014 南米の牧場に現れた二人組の宇宙人③
≪ ≪ ≪
ゴムホースを鼻に近づけた途端、背の低い方の宇宙人は地面に倒れた。
その様子を物陰から眺めていた牧場主。彼は、すっかり
『ああ……背の高い方の宇宙人が股に挟んだせいで、ゴムホースが臭くなっていたんだな。そのせいで倒れたんだ……』
やがて倒れていた背の低い方の宇宙人が、むくっと立ち上がった。
背の高い方の宇宙人は、そんな彼の肩を軽く叩く。
肩を叩かれた背の低い方の宇宙人は、どことなく照れ臭そうな様子だった。
彼は自分の頭のアンテナを右手で握ると、落ちていたゴムホースを左手で拾い上げ、そして股で挟んだ。
それから宇宙人たちは交互に、ゴムホースを股で挟みはじめる。
彼らは相変わらず、酔っぱらったビクーニャのような奇妙な声を発していたが、その声はまるで、幼い頃からの親友同士が、ふざけ合って笑っているかのようだった。
そんな二人を目にして牧場主は、一人つぶやく。
「あーあ、仲が良くてうらやましいな。ボクには友達がいないから、ああいうの、すごくうらやましい。ボクも、あんなふうに友達とゴムホースを股で挟み合って遊びたい。いっしょに馬鹿ができる友達がいるってのは、本当にうらやましいな。友達とワイワイ騒ぎながら、あんな意味のない行為をしてみたい。友達のいない女子校で、親や教師に決められたレールの上を進んでいって、お行儀よく生きていたって、あんまり楽しくないなぁ……」
そして数分後。
宇宙人たちは、家畜小屋のゴムホースをさんざん股で挟んで温めると、UFOの中へと戻っていった。
やがてUFOは、やって来たときと同じように、青白い閃光を放ちながら山の向こうへと飛び去っていく。
物陰に隠れていた牧場主はそれを見届けると、先ほどまで宇宙人たちが立っていた場所へと急いで駆けだした。
そして彼は、そこにぽつんと残されていたゴムホースを拾い上げ、股で挟む。
「まだ……温かい……」
牧場主は一人そうつぶやいた。
東の空に
いつもと同じ朝が、何食わぬ顔をして今日も牧場主を迎え入れるのだ。
やがて、太陽が大地を照らしはじめ、周囲がすっかり明るくなると、牧場主はある異変に気がついた。
驚いたことにUFOが着陸していた部分は、草がすっかり
――以後三年間、そこには草がまったく生えなかったという。
また、牧場主は自分が体験したこの出来事を、町の
すると彼には、その宇宙人の目撃談をきっかけにして、友達が二人できたようだった。
〈おしまい〉
≫ ≫ ≫
「ぁぁああー!? ああああっ!?」
いやそれは、椅子から立ち上がったキーナの
栗色の両目が、カッと見開いた。
死にかけの
「どっ、どうしたキーナ!?」
「冬市郎くんっ! これ、相当なクソブログっすよぉー!」
「く、クソブログ!?」
キーナは全力でうなずき、どこか叫ぶように話を続けた。
「はいッス! 背の低い方の宇宙人が臭くなったゴムホースのせいで倒れて、そのことについて牧場主の感想がはじまったッス! かと思うと、倒れた宇宙人自身も股でゴムホースを挟んだッス! そして結局、牧場主もゴムホースを股で挟んだッス! よって、クソブログっす!」
彼女の発言に、僕は顔を引きつらせた。
「……ま、まあ、ゴムホースを中心に内容をまとめると、そうなるよな」
「はい! ゴムホースが中心のクソブログっす!」
「うっ……でも、僕が思うにキーナは『ホースを股で挟む』って部分をちょっと気にし過ぎなんだよ。そこはサラッと読み流そう」
「無理ッスよぉ……」
キーナはとても不満そうに口をすぼめた。
まるで、何か
「キーナよ。これはおそらく、ちょっと変わった女子中学生が書いたブログだろう。年上のお兄さんお姉さんである僕たちが、広い心で受け止めてやらないと」
「それも無理ッス。自分が広い心で受け止めてあげられるのは、この世界で冬市郎くんだけッスから!」
「お、おお……」
おそらく僕の顔は、ポッと赤く
自身の
『不意にプロポーズを受けたときの、若き乙女のようなリアクション』を思い浮かべてもらえば、わかりやすいと思う。
ただし照れているのは乙女ではなく、自分の足の裏と会話をする暗い男だ。
一方でキーナは、アゴの下に手を当てながら
顔つきだけは、女子高生探偵が難題にぶつかったときのような、そんな雰囲気を
だが――。
彼女が頭の中で転がしていたのは、難解な事件などではなく、とある女子中学生がしたためたクソブログの内容だ。
「うーん、冬市郎くん。そもそも、この二人組の宇宙人は、いったい何をしに牧場にやってきたんスかね?」
「さ、さあ……? ゴムホースを股で挟みにきたのでは?」
「『きたのでは?』じゃないッスよっ!」
「ああ、うん……」
僕が力なくうなずくと、キーナは質問を続けてくる。
「それと、宇宙人が去った後、どうして牧場主もホースを股で挟んだんスか?」
「さあ? そこにホースがあったからじゃない?」
「『そこに山があるから』みたいな感じで、適当に言わないでくれッス!」
ピシャリと言われ、僕は身震いしながら「お、おうぅ……」と声を漏らす。
「あと、冬市郎くん。牧場主のセリフの中で、明らかにブログの作者である女子中学生の感情が、顔を出している部分があるんスけど?」
僕はお手上げだと言わんばかりに両手を上げ、力なく微笑んだ。
「あはは……それは僕も
「確かにそんな感じがするッスね。まあ、文章から受ける印象だけが、その人のすべてではないんでしょうけど……」
「うん、そうだな」
その通りだと思い、僕はうなずいた。
「ところでキーナさあ」
「なんスか?」
「実はこのブログには、まだ続きがあってな……『ファイルナンバー2』もあるんだけど……」
「ひっ……!?」
キーナの顔色がみるみる悪くなった。
泥沼からようやく
栗色の瞳が、恐るおそるといった感じで、ノートパソコンを見つめる。
「と、冬市郎くん。今の自分には、正気を保ったまま、その画面に表示されている《次のページへ》をクリックする自信が、
キーナのそんな反応に、これ以上は無理かと僕は苦笑いを浮かべた。
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