


 土の上で踏まれる右足のタップ。しかし、その音は金属と金属を叩き合せたような響きだったので、牧場主は不思議に思ったようだ。


 やがて地面に描かれたのは、宇宙人の女性らしき似顔絵だった。

 白い服の宇宙人は最後に、似顔絵の脇に左足で、


『MY MOTHER』


 と地球の言語である英語を使用して書き込む。

 そして、その絵の上に「ぺっ」と緑色の唾を吐いた。


 そんな宇宙人たちを物陰から見守っていた牧場主だったが、ある異変に気がつく。

 絵を描き終えた白い服の宇宙人の左足の先から、甘いミルクのような匂いが漂いはじめていたのだ。


 牧場主は、


「おい、なんだかミルクみたいな匂いがしねえか?」


 と誰かに話したかった。

 だが生憎あいにく、一人でいたので彼に話をする相手はいなかった。


 ちなみに牧場主は、昼も夜も基本的に一人で過ごすことが多いので、そんなことは慣れっこだった。




 しばらくすると赤い服の宇宙人は、股に挟んでいたゴムホースを白い服の宇宙人へと手渡した。

 白い服の宇宙人は迷うことなく当然のように、勢いよくゴムホースの臭いをいだ。

 その刹那――意識を失い倒れる。


 そんな事態を目にしていた牧場主は、慌てた様子で物陰から飛び出した。


 突然現れた地球人の姿を目にして、赤い服を着た宇宙人は驚き腰を抜かしたようで、その場にへたり込む。

 そして赤い服の宇宙人の左足の先からは、甘いフルーツ牛乳のような匂いが漂いはじめた。

 もしかするとその宇宙人は、危険な場面に遭遇すると、足から甘い匂いを発する習性があるのかもしれない。


 だが、牧場主は甘い匂いなど気にしなかった。

 彼は床に転がったゴムホースを急いで拾い上げると、その臭いを嗅ぐ。

 その刹那――意識を失い、白い宇宙人の隣に倒れたのだった。




 やがて――。

 気を失っていた牧場主が目を覚ますと、そこはUFOの内部だった。

 彼はアブダクション(誘拐)されたのである。


 牧場主は、なにやら光る台の上に寝かされていた。

 ふと、彼が隣の台を見ると、ゴムホースを嗅いで倒れた白い服の宇宙人もそこに寝かされている。だが、まだ意識を取り戻していないようだった。


 牧場主が目覚めたことに気がついたのか、光る台のそばにいた赤い服の宇宙人は、彼の顔をのぞき込むとこう言った。


「ようやく起きたのか、地球人……。お前はあれから二年半もの間、眠り続けていた」

「えっ!? なんだって?」


 二年半という時の流れに牧場主が驚くと、赤い服の宇宙人は話を続ける。


「――と言うのは、俺が着ているこの服のように真っ赤な嘘だ。安心しろ。眠っていたのは、ほんの三〇分程度だ」


 嘘をつかれた牧場主は、相当頭にきたようだった。

 光る台の上で上半身を起こすと、発情期にメスに振られたオスのビクーニャのように鼻息を荒げ、赤い服の宇宙人を睨みつける。


「やい、赤い服の宇宙人っ! どうして嘘をついたっ! ビックリしたじゃないかっ!」


 言われた宇宙人は、少し肩をすくめて答える。


「ち、地球人の驚く顔が見たいと思ったんだ……。嘘をついたのは、ほんのちょっとしたイタズラさ」


 しかし、牧場主の険しい表情はまったくほぐれない。


「おい、赤い服の宇宙人! お前は驚く顔が見たいと、いちいち人に対して嘘をつくのか?」

「まあ、そういうときもある」

「でも、嘘はいけないだろ?」

「いやいや、地球人。こんなの可愛い嘘じゃないか」

「全然可愛くないっ! ない! ない!」


 牧場主は顔を真っ赤にしながら、ほっぺたを膨らませた。


 思いのほか地球人から怒られた赤い服の宇宙人は、左足の先からこっそりとココナッツミルクのような匂いを漂わせる。


 リラックス効果のありそうな甘い香り。

 赤い服の宇宙人はその匂いで、自分をなぐさめると同時に、目の前の怒れる地球人をさりげなく落ち着かせようとしていたのだ。


 だが牧場主は、日頃から『ココナッツカレーは邪道』と偏見を抱いており、そのことで学生時代にクラスメイトと、つまらないケンカをしたことがあった。

 それでココナッツミルク自体にあまり良い印象を抱いていなかったので、彼がその匂いを嗅いでリラックスすることはなかったのだ。

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