024 本物の中二病を、ちゃんと店に連れて来た!

 興奮したみどり子と床で揉み合った後、僕はなんとか彼女を落ち着かせる。

 その後、逃げるようにして女子中等部を後にした。


 そして今、高校近くにある例の神社の前にいた。

 はじめて灰音と言葉を交わした、あの神社である。


 周囲はすでに薄暗くなっており、頼りなさげな街灯の光が、ぼんやりと道を照らしはじめていた。

 左手でスマホを握りしめて、僕は一人でっ立っている。

 先に中等部から出ていったキーナとは、どうしても連絡がつけられなかった。

 もちろん、みどり子と床で揉み合っていた件に関して、まだキーナの誤解を解くことは出来ていない。


 僕はキーナのことを考えながら右手で、首のチョーカーをいじった。

 その手には、指ぬきの黒い革手袋『OFG』が装着されている。


 ため息が、「はあ……」と、ひとりでに出てきた。

 すると僕の耳に、なにやら聞き覚えのある少女の声が届く。


「おぬし、わらわを呼び出しておいて、ため息をつくとはどういうつもりかのぉ?」

「ん!?」


 顔を上げると、そこには銀髪おかっぱ頭の美少女が、ムスっとした表情で「ふんす」と胸を反らし立っていた。


 美の神に愛されたような、恵まれた大きな胸とスタイルの良い長身。

 愛名高校のブレザー制服を身につけ、左手には僕とおそろいのOFGを装着。

 そして右手には、通学用の革トランクを持っている。


 中等部での出来事を報告するために、彼女をここに呼び出したのは僕だ。

 それなのに、驚きの声をあげてしまう。


「わっ! 灰音!」

「ふむ。いかにも。会うなりため息をつかれた相手、瀬戸灰音せと・はいねだ」


 そう言いながら少女は、黒々とした大きな瞳で、僕をキッと見つめてくる。

 刺すような抗議の視線だ。

 そんなものを受けつつ、僕はモゴモゴと歯切れの悪いしゃべり方で、言い訳をする。


「うっ……。い、いや、今のため息は……そのぉ、ち、違うんだよ。ちょっと友達と色々あってさ……」

「そうか。わらわを目にして、ため息をついたわけではないのだな?」

「は、はい……」

「ふむ。ならばよし」


 銀髪を揺らしながらこくりとうなずくと、彼女は続けて僕に問う。


「それで冬市郎よ。中等部に行き、大曽根おおぞねみどり子と接触してきたのか?」

「ああ、会って来たよ。まあ、そのおかげで――」


 続きを言いかけて、僕は思わずうつむく。

 キーナの誤解が解けていないことを、再び思い出したのだ。

 だが、そのことを灰音に愚痴ぐちったところで、何も意味はない。

 僕は一度「うほん」と咳払いをすると、苦々しく微笑みながら言った。


「と、とにかく、その報告は喫茶店まで歩きながらするよ。さあ、こっち」


 灰音を連れて僕は、自宅の喫茶店まで移動をはじめる。



   * * *



 女子中等部での出来事を色々と報告しながら、銀髪の少女と並んで街を歩き続けた。

 やがて僕たちは、喫茶店の前に到着する。


『中二病喫茶・ブラックエリクサー』


 そう書かれた派手な電飾看板が店先に設置されている。

 他にも銀色の鎖や十字架。アンティーク臭のするカンテラ。何かトゲトゲしたわけのわからないオブジェなどなど――。

 店の外観は、僕の姉が考えた『邪気眼系中二病グッズ』で、お祭り騒ぎのようにあふれかえっていた。


 灰音はそんな店構えをじっくり眺めるとうなずく。


「ふむっ、冬市郎よっ! なかなか雰囲気の良さそうな店ではないかっ!」


 銀髪とスカートを楽しげに弾ませる少女。

 灰音のその意外な反応に、僕はピタリと動きを止めた。


 ええっ!? この店構えを……褒めている?

 まさかこの子……僕の姉とチューニングが合ってしまいましたか……?


 そう思いながら苦笑いを浮かべる僕。

 少々戸惑いながら彼女に尋ねる。


「……そっ、そう? 雰囲気……いいかなぁ?」

「ふむ。個性的で大変よい」


 大きな胸を何度も揺らしながら、灰音はこくりこくりと、しきりにうなずいた。


『中二病喫茶・ブラックエリクサー』なのだが、三階建ての建物の一階部分に店舗がある。

 そして、二階と三階部分は、僕と姉が二人で暮らす居住スペースとなっているのだ。

 要するに店舗兼住宅というやつである。


「まあ、とりあえず中に入ろうか。僕の姉を紹介するからさ」


 僕は、店舗入り口のガラス扉を開く。

 カランコロンと、いつものどこかノーテンキなドアベルの音がした。

 それと共に、壁に掛けられたコウモリのオブジェが、赤い両目をひっそりと光らせる。だが、仕掛けが地味過ぎて、灰音はまったく気がつかない。

 僕もコウモリの目の光には一切触れずに、彼女を店内へと案内する。


「ささ。こっちだよ、灰音」


 そして、僕たちが店内に足を踏み入れたその刹那――。

 黒いゴスロリ服を身につけた姉・印場美冬いんば・みふゆが、茶色い巻き髪をふわりふわりと揺らしながらすぐに飛んで来た。

 いつも通り右目に白い眼帯をし、左腕を包帯でグルグル巻きにしている二十五歳の珍妙な成人女性である。


 こちらにやって来た姉と目が合った瞬間、僕は心の中で声を上げた。



 さあ、姉ちゃん!

 本物の中二病を、ちゃんと店に連れて来たぞっ!



 同時に僕は、「ふふーん」と鼻から息を出し、得意気な表情を浮かべた。

 しかし姉の方は、そんな僕の姿をさっと眺めると、小首をかしげてこう言う。


「えっ……あんた。何よ、その格好? ……ひょっとしてそれ、中二病のつもり?」

「……はあ?」


 と、思わず僕は、マヌケな声を出す。

 だが、すぐに気がついた。


 ああっ……しまった。

 灰音からもらった中二病グッズを、身につけたままじゃないかっ!


 学校で僕は、首にチョーカーを巻き、右手にはOFGをはめている。

 だが実は、姉の前で、それらを身につけたことは一度もなかったのだ。身内である彼女の前でだけは、中二病的な格好をする勇気が持てなかったのである。


 隠し続けてきた恥ずかしい姿。

 それを見られ、僕の全身が、ガタガタと震えはじめた。


 そんな弟の姿を、眼帯をしていない左目で、じーっと見つめ続ける姉。

 やがて観察し終えると、彼女はその左目を閉じ、首をゆっくりと横に振った。


「……うーん。冬市郎さあ……それじゃあ、なんか地味だわぁ」


 小馬鹿にしたような、その声の響き。

 完全に上から物を言っている雰囲気。


 姉は、声と同じくどこか小馬鹿にしたような視線を、こちらに向ける。

 そんな彼女の態度に、僕はややイラッとした。


「いや、姉ちゃん。地味か派手かは別にいいだろ?」

「どうしてよ?」

「だって、地味な格好の中二病だって当然いるんだからさあ」


 言い終わると僕は、ニヤリと不敵に微笑んだ。

 そして、嫌みったらしい感じの声音で、こう話を続ける。


「ああ、それとも普段ゴスロリ服を身につけている姉ちゃんは、ひょっとして派手なのが中二病である、って勘違いしているのかなぁ?」


 仕返しとばかりに、今度はこちらが、小馬鹿にしたような視線を向けてやった。

 姉は「うっ……」と、小さく後ずさりする。

 それから彼女は、その大きな胸の下でさっと両腕を組んで言う。


「ま、まあ……そういうあんただって、中二病の定義ってやつを、あまり正確には理解していないでしょ?」

「うっ……。べ、別に、僕は正確に理解していなくたっていいだろ? そもそも僕は、経営者じゃないんだし」


 僕は姉から、プイッと顔をそむけた。

 怒った姉は「キッ……」と小さく声を漏らすと、今度は僕の背後に立っている瀬戸灰音をジロジロと眺めはじめたようである。


 銀髪のおかっぱ頭に高校のブレザー制服。左手には僕とおそろいの黒革のOFGをはめ、右手にはこげ茶色のトランクを持つ。

 そんな、どこか奇妙な雰囲気の女子高生。

 だが、『美人・巨乳・スタイル抜群』である。


 姉は僕の肩をトントンと叩く。

 それから、眉間にシワを寄せ、険しい表情を浮かべて、僕の顔をのぞき込む。

 そして、普段よりも少し低い声でこう言った。


「ねえ、冬市郎……」

「ああ?」

「この独特な雰囲気の銀髪美少女ってさあ…………あんたの彼女?」


 僕は「ぶっ!?」と吹き出した。

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