第十話 コミュ障少年とネクラ少女、味方になる

コミュ障少年とネクラ少女、味方になる-1

 衝撃的な出来事って、何だろう。

 多江に告白する気もないままに振られたこと。

 うん、あれはなかなか衝撃的だった。いずれはと覚悟はしていたつもりだが。


 白馬と瀬野川の件も衝撃的だったな。

 しかも、俺が白馬の決意を潰してしまった。


 小さい頃、俺達と杜太の母親四人がそれぞれ刺繍の入った白衣のように長い服を着ている写真を見てしまったことも、なかなかの衝撃だった。


 まぁ、落ち着け。

 そんな母達もちゃんと奨学金などという借金をこさえてまで大学を出て、結婚して俺以外見目麗しい子を産んでいる。

 最大の衝撃は75%の確率で見目麗しく生まれることができたのに、こんな姿に生まれたことだ。

 だけど、その25%が俺で良かったではないか。

 他の三人はお日様の下で暮らしていられるのだから。


 よし。落ち着いたところで状況確認だ。

 ここはどこだ。部活棟の屋上の給水塔前。俺の聖地サンクチュアリ

 何をしに来たんだ。弁当を食いに。


 真横に座るは何者か。

 切れ長な瞳を持つ一見クールなイケメン御宿直杜太おとのいとうた。公家みたいな苗字をしやがって。

 俺の意識を彼方へと消し飛ばしてくれたアホ発言はなんだったかな?

 ええと、確か……。


「やっぱり無理だお……月人、多江ちゃんを幸せにしてやってお」


 てな感じの発言だ。

 まずは語尾から突っ込みたいが、それは置いておこう。

 全く、杜太がこんなに結論を急ぐキャラだっとは思わなかった。


「はぁー……あぁー……月人ぉ……どうすればいいんだおぉ……」


 情けない奴だな。俺の次くらいに情けないぞ。

 杜太との付き合いは結構長く、小学校低学年からだ。杜太の両親は自営業でやたら忙しく、俺達三家が代わる代わる預かっていたことから始まった。


 杜太は元からぼさっとした性格をしていて、何をするにもやたらとスローモーションな奴だった。こういうキャラクターは往々にして頭が良くないと下に見られがちだ。

 杜太の地頭は全く悪くない。ただ頭の回転がワンテンポ遅いだけなのだ。

 でも、人は集団になればなるほど様々な理由を付けては疎外対象にしたがる。案の定、出会った当初の杜太はいじめられっこだった。


 小学校一年くらいの頃、我が家にやってきた杜太は片時もゲーム機から目を離さず、モンスターを育成し続けていた。友達と通信することが前提のゲームだったにもかかわらず。

 だが、そんな風に自分の殻に閉じこもっている人間の注意をこちらへ向けるなんて嗣乃にとっては簡単な話だった。

 

 武闘派な友達の作り方をする嗣乃はいきなり勝負をふっかけ、杜太が育てていたモンスター達をボッコボコにしたのだ。

 こちらは三人いて通信もできる。杜太がいくら地道にレベルを上げたモンスターを駆使した所で勝てるはずもなかった。

 一人でゲームやるより、周囲の協力を得た方が楽しいよってことを教えてやりたかったんだ。決してカモにした訳ではない。

 その証拠に俺、達は勝手も杜太のモンスターを召し上げたりはしなかった。

 優越感には浸っていたが。


「はぁ……うまい……悩んでても弁当はうまいお……舎弟してて良かったおぉ……」

「ああ、うん……て、お前いつ瀬野川の舎弟になった?」


 瀬野川作の手の込んだサンドウィッチは確かに美味い。


 杜太の容姿が磨けば光ると気付いたのはその瀬野川だった。

 中学でいじめのターゲットにされていることを知るや、制服の着方からヘアスタイルやら持ち物やら指導の限りを尽くしたのだ。


 結果、杜太はいじめから脱出できた。

 杜太のゆっくりした説明によると、女子達が助けてくれるようになったらしい。

 羨ましいぜ、イケメン野郎。


 つまり、杜太を助けてくれた女神は二人いる。

 ゲーム機から目を離さなかった杜太の心をこじ開けた嗣乃と、杜太を磨き上げた瀬野川だ。

 普通なら瀬野川ないしは嗣乃に惚れそうなところだが、多江になびいてしまったのはオタク趣味を杜太に教え込んだ俺のせいなのかもしれない。

 いや、オタクになったからってヲタク女子に惹かれるってのは正しくないかもしれないけれど。


「杜太、すべての判断を俺に任せようとすんな」

「ええー? だ、だって多江ちゃん最近月人に当たり柔らかいしぃ、月人も多江ちゃんに優しいしさぁ」


 いちいち誤解に曲解を重ねてよってからに。

 今までのじゃれ合い方が異常だったんだよ。


「あ、あのな、何もしない内に振られたって言ったろ。だからだよ。今までの馴れ馴れしさがおかしかったんだって」

「そ、そうかなぁー?」

「そうだよ! もし俺がお前を出し抜いて多江とそういう関係になったらどうすると思う?」

「えぇ?」

「おめーにいの一番に知らせるに決まってんだろ! ねぇ今どんな気分? 今どんな気分? ってよぅ」

「ほ、本当ぉ? い、一番最初に教えてくれるのぉ?」


 なんで嬉しそうなのぉ?

 多江の話をしていると未練が首をもたげてくるからこの辺にしてくれ。


「と、杜太、あのな、本当に俺はもういいんだよ。今の距離でさ」


 良くはないんだけど。

 なんで急に悲しそうな目で俺を見るんだ、こいつは。


「……やっぱり、先に振られてくるお」


 ん? どうして? なんで戻った? 俺がタイムリープした?


「お、落ち着け! そもそもお前多江のことが気になってからどのくらい経過したよ?」

「えぇ……どのくらいかなぁ? 半年……? うあぁ! 半年も何もできてないよぉー!」


 うるせぇ。

 二年以上の俺をディスり殺す気か。


「お前に最初にやらせたゲーム思い出せよ! ときめいただろあのゲームには! パラメータ上げまくった挙げ句にいつ告白したよ?」

「えーと……卒業式ぃ? 伝説の木の下でー?」

「そうだよ。三年がかりだぞ三年がかり! お前どのくらいの期間で悩んでんだよ!」


 俺の無意味な説得にはっとした表情を浮かべる杜太を見ていると不安になってしまう。

 これがゲーム脳か?


「そっ、そっかー! な、なんか頑張れる気がしてきた……けど、三年は長いお……」


 へこむとこの語尾になるのか?


「ま、まぁそうだけど、他のゲームにしたって一年かそこらのスパンだろ。だから最初の数ヶ月くらいくらいどうってことねえよ。今のうちにパラメータしっかり上げとけ!」

「えええ!? パ、パラメータってどうやって見るの!?」


 まじかよぉ。

 はあ、こいつは頭悪くないって思いを撤回したい。

 例え見られる方法があっても見てたまるか。俺の地面の底を這う低パラメータなんて絶対見たくない。

 でも、弱音を吐く杜太が本気なのは伝わった。

 俺がすべきは杜太を突き放さず、一人で悩ませないようにすることくらいだが。

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