第5章 中二病喫茶の接客テスト

047 第5章 中二病喫茶の接客テスト

 愛名あいめい女子中等部で集めたオレンジ色の小箱――アイメイボックス。

 キーナはそれらを六つすべて僕に渡すと、中二病喫茶『ブラックエリクサー』から去っていった。

 彼女は、『瀬戸灰音せと・はいねと接触する前に、さっさと店から消えてしまおう』と、考えたようだ。


「キーナ、スグニ帰ッタナ」と右足の裏が言った。

「キーナ……結局、何モ注文シナカッタ」と左足の裏が続ける。


 足の裏たちの甲高い声を耳にしながら、僕は立ち上がった。『異世界からこちらの世界に迷い込んだ女戦士・金城きんじょう』の元へと向かうのである。

 客としてやって来たキーナが、注文もせずに店から出ていった。だからそのワケを接客をしてくれた金城さんに、きちんと説明する必要があったのだ。


 女戦士は腰から下げた戦斧トマホークに手をかけながら、僕の話に耳を傾けてくれた。

 注文もせずに帰ってしまった客が、自分の友人であることを僕は説明する。


 金城さんの西洋ファンタジー風の鎧が時折ときおり、カチャカチャと音を立てた。

 やがて、僕の説明に納得したのか、女戦士はツーサイドアップにした桃色髪を揺らし、その童顔に優しい笑みを浮かべてくれた。




 説明を終えて、再び元のテーブルにつくと、ほどなくして店の奥から灰音が戻ってきた。


「冬市郎よ、待たせたのぉ」


 おかっぱ頭を弾ませながら、銀髪の美少女は愛らしく微笑む。

 まるで、恋人にでも向けられているかのような灰音の柔和にゅうわな笑顔。

 僕は少しドキッとしてしまう。


 灰音が身につけている衣服なのだが、愛名高校のブレザー制服ではなくなっていた。


『改造和服』


 ――と、でもいうのだろうか。

 赤い着物を、ところどころ洋風に改造したようなものを、彼女は身につけていた。


 上半身は、おおむね和装。

 下半身は、ひらひらのミニスカートのような姿。

 あいかわらず左手には、革製の黒いオープンフィンガーグローブ(OFG)を装着している。


「えっと……灰音、その格好は!?」


 ほんの少し前まで彼女は、店長である僕の姉・印場美冬いんば・みふゆのテストを受けていた。『中二病』として認めてもらうためのテストである。

 灰音は、この店で『中二病ウェイトレス』として働くために、店の奥でそんなものを受けていたわけだ。

 それでテストの際に自分の勝負服である、その赤い改造和服に着替えたのだろう。

 普段からトランクの中に入れて持ち歩いている衣装らしい。


 少女の美しき変貌へんぼうを目にして、気がつけば僕は椅子から立ち上がっていた。

 思わず立ち上がってしまうほどの非日常的な美しさが、僕の目の前にあったからだ。


 一見すると珍妙な灰音のその姿。

 しかし不思議なのは、見れば見るほど、『銀髪の美少女』と『色鮮やかな赤い改造和服』とが、素晴らしく調和しているような気がしてくることだ。


 僕はいつの間にか、呼吸することすら忘れる。

 それほどまでに、彼女の姿に見とれていた。


 ――やはりこの子は、本物の美少女なのだ!


 改めて、そう認識させられた。


「ん? 冬市郎よ。やはり、わらわのこの衣装が気になるのか?」


 そう口にすると灰音は、笑顔のままその場でくるりと一回転した。

 もちろんそれは、ファッションモデルのような洗練されたターンではない。少女がたわむれに、くるっと回ったといった感じの、ほんの無邪気な動作。


 動きにあわせて、光沢のある銀髪が軽やかに舞い、柑橘かんきつ系の甘い香りが周囲に散った。

 赤い衣服に包まれた灰音の大きな両胸。それが、今にもこぼれ落ちそうな勢いで踊る。

 下半身では、ミニスカートのような部分がひらひらと広がり、ほんの一瞬だけ下着が見えそうになった。


 もちろん、それをのぞこうという気持ちは、さらさらない。

 しかし男としての本能が、僕の視線をついつい少女のスカートへと向かわせる。


 ――だが。

 ギリギリのところで見えない。

 見えてもおかしくなさそうなのに、やっぱり見えない。


 これは……ひょっとしてパンツを、はいてないんじゃないの?

 どうなの? どうなの?


 心の中でそう思いながら僕は、アゴの下に手を当てて「うーん」と小声でうなった。

 灰音は、笑顔で話を続ける。


「ふふふ。冬市郎よ、この格好に興味津々きょうみしんしんのようだのぉ」

「あ……ああ」

「ふむ。まあ、この赤い衣装は、紅叢雲べにむらくもの戦闘服だからのぉ。無理もなかろう」

「えっ、戦闘服?」


 そう言いながら僕は、スカートからさりげなく視線を外すと、胸の前で腕組みをして衣装全体をじっくりと眺め直した。


 ほう……。

 こんな露出度の高い衣装が戦闘服とは……。


「灰音、すばらしい戦闘服だね」

「ふむ。当時『紅叢雲』と名乗っておったわらわはな、この格好でおぬし――つまり、時雨風月しぐれふうげつと共に戦っておったのだぞ」


 灰音はそう言うと、僕の顔を覗き込んできた。

 大きくて真っ黒な瞳が、キョロキョロと僕の顔を眺めると、彼女は話を続ける。


「むう……。しかし冬市郎よ。その様子では、やはり昔のことは覚えておらぬのか?」

「お、おぉ……。ご、ごめん」


 すぐ目の前に迫った美少女の顔に緊張しつつ、僕は出来るだけ申し訳なさそうな表情を作ってそう答えた。

 灰音にとっては残念なことだろうが、銀髪美少女の少しエッチな衣装を目にしても、やはり僕の脳裏に『前世の記憶』が蘇ることはなかったのである。

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