少年と少女 、相悩む-8
沈黙が流れる。ただ、先ほどのような重苦しさはなかった。
「……し、質問」
「え? は、はい、桐花君」
しまおうとした手紙を取り落としてしまった。
桐花から話題を振ってくるとは。
「……大きい、声の出し方?」
「は、はい?」
今までの会話の流れを完全にぶった切ってくれた上に、ナックルボールのごとく不可解な質問だった。
でも構わない。質問されたからには全力で答えを考えれば良いだけだ。
「とっさに、大きい声出せなくて」
この前の全員の前で『ひゃい』と返事してしまったことを気にしているんだろうか。
あの萌え要素をなくすのは惜しいといえば惜しいんだが。
いや、三次元相手になんてことを考えているんだ。
俺もいくら大きな声を出しても人に聞こえないことが多い。
桐花だったら尚更だろう。
でも、俺には必勝法があった。
「そういう時は嗣乃か瀬野川にでかい声出してもらえばいいんだよ」
飛び交っている。
桐花の顔の周りにはてなマークが飛び交っている。
俺は至って本気なんだけどな。
嗣乃も瀬野川も声がよく通るというか、ボリューム調整が壊れている奴らだ。
桐花のためならきっと何対の鼓膜でもつんざいてくれるはずだ。
碧眼でじっと見つめられるのにも慣れてきた。
俺の言葉の意味を捉えかねているらしい。
「その、ほら、もう散々一人でやって来たんだから、ここからはその分たっぷり友達を頼ってもいいと思うんだけど」
「で、でも、何も」
何もお返しができないとでも言いたいんだろうか。
人との交流に乏しい人間はギブアンドテイクにこだわることが多い。
俺や杜太がまさにそうだからだ。少なくとも俺達に対する貸し借りは気にしなくて良いんだが、それを納得させるのはまだ時間が必要かもしれない。
だったら無理にでも『貸し』を作るのも手段だと俺は思う。
「ええと、今俺のこと助けてくれてるって自覚してないだろ?」
嘘ではない。
桐花と話すことで色々な気持ちの整理ができた。
「ど、どうして?」
「あの、あいつら宛の手紙を俺が回収していたの、本当はあいつらに怖い思いさせたくないって気持ちからやってたんだって、思い出させてくれたっていうか」
桐花と自分の抱えてきたことを共有することで、俺の中のわだかまりが少し小さくなった。
その開放感からか、泣きたいような喜びたいような感情が頭の中を駆け巡っていた。
「あの、また今度説明する」
桐花は困惑しながらも、頷いてくれた。
鼻の奥がチリチリと音を発てているみたいに熱くて、目が痛かった。
話題を変えないと。
「……ラ、ラブレター的な手紙受け取ったら、どういう気分になるんだろうな?」
悪い気はしないだろう。
不幸の手紙は勘弁して欲しいけれど。
「……困る」
「へ?」
なん、だと? 答えが、返ってきた、だと?
「……そ、それで、どうしたの?」
そんな困った顔するなよ。
「……お、覚えてない。返事、できなかった」
そうか、桐花が呪いの手紙にうろたえたのは内容のおぞましさだけではなかった。
自分も被害者になりかねなかったことへの恐怖か。
「あー忘れてた! フロンクロスさん可愛いもんなー。住む世界違ってたわー」
もう気安く『桐花』なんてあだ名で呼べないわー。
「そ、そんな!」
改めて桐花を見ると、可愛らしいという表現が合う子だ。
少し幼く見えるけれど。
羨ましい話だが、いずれこの子の彼氏になれる人が現れるんだ。
その優しくて顔も良くて、桐花の性格をちゃんと理解して接してくれる想像上の男に嫉妬を抱いてしまう。
もう少し人と話せるようになったら、確実に現れる。
いいなぁ、恋愛うんぬんにうつつを抜かせるビジュアルと性格を持った人達は。
いたたまれなくなって胎児のような格好になってしまった。
「ど、どうしたの?」
「可愛い女子に説教たれちゃった……世間から抹殺されるよ」
「か、可愛くない!」
桐花が俺の体を掴んで自分の方に向けようとするが、グラップラー漫画で学んだこの防御体制を破れると思ったか! え? あれ?
簡単にごろりと向きを変えられてぐいぐいと両腕を引っ張られた。
嘘だろ!? すっげぇ力あるんだけど!
「おおーい月人! 向井ちゃーん! デザートの時間だよー? お、おわぁーー!」
なんでこうもタイミングが悪いんだろうな。
ばっと桐花が手を離して杜太の服をつかもうとするが、寸での所で取り逃がした。
「と、杜太! 声でけぇよ! 近所迷惑だろ」
端から見れば小さなベッドでくんずほぐれつする男女二人だろうが、よく見ろ。
金髪少女がキモヲタと同衾洒落込むとでも思ったか? 水と油だぞ? エキストラバージンオリーブオイルと生活排水だぞ!
「し、下行こう。とにかくその、頼ってくれないと、俺だけじゃなくてみんな結構凹むから。多分、俺もそれと同じくらいは桐花のこと頼ると思うし」
お、とっさの割にはなかなか気の利いた台詞が言えた気がした。
「あ、明日」
「明日?」
「明日、嗣乃と、走るから」
「え? 桐花が嗣乃と勝負してくれるってこと? 助かる!」
天才的な発想だ。桐花様、一生付いていきたい。
「ロードに乗れば、足辛くても、少しだけ楽だと思う。フラペじゃないから、漕ぎにくいかも、だけど」
「ほ、ほんとに!?」
ああ、初めてロードバイク様に乗れるのか。フラペってどういう意味か分からないが。
明日の朝は念入りに体を洗おう。臭いとか汚れたとか言われたくないしな。次見た時にサドルカバーが変わっていたらショックで寝込むぞ。
翌日、嗣乃は当然の如く桐花の提案に乗り、いとも簡単にちぎられた。
金髪少女が駆る我が自転車はまるでエンジンがついたかのように坂を上って行き、嗣乃を残して消え去った。
俺が校門に到達した頃には、かつて嗣乃だったボロ雑巾がバス組の瀬野川達によって撤収させられていた。
その姿に、ヒロインを張れるような嗣乃の精悍さはカケラも見当たらなかった。
頼むよ……嗣乃。
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