013 南米の牧場に現れた二人組の宇宙人②

 キーナは胸の前で腕組みをすると、不満気に口をとがらせた。


「冬市郎くん。自分、まだ途中までしか読んでいないんスけど、このブログ、色々と首をかしげずにはいられないッスね……」

「まあ……ね。実は僕も、昨日の夜に一度さらっと目を通したとき、正直すげえ戸惑った……」


 鼻の頭を指で掻きながら、僕は苦笑いを浮かべた。


「ちなみにキーナは今、どこまで読んだ?」

「えっと……『背の低い方の宇宙人は、背の高い方の宇宙人からゴムホースを受け取ると、顔に近づけて、もう一度その臭いを嗅いだ』って、ところまでッス」

「ああ、そこまでか」

「はいッス」


 こくりとうなずくと、キーナはその栗色くりいろの瞳で、僕の顔をのぞき込んだ。


「ところで、冬市郎くん――」

「うん?」

「冬市郎くんは、ゴムホースを股で挟みたくなるッスか? この背の高い方の宇宙人みたいに」


 僕は首を横に振った。


「なっ……ならないけど……」


 僕がそう答えると、キーナは両目を閉じ、額に手を当てながら、ぼそぼそとこう言う。

 

「え、えっと…………冬市郎くんはそうなんスか。……なんかちょっと、残念ッス。……自分なんかは二ヵ月に一、二回はゴムホースを股で挟んでいるんスけどね……」

「はあっ!?」


 唐突な彼女の告白に、僕は口をあんぐりと開けて、戸惑いの声を上げた。

 しかし――。


「嘘ッスよ!」


 キーナは両目を開けてそう言うと、舌先をチロリと見せ、イタズラっぽく微笑んだ。

 それは、僕をからかうときによく見せる表情だった。


「冬市郎くん、嘘に決まっているじゃないスか。自分は『ゴムホースを股で挟まない系の女の子』ッスよ。よく覚えておいてください」

「……キーナ。そんな系統は無理して作らなくてもいいから……」


 僕はあきれて、そう言った。


「あはは。それで、冬市郎くん。ブログの内容に戻るッスけど――」

「うん」

「この『背の高い方の宇宙人が股で挟んだホースの臭いを、背の低い方の宇宙人が嗅ぐってエピソード』…………こりゃあ、いったいなんスか?」

「えっ? いや、僕に聞かれても……」


 僕がそう答えると、キーナは突然、椅子から立ち上がった。

 そして彼女は、隣に座る僕を上から見下ろして言った。


「冬市郎くんが自分に読ませたこのブログ……本当に何なんスか? はあ? 冬市郎くんは、いったいどういうつもりッスか? 自分は今、何を読まされているんスか!?」

「き、キーナ……?」


『ゴムホースを股で挟まない系の女の子』なんて、くだらない冗談を口にすることで、何とはなしにイライラを誤魔化ごまかそうと努めていたキーナ――。


 だがやはり、我慢できずに感情のダムが決壊したのだと思う。

 その怒りが完全に、表に姿を現したのだった。


「冬市郎くんっ! この栄町樹衣菜、どんなことをされても冬市郎くんに対しては、つねほとけで通しているつもりッス」

「お、おぉ……」

「でも、いよいよ本気で怒ればいいんスか?」

「いや、怒らないでよ、キーナ」


 僕は震える両手を前に突き出して、彼女をなだめようとした。

 だが、次の瞬間――。

 僕の右手にはめられたOFGが、キーナの視界に飛び込んだようだ。

 彼女は、きょをつかれたといった様子で吹き出した。


「ぷっ!」


 それからキーナは口元を押さえ、肩をヒクヒクと震わせながら、再び椅子に腰を下ろした。


「ふふっ……冗談ッスよ。冬市郎くんの右手の手袋、ものすごく似合っているッスね、ふふふっ」

「うっ……」

「それに首輪も似合っているッスよ。へへへっ、それはそれは、ますます教室で孤立しそうな格好ッス」


 キーナの言葉に、僕はチクリと胸が痛んだ。


「なあ、キーナ……やっぱりこの格好、気に入らないのか?」

「正直に言っていいのなら、止めてほしいッス」


 彼女はきっぱりと、そう口にした。


「やっぱりか……」

「はい。うそをついて瀬戸灰音を中二病喫茶に連れていこうとたくらんだのは、確かに間違いだったッスよ。その点は自分も片棒かたぼうかついでいるんで反省しているッス」

「う、うん」

「けど、自分の友人が、身につけたくもない手袋と首輪をしながら学園生活を送ろうとしているのは、見ていられないッスよ。己へのいましめのためとか、何もそこまでしなくてもいいんじゃないスか?」


 彼女の質問に僕は「ふう」と息を吐いた。

 それから、後頭部をポリポリ掻きながら話を続ける。


「まあ、そうなんだけどな。でもせめて、灰音から受けた潜入調査を達成するまでは、この恥ずかしい格好を続けようと思って……」


 キーナはしおれた花のように、しおしおとうつむいた。

 そして、老朽化ろうきゅうかした旧校舎の床に、いよいよ穴が開くかと思うほど、深く重いため息をつく。



「はあぁぁぁぁ…………」



 彼女のため息が終わると、その日何度目かの、居心地の悪い沈黙が訪れた。


 やがてキーナは顔を上げ、額にぺちんっと手を当てると、どこか捨てばちな印象の引きつった笑顔を浮かべた。


「あはは……。もう、勝手にするッスよ。友人として冬市郎くんの隣を歩くこっちの身にもなれってやつッス。いっしょに並んで街中を歩くことだってあるかもしれないのに……」

「キーナにまで恥ずかしい思いをさせてすまん……」


 僕は深々と頭を下げた。


「大丈夫、もうあきらめたッス」

「うっ……」

「では、気持ちを切り替えて、さっさとその潜入調査ってやつを済ませるッスよ。自分はこの珍妙なブログを読むことに何の意味があるのか、まるでわからないんスけどね」


 キーナはいに満ちた表情で、ノートパソコンの画面を眺めた。

 道端みちばたの生ゴミでも眺めさせられているかのような、そんな雰囲気で――。


「キーナ。さっき、おおよその説明をしたときに伝えたけど、このブログを書いている女子中学生が、灰音の因縁いんねんの相手なんだよ」

「因縁の相手ッスか」

「ああ。昨日、灰音と連絡先を交換してさ、その夜に彼女から、このブログのアドレスが送られてきたんだ」

「こんなブログのアドレスを送ってくるなんて、不幸の手紙を寄越よこすよりタチが悪いッスね」


 キーナは嫌悪感けんおかんむき出しといった感じで、口をとがらせた。

 僕は苦笑いを浮かべながら話を続ける。


「……ま、まあ、これから僕たちが相手をする女の子がどんな人間なのか、このブログを読んで事前に頭に入れておけってことなんだと思うよ」


 ポニーテールの少女は、小さく首をかしげた。


「瀬戸灰音の因縁の相手という子が、どんな人なのかは知らないスけど、まずどうして『宇宙人がゴムホースを股に挟む』という文章を、女子中学生がインターネット上に発表する必要があるんスかね?」

「さあ? この作者がブログに書いているのは、そういう宇宙人と遭遇したっていう目撃談だからなあ。それは目撃されたこの二人組の宇宙人が、実際にゴムホースを股で挟んでいたからブログに記した、としか――」


 キーナは人差し指を立てて、「ちっちっち」と舌を鳴らした。


「いや、冬市郎くん。だまされちゃいけないッスよ」

「えっ?」

「このブログのタイトルは《ボクが考えた宇宙人目撃ファイル》ッス。想像するに『宇宙人の目撃談』をこのブログの作者である『ボク』が、自分で考えたってことッスね」

「ああ……まあ、そうかもな」


 キーナの意見に、僕は小さくうなずく。


「冬市郎くん。この話に出てくる宇宙人も牧場主も、そもそもこの世には存在していないんスよ。要するにありもしない宇宙人の目撃談を、作者が自作して楽しんでいるってことッス。完全にフィクションなんスね」

「はあ……なんか頭痛いわ」


 そう言いながら僕は、ぺちんっと自身の額を叩いた。


「さあ、冬市郎くん。そういうことを踏まえた上で、このブログの続きを読むッスよ」


 横並びで座っていた僕たちは、お互い苦虫にがむしみ潰したような顔で、肩を寄せ合った。

 そして、ブログの続きを読もうと、再び一台のノートパソコンを二人でのぞき込んだのである。

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