044 高校ではじめて出来た友達

 やがて、脳内でのシミュレーションが終わったのか、キーナが勢いよく口を開く。


「い、印場くん!」

「は、はい!」


 少女の勢いに押されて、なんだか大きな声で返事をしてしまう。

 そして僕は、顏をややこわばらせ、続くキーナからの言葉に備えた。


 ポニーテールの少女は足を止めることなく、隣を歩く僕に向かって話を続ける。


「さて、問題ッス」

「へっ? 問題?」

「はい、問題ッスよ。さっき印場くんも、唐突とうとつにクイズを出したッス」


 僕が、「そっ、そうだね……」と弱々しくうなずくと、キーナは右手の人差し指をピンと立ててこう言った。


「では、問題。この高校生活を普通に過ごしていれば、印場くんはきっと友達を作ることが出来たッスよね。でも、その機会を印場くんから奪ってしまった人がいるッス。それは一体誰ッスか?」

「うーん……。普通に過ごしていて僕に友達が出来たかどうかはわからないけれど……でも、もしその機会を奪った人間がいるのだとしたら、それは間違いなく僕自身だよ」


 僕はそう答える。

 迷いの無い回答――例の事件に関して、すでに何千何万回と繰り返した自問自答の末に、僕が導き出した答えである。


 しかしキーナは、眉間に小さなシワを、むむむっと寄せると首を横に振った。


「NO! NO! ノぉーッスよ、印場くん!」

「んっ?」

「正解は、この自分――栄町樹衣菜ッス! 『この高校で友達を作る機会』を印場くんから奪ったのは、間違いなくこの自分ッスよ!」


 今度は僕が、首を横にぶんぶん振りながら否定する。


「いや、いやいやいやいや。だから前も言ったけど、あれは栄町さんのせいなんかじゃないって」

「NO! ノぉーッス! 印場くんは、この栄町樹衣菜のせいで今現在、教室で孤立しているんスよ!」


 聞く耳を持たない様子の少女。

 僕と同様、彼女もまた彼女なりに、事件に関しての答えを導き出しているのだ。

 しかし、おそらく数えきれないほどの自問自答を繰り返した末に、キーナがたどりついた結論は、僕のそれとは異なるものだった。


 旧校舎に向かって歩きながら、ポニーテールの少女は話を続ける。


「自分はそんな『教室でひとりぼっちの印場くん』を目にするたびに、ただただ申し訳なくて……」


 それを聞いて僕は、「栄町さん……」と、沈んだ声でつぶやいた。

 するとすぐにキーナは、「ふんす」と鼻息を荒げてこう言う。


「そこで自分は考えたッス!」

「……へっ? い、いったい何を?」

「この原因を作った自分が、印場くんに少しでもつぐないをするには、一体どうすればいいのかを考えたんスよ!」

「僕に償いを?」


 キーナは、「はいッス」と言いながらこくりとうなずく。

 それから、自身のこぶしを、ぐぐぐっと握りしめて話を続ける。


「けれど、こんなちっぽけな自分に出来る償いなんて、ごくごく限られているッス。でも……それでも自分に出来ることを考えて……。それでせめて、『高校に友人がひとりもいない孤独な印場くんの友人に、この自分がなろう』って……そう決めたんスよ」

「えっ? 栄町さんが……僕の友人に?」


 少女はうなずく。

 そして、栗色のその両目を細めて微笑む。


「はいッス。それも、印場くんが気楽に接することのできる『男友達』になろうと、自分は考えたんスよ」

「はっ!? 男友達になる? 女の子の栄町さんが……僕の男友達になるの!?」

「ふふふっ……印場くん。それもただの男友達じゃないッスよ! 『子分ポジション』の男友達ってやつッス! だから自分はしゃべり方を、この『ス』を付ける『子分っぽい男友達のしゃべり方』に変更したんスよ」


 彼女のそんな話を聞いて、僕は頭を抱えた。


「うっ……。栄町さんがそんなしゃべり方になった理由が、ようやく少しだけ理解出来た気がする……けど……」


 動揺する僕のことなどお構いなしに、キーナはどこか嬉しそうに話を続ける。


「ふふっ。自分は、印場くんから命令されれば、授業中だろうとジュースでも焼きそばパンでも走って買いに行くッスよ! それで印場くんが、少しでも喜んでくれたらいいんスけど」


 そう言われた僕だが、もちろん素直に笑顔は浮かべられない。

 キーナをこんな結論へと導いてしまったあの事件に対しての苛立ち。それが、僕の顔を曇らせていたのだ。

 一方でキーナは、そんな僕の表情を目にして首をかしげる。


「んっ? 印場くんは、この『ス』を付けるしゃべり方は気に入らないッスか? もしかして変えた方がいいスかね? 他には『ヤンス』とか『ゲス』とか、そんな候補もあったんスけど」

「いや、そういうわけじゃないんだけど…………って、他にそんな候補もあったんだ……」

「まあ、『ス』と最後の最後まで争っていたのは『ガス』っすかね」

「えっ、ガス?」


 ポニーテールの少女は、コホンっと咳払いをしてから、少し芝居じみた調子でこう言う。


「おや、印場くん、こんにちはでガス。自分、栄町樹衣菜でガス。良い天気でガスね。今日はどこかにお出かけでガスか?」

「…………」


 僕は言葉が出なかった。

 キーナは、話を続ける。


「――っと、まあ、こんな感じになるんスけど、どうスか? 個人的には、ちょっと『力持ちキャラ』っぽいイメージになるかなって思うんスけど。敵との戦闘になると、とりあえず無意味に岩を持ち上げて待機しているような、そんな少し頭の弱い下っ端キャラっすかね? もし印場くんがこっちの方がいいのなら、今日から自分、身体の方を鍛えはじめるでガス」


 さすがに僕も、何か言わなくては、と思い答えた。


「い、いや……『ガス』よりは、まだ『ス』の方がいい……かな?」

「そうスか。実はいろんな資料に当たって『子分っぽい男友達のしゃべり方』を研究したんスけど、やっぱり『ス』が無難ッスよね」

「いろんな資料って……いったい何を参考にしたの?」

「それはそれは様々なものッスよ。まあ主に、漫画・アニメ・小説・ゲームなどッスかね」

「様々なものを参考にした末に、たどり着いたのが、その『ス』なのかぁ……」


 ポニーテールを揺らしながらキーナはこくりとうなずく。


「はいッス。というわけで、印場くん。もしよろしければ、こんな自分を『子分っぽい男友達』として、これからもおそばに置いてくださいませんスか?」

「ああ、うん。もちろん、友達として僕のそばにいてくれるのはすごく嬉しいよ。はじめて高校で友達が出来たわけだし……」

「やったッス!」


 少女は満面の笑みを浮かべ、嬉しそうに話を続ける。


「ちなみに自分も、印場くんがこの高校ではじめて出来た友達なんスよ! お互いはじめて同士ッスね!」

「お、おう……」

「さて、友達となったからにはッスね……『冬市郎くん』と、下の名前で呼んでもいいッスか?」

「ああ、うん。じゃあ僕は……き、キーナさん」


 キーナは首を横に振る。


「いや、冬市郎くんは、自分のことを呼び捨てにしてくれて構わないッス。ぜひ、『キーナ』とお呼びくださいッス」

「じゃ……じゃあ、キーナ……」

「はいッス、冬市郎くん!」


 こうして、どこかいびつな友人関係を、僕とキーナは成立させた。

 高校入学当初の僕は、まさか自分に『子分っぽい男友達のような女友達』が出来るなど、想像もしていなかった。

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