第二話 コミュ障少年とネクラ娘、凡庸に出会う
コミュ障少年とネクラ娘、凡庸に出会う-1
今朝も自転車置場には件の小さなロードバイク様が鎮座なされていた。
チェレステという緑と青の中間色でおなじみの大手自転車メーカー製だ。
よくよく見れば駐輪場にはロードバイク様はたくさんいらっしゃるのだが、どれも大事に乗っているとは思えない状態だった。
きれいに扱われているのはフレームの小さいロードバイクだけだ。
「……四階なんて聞いてないよ」
運動音痴の陽太郎は朝からぐでんぐでんだった。
「五階よりはマシだろ」
普通科に特別進学科に国際科の各科に分かれて十六クラスもある。
東校舎一階の半分以外は全て一年生の教室だ。
「よーもつっきも遅い!」
「なら先行ってろよ」
慣れない自転車通学の後の階段は俺も辛い。
一切の疲労を見せずにスタスタと階段を昇れるのは嗣乃だけだ。
「せっかく初めて三人とも同じクラスなんだから一緒に入りたいの!」
言われていればそうなんだが。
小中と必ず三人とも必ず一人は別のクラスにされていた。
「はいおはよう。くじ引け」
担任教師らしい女性がくじ箱を掲げていた。
シンプルなショートヘアに細いフレームの眼鏡は教師らしいといえばらしいが、『面倒くせぇ』という感情がにじみ出ている表情は好感が持てる。
「おはようございます……これなんですか?」
陽太郎が当惑気味に質問した。
「は? 席決めに決まってんだろ。取ったら黒板に書いてある自分の番号の席に座れ」
決まってねぇよ。初めてだよこんなやり方。
『ステルス席決め』なんて名称でも付けておこうか。
初日の顔合わせ早々に出席番号順に座らせないでシャッフルされたら名前と顔が覚えにくくなるぞ。
「女子はこっち」
嗣乃は箱に手を伸ばしたが、その五本指は何故か嫌らしくうねうねと動いた。
「先生……オッパイめっちゃデカいっすね」
「次言ったら単位剥奪な」
「え!? ご、ごめんなさい!」
馬鹿だなぁ嗣乃。
胸が目立たないゆったりめの服を着ている相手に向かって。
俺が確保した窓際の三番目の席は身長が高い陽太郎とのトレードという屈辱的な儀式によって決まった席だった。
俺の隣は空席のまま予鈴が鳴ってしまった。
このまま誰も来ないと良いなぁ。絶対あり得ないけれど。
「はいおはよう。空いてる席座りな」
最後の生徒がやってきた瞬間、クラス中が静まりかえった。
留学生? 普通科なのに?
明らかに日本人ではない少女が、周囲を伺いながらこちらへ向かって来た。
近づくにつれて、実際の色が見えてきた。
髪の色は白に近いが、金髪だった。
肌の色は近づくにつれて白ではなく、ややピンク色のようにも見える。
瞳の色は緑だから、碧眼といえるのだろうか。
その目は斜め下を向き、薄い唇はぎゅっと引き結ばれていた。
まずい。こんな子が隣に来たら終わりだぞ。
ただでさえ知らない女子と会話なんて出来ないのに。
なんて思っても無駄だ。
この留学生風の身長を考えれば、先生がわざわざこの子のために席を確保した可能性だってある。
案の定、留学生は静かに俺の席の横に座ってしまった。
虚ろな碧眼と引き結ばれた唇は、話しかけて欲しくないオーラを放ちまくっていた。
ふと、金髪ロードバイク娘を見たという嗣乃の妄言を思い出した。
いやまさか。
こんなオドオドしていてあまり運動が出来そうに見えない体格の子は違うだろう。
欧米人は背が高くて大人っぽく見えるというけれど、個人差があるようだ。
顔が小さいからそう見えるんだろうか。
歩いている姿を見た限り、身長は女子の中でもかなり低い。顔つきも同級生とは思えないくらい幼い。
「はいこれで全員ね。皆さんおはようございます。黒板に書いてある通り先生の名前は
潰すって何だよ。
そもそもその二つ落としたら進級できないだろ。
「入学おめでとうとかそんな白々しいことは言わねーよ。彼氏欲しいとか彼女欲しいとか煩悩丸出しの年齢なのにそれを必死に我慢して勉強に明け暮れなくちゃいけないクソみたいな日々が始まったってのにおめでとうってほぼ煽りだろ」
なんて口の利き方だ。
高校って昨日の条辺氏みたいな人ばかりなのか?
「ま、アタシも鬼じゃないからさ、アタシの授業に限っては男女でいちゃつくの許してやっから安心しな。でも教室の外は男女交際禁止だから上手くやんな。あぁ、あと生徒自治委員会の顧問やってるから興味ある人は言ってね。話は以上!」
え? もう終わり?
学校の説明は?
「じゃ、残り時間は隣りの若い者同士ご歓談くださーい」
はぁ!? 殺す気かこのクソ担任!
「オラ女子ども! 席立つな! 隣と話せ!」
席を立った女子達が誰を目指していたかは明白だ。
我が従兄弟は見た目だけに飽き足らず特殊なフェロモンでも放ってるのか?
陽太郎のことはどうでもいい。
それよりまずは自分の隣の外国人だ。取り出したノートに日本語を書いているのが見えたから日本語は問題無いだろう。
だからって話しかけられはしないけど。
しかし、何故だ。
ノートに書いてあった言葉は『はじめまして』だった。
俺と挨拶するくらいならノートに挨拶してやるわという意思表示だろうか。
だとしたら今の俺の可哀想レベルは想像を絶しているぞ。
いや、落ち着け。
隣に恵まれなかったのは俺じゃない。この子だ。
俺みたいな奴の隣になってしまったとは。なんて不憫な。
しかし、居心地が悪い。悪すぎる。
こんな時、陽太郎と嗣乃はどうするんだろう。二人に頼らない決意が揺らいでしまいそうだ。
「うおっ!」
震えた携帯に驚いてしまった。
『そのこしょうかいしろ』
嗣乃からのチャットだ。
変換がままならないのは急いで打ったからか。興奮し過ぎだ。
『今すぐ来てくれ』と指が勝手に入力したが、送信をタップする寸前でこらえた。
格好が付かなすぎる。俺の目標は独立独歩だったはずだろう。
「はいそれでは全員歓談タイム!」
やった! 先生ありがとう! 嗣乃はすぐ来てくれるはずだ!
嗣乃には頼らない? もう知らん!
「あーちょい待ち。そこの……えと、安佐手君とフロンクロスさんだけは最低一言くらい交わしてから席立て。みんなもこの二人と絡むな」
うそぉ!?
ん? フロン何? 名前? 苗字?
努めて外国人の異様さを無視していたクラスメイト達もざわつき始めた。
右隣を見ると、思い切り目が合ってしまった。
突然、ガガガガっとノートに何かを書いてこちらへ見せた。
『クリスティニア フロンクロス Kristinia Front-Cross』
超絶、かっけぇ。
何この勝ち組ネーム。俺の邪気眼がにわかに騒ぎ始めた。
ん? 苗字にハイフン入ってる? これアリなの?
いやいやそんなことを考えている場合じゃない。
とにかく何か言わないと。
「……あ、えと、あさで……つきひとです……あ、なんて、呼べば……?」
「……あ、えと、好きに……」
外国風の訛りがない日本語だった。
「……あ、名前、かっこいいね……?」
違うだろ。
そこはもっと『可愛い』とか『言い名前』とか言うべきだろうが。
なんで咄嗟に言葉選びができないんだ。
「……」
「……」
間が持たない。
とにかくノートを取り出して、俺の名前を書いてみせる。フリガナ付きで。
フロンクロスさんはカクカクと首を縦に振った。
名前は理解してもらえたらしい。
フロンクロスさんのノートには他にも何か書いてあった。
『はじめましてのあいさつ 名前 出身中学←先にいう 趣味サイクリング ポタリングとはいわない 部活未定 委員会未定』
ノートに自己紹介で予め言うべきことをまとめてるのか。
態度物腰から察してはいたが、ここまでコミュ障だったとは。
「サイクリング?」
思わず声が出てしまった。
やはり嗣乃が見た謎の金髪ライダーはこの子なのか?
しかし、まずった。
フロンクロスさんの目が大きく見開かれてから、固まってしまった。
自己紹介の台本を見せてしまったミスに気付いたらしい。
こんな時どんな風にフォローすればいいんだ? いや、もうそのまま突き進むべきか。嫌われることだけは困る。
「あ、あの、ぼ、ぼ、俺……も、サイクリング始めたばっかりの初心者で。正門の坂、登ってきたんだけど」
正直に初心者と言えた俺、偉いぞ。
見栄なんて張れば張るほどバレるし、嘘に嘘を重ねなくてはならない。そんな苦痛を味わうくらいなら見栄なんて張るだけ損だ。
自嘲気味に素人であることを認める俺氏カッコイイと思うべきなんだ。
いや待て。俺、いつの間にサイクリングを始めたんだ? 通学目的で自転車乗ってるだけなのに。
せっかく会話が少し成立したのに、フロンクロスさんの硬直は解けなかった。
「あ、この学校って、高い自転車、いっぱい置いてあるよね」
こんな丘だらけの街だから当たり前だ。
安物の自転車はすぐ壊れてしまう。
しかし、地雷を踏んだらしい。
フロンクロスさんの顔色がみるみる紅くなっていく。
「ゲホ! に、ニローネは普段用で、アルミで! ゲホッ! コンポも、ソラで!」
咳混じりのガサガサな声でまくし立てられた。
専門用語がまるで分からない。
「か、風邪?」
「ひ、ひいてない! です」
それから色々な業界用語なのか製品名なのか分からない言葉を色々並べられたが、俺にはさっぱり理解が出来なかった。
オタク気質がありそうだなこの外人。
同じ気質だから分かる共感覚だ。
どうやら自分の自転車になんらかのコンプレックスを抱いているらしい。
俺もオタクのくせに持っているパソコンが古いだの性能が悪いだの言われたらむかっ腹が立つ。
俺はフロンクロスが持つこの手の負い目に触れてしまったのだろう。
「いやあの、俺も大した自転車じゃないし……こ、コーダーブルームとかいうのだし! ええと、フロン……フロンクロスさんは何乗ってるの?」
恥ずかしい。
アニメキャラと妄想の中で会話しているのをそのまま声に出すかのような恥ずかしさを覚えてしまう。
「ケホ……ニローネはビアンキのエントリーロードで」
また分からない単語多い。分かったのはそのビアンキとロードという言葉だけだ。え? ロード?
「ロードバイク!?」
フロンクロスさんは俺の声に驚きながらもカクカクと肯きながら、スマホを引っ張り出して写真を見せてくれた。
間違いなくあのロードバイク様だ。まさかこんなに小さい女の子の物だとは。
だが、それ以上にフロンクロスさんのスマホケースが気になった。真っ黒でゴツい耐衝撃ケースだった。護身用か?
「……お、お友達?」
フロンクロスは俺達の前に立った人物を指して言っているようだ。
「ひっ……!」
思わず変な声が出た。
「楽しそうだな……俺もまぜろよ」
案の定、
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