012 南米の牧場に現れた二人組の宇宙人①

 インタビューを終えた『クレイジーペットボトル』の四人。

 彼女たちは、それぞれ何かをやり遂げたかのような表情を浮かべていた。


 やがて、満ち足りた様子の女子中学生たちは、肩を叩き合いながら互いの健闘をたたえ合い、陽気な足取りで進路指導室から出ていく。


 僕とキーナは、そんな彼女たちを部屋の中から見送った。

 すると、ずっと静かにしていた足の裏たちが声を出す。


「ヤット静カニナッタナ……」と右足が珍しく、少しくたびれたようなトーンでつぶやいた。

「アァ……。クレイジーナ奴ラダッタゼ」と左足が続ける。


 ガールズバンドを見送り、部屋の扉を閉めると、僕はキーナと二人きりになった。

 僕たちは顔を見合わせて、ため息をつく。


「はあぁ……冬市郎くん。まさか自分たちが、女子中学生バンドのインタビューをする日が来るなんて……。どうして、こんなことになっちゃったんスかね?」


 僕たち愛名高校『ジャーナリズム研究会』なのだが、女子中学生バンドのインタビューをする予定など、当初はまったくなかった。


 僕たちが最初にインタビューを申し込んだ相手――。

 それは、今年度の女子中等部の文化祭を取り仕切る『文化祭実行委員長』だったのである。

 ワケあって僕が、文化祭の実行委員長に接触を図ったのだ。

 まあ実はその行動は、例の『瀬戸灰音との取り引き』が関係してのことだった。


 しかし、予想もしていなかったまわり道。

 なぜか僕とキーナは、この女子中等部で『クレイジーペットボトル』のインタビューを行うハメになったのである。


「さてと、冬市郎くん。とりあえず本日分のインタビューも終わったことですし、いよいよ文化祭実行委員長さんに会いに行くッスか?」


 黒髪を軽くかき上げながらキーナは僕を見やる。


「そうだな。むしろ、そっちが今日のメインだし」

「実行委員長さんは、いったいどんな子なんスかね?」

「うーん」

「冬市郎くん。自分の予想では、『散水用のゴムホースをまたはさんだ女子中学生』なんスけどね、あはは……」


 キーナがそんなワケのわからない予想を口にしたのには、もちろん理由があった。

 それは一週間ほど前までさかのぼる。



   * * *



『クレイジーペットボトル』にインタビューをする一週間ほど前。

 僕が瀬戸灰音とはじめて出会い、そして『取り引き』をした日の翌日――。


 放課後。

 愛名高校にあるジャーナリズム研究会の部室で、キーナは怪訝けげんそうに両目を細め、ノートパソコンを見つめていた。

 僕が、ある迷惑な話を、彼女に持ちかけたからだ。


 キーナの隣に座りながら僕は、口と両肩をこれでもかとすぼめていた。

 本当に申し訳なくて、おそらく、閉じかけの傘のような身体になっていたことだろう。


 ときどき、キーナの「うーん……」という小さなうなり声が響いた。


 倦怠けんたい感。

 それが、薄っすらと室内を支配しはじめていたのだ。


 部屋の空気に、もしも色がついていたならば?

 きっとその色は、半透明な淡いグレイだっただろう――。


 しかし、その淡いグレイはのちほど、『重々しく寒々としたなまり色』へと変化することになる。

 時間がつにつれて部屋の空気は、もう無茶苦茶になっていったのだ。


 その原因はすべて、とある女子中学生が書いたブログ、


《ボクが考えた宇宙人目撃ファイル》


 にあった。

 僕がキーナに、それを読むようお願いしたのである。



   ≪ ≪ ≪



《ボクが考えた宇宙人目撃ファイル》


▼ ファイルナンバー 1

『南米の牧場に現れた二人組の宇宙人』


 一九八七年四月。

 南米のとある牧場にて。


 深夜のことだ。

 家畜かちく小屋のヒツジたちが妙に騒ぐので、牧場主が様子を見にいこうと母屋おもやから飛び出す。

 すると空がなんだかいつもより青白く輝いていた。


 やがて、山の向こうから、目のくらむような強烈な閃光と共に、長さ十五メートルほどの奇妙な飛行物体がやってくるではないか。

 牧場主は一目でそれが『葉巻型のUFO』であることを理解した。


 UFOの側面には微振動する小さな羽のようなものが、数えきれないほど付いていた。

 だがその羽は、UFOが着陸すると同時にひとつ残らず船体へと収納されていく。


 船体の表面は銀色のアルミのような印象で、つなぎ目がどこにも見当たらない。

 先ほどまで微振動していた羽なのだが、船体に収納されたというよりは、実は一度融けて船体の表面と融合したのではないか、という印象を牧場主は受けた。


 恐怖を感じた牧場主が、慌てて物陰に隠れると、UFOからはそれぞれ体長二メートルほどの二人組の宇宙人が降りてきた。


 二人組は光沢のある緑色の宇宙服を身につけており、見た目は地球の人間とほとんど変わらない。

 だが、頭のてっぺんには、銀色のアンテナのような棒状の突起物が付いていた。


 しばらく家畜小屋を物色していた宇宙人たちは、なぜか散水用のゴムホースに興味を持ったようで、二人でそれを交互に持ち合う。

 彼らはどうやら、ゴムホースの使い方がよくわからなかったようだ。ずいぶん長い間それをいじっていた。


 やがて、背の低い方の宇宙人がゴムホースの臭いをいだ。

 その後、背の高い方の宇宙人がゴムホースを股で挟むと、身体をバタつかせて酔っぱらったビクーニャ(※注 ラクダ科の草食性哺乳類ほにゅうるい)のような印象の鳴き声を上げる。


 それから背の低い方の宇宙人は、背の高い方の宇宙人からゴムホースを受け取ると、顔に近づけて、もう一度その臭いを嗅いだ。



   ≫ ≫ ≫



 目頭めがしらを指で押さえながら、キーナは首を横に振った。

 軽い悪夢から目を覚ましたときに人がするようなリアクション。黒髪のポニーテールが嫌々といった感じで左右に揺れた。


 彼女は少しあきれていたのだ。

 宇宙人、UMAユーマ、幽霊など、そういったたぐいの話題にキーナはあまり興味がなかった。


「キーナ、すまんな。興味もないのに、こんなブログを読んでもらって」

「いえ。自分は、冬市郎くんのためになるのでしたら、できるだけ協力するッス」


 少女は微笑む。

 だが、その顔には明らかに戸惑いの色が見てとれた。


 信頼している男から犯罪の片棒を担ぐよう持ちかけられた純粋ピュアな少女の困惑顔――とまではいかないが、どこか似たような雰囲気を、その表情がかもし出していた。



(えっ!? このひと、どうして私にこんなことをさせるのかしら!?)



 とは口に出せず、気をつかって、不安と不満を飲み込んでいるのは、僕にも明白だった。


 僕は居心地が悪くて、オープンフィンガーグローブをはめた右手で、首に巻いたチョーカーをいじくっていた。

 どちらも、前の日に瀬戸灰音からもらった品だ。


 新しく身につけはじめた二つの装飾品――特にチョーカーは、まったく身体に馴染なじんでいなかった。

 だから、はじめて首輪を付けられた飼い猫のように、僕は朝から何度も首をいじっていたのである。


 おだやかな春の日の放課後だった。

 すこぶる天気も良い。窓の外には、爽やかさのお手本みたいな青空が広がっていた。


『人間として、いつでもあんな青空のように綺麗でいたいものですね』


 と、僕がその日の体育の時間に、ひとり見上げて思ったほどの見事な空だった。


 運動部がいつものように練習に励んでいた。生命力あふれるハツラツとした声が、グラウンドから室内まで届く。

 新校舎の方からは、吹奏楽部のアンサンブルなんかも聞こえてきた。


 一方で、旧校舎最上階の端にあるジャリ研の部室は、外に向けて音を漏らすことは、まったくない。

 きっと校内の人々は皆、旧校舎の三階にある古びた教室に、二人の生徒がいることなどまったく認識すらしていないだろう。


 普段この部室に立ち寄る人間は、ジャーナリズム研究会に所属する僕とキーナの二人だけなのだ。

 ジャリ研は現在、会員数二名のこじんまりとした部活なのである。


 そんな部室で僕とキーナは、二脚のパイプ椅子を横並びにして座っていた。

 そして、長机の上に乗せた一台のノートパソコンを、ふたりで顔を寄せ合ってのぞき込んでいたのだ。


 画面には相変わらず《ボクが考えた宇宙人目撃ファイル》が、静かに映し出されていた。

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