034 例のアレ
この先も、『女子中等部で起きた事故』を話題にすれば……。
僕はきっと、魂を削られ続けることだろう。
そんな気がしたので、とにかく話題を変えようと、僕はキーナに尋ねる。
「そ、それよりもキーナ」
「なんスか」
「どうしてわざわざ、顔を隠して店に来たんだよ。マスクと帽子で、見た目が完全に不審者だったぜ?」
キーナは、ゆっくりと首を横に振った。
それからポニーテールを左右に踊らせながら、こう答える。
「そりゃあ、自分は瀬戸灰音と知り合いになんかなりたくないからッスよ。彼女に顔を見られたくなかったんス」
「はっ?」
「だって、あの人と関わると、何か色々と面倒臭そうじゃないスか」
彼女のその答えに、僕は納得がいかなかった。
「それなら、そもそも店に来なけりゃいいじゃないか。今日、中等部での用事が終わった後、僕が灰音を店につれていくってことは、キーナにも事前に話しておいたはずだぜ?」
「それはまあ、そうなんスけど……」
「じゃあ、どうして?」
「そのぉ……冬市郎くんが瀬戸灰音と会うときに、『例のアレ』を持っていた方がいいかなあって思ったんスよ」
「んっ? 例のアレ?」
例のアレとは、なんだろうか?
心当たりがなくて、僕は首をかしげた。
一方でキーナは、テーブルから少しずつ後ずさりしながらこう言った。
「はい、例のアレっすよ。お忘れッスか? 今、ちょっと持ってくるッスね」
キーナはそう言うと、僕にくるりと背中を向ける。
それから窓際にある自分のテーブルへ引き返すと、入店時に手にしていた黒革のトランクを抱えて再び戻ってきた。
「なあ、キーナ。どうしてトランク?」
「特に深い意味はないッスよ」
「そうなんだ」
「はい。ただ、どこかの誰かさんがトランクを目にしたら、ちょっとぐらい動揺してくれるんじゃないかな、と思って持ってきただけッス」
そしてキーナは、イタズラっぽく微笑んだ。
僕はビクッと身体を震わせる。
「うっ……。ただ僕を少し動揺させるためだけに、わざわざトランクを用意してくるとは……」
そうつぶやくと僕は、続いてキーナに尋ねた。
「そ……それで、キーナ。例のアレって?」
「これッスよ。せっかくだから、冬市郎くんに渡しておこうと思ったッス」
キーナは、テーブルの上にトランクを乗せて開く。
中にはオレンジ色の小箱が入っていた。小箱のサイズは、僕の握りこぶしよりも、ひと回りほど小さいだろうか。
そんな小さな箱が六つ、トランクに入っていたのである。
そして、すべての小箱の上部には、『赤い三日月』マークが四つずつ描かれていた。
四つの赤い三日月が描かれたそんな箱を目にして、すぐに僕はスマホで見たあの画像を思い出す。
灰音から送られてきた『アイメイボックス』と呼ばれる箱の画像である。
目の前の小箱たちは、「余力があれば集めるように」と、銀髪の少女から言われていた箱と同じもののように思えた。
「キーナ……これ、アイメイボックスってやつじゃないか!? いったいどうして?」
「ふふーん。冬市郎くんが委員長さんと一緒に『クソブログ』を読んでいる間に、中等部の校舎をウロウロしながら見つけておいたッス」
「ええっ!? こんな小さな箱を、あの短時間で六つも見つけたのか!?」
キーナは微笑みながら、こくりとうなずく。
先ほどまではずっと、イライラした気持ちを全身から
だが今は――。
なんだかんだ言っても、唯一の友人であるこの僕の役に立てたことが、やはり嬉しいといった雰囲気である。
優しげな表情を浮かべながら、キーナは話を続けた。
「その箱なら、見つけるのは簡単だったッスよ」
「えっ……?」
「うーん……。どうやら自分には、この箱を探す才能があるみたいッスね」
キーナは胸の前で両腕を組んで、こくりこくりとうなずいた。
彼女の背後では、黒髪のポニーテールが「そうだそうだ」といった感じで弾んで揺れている。
少女のそんな様子に、僕は苦笑いを浮かべた。
「いやいや、才能って……」
「んっ? ひょっとして冬市郎くん……信じていないんスか?」
キーナは両目を細め、非難するような視線をやんわりと僕に浴びせてきた。
すでに心が縮み上がっていた僕は、もうこれ以上彼女から責められてはたまらないなと思い、無理やり微笑む。
「あ、あはは……。ま、まあ、とにかく箱を集めてくれてありがとう、キーナ。このアイメイボックスは、後で灰音に渡しておくよ」
「いいってことッスよ。自分と冬市郎くんは、なんだかんだ言っても『高校で唯一の友人同士』なんスからね。お互い、他に友人は一人もいないんスから」
「ああ……うん」
「うんうん。友人同士、時には色々と腹が立ってギスギスすることだってあるッスよ。けれどやっぱり、お互い助け合うことを忘れてはいけないッス」
キーナは、うなずきながらそう言うと、僕の肩をポンポンと叩いた。
それから彼女は、さらに話を続ける。
「いいですか、冬市郎くん。自分たちのこの関係は、何があっても大切にしていかなくてはいけないものッスよ」
僕との『友人関係』を、妙に強調するポニーテールの少女。
もちろん僕も、彼女のその主張には同意する。
僕だってキーナと同様、高校に彼女以外の友人はいないのだ。だから当然、キーナとのこの友人関係を、何よりも大切にしている。
「ああ、うん。わかっているよ。僕とキーナは、高校で唯一の友人同士なんだから。この先もずっと二人で助け合っていかなくちゃ……」
そう口にしながら僕は、ふと一年前のことを思い出した。
高校でキーナと友人になれたこと。
それは僕にとって、愛名高校に入学して唯一良かったと思えることだ。
けれどもしも……。
一年前のあの日――。
あんなトラブルに巻き込まれていなければ、僕たちが友人同士になるようなことはなかったのかもしれない。
僕もキーナもきっと今頃は、もっと違った感じの高校生活を送っていたのではないだろうか……。
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