主人公の隣の隣-3

 友達が少ない奴は大体学校の正門前に溜まる。何の役に立たない豆知識だ。

 理由は明白、俺達コミュ障は必須の知識である学校施設の位置関係を把握しなければならないからだ。迷ったところで人に質問するなんて出来やしない。


 部活探しは四月中に探せば良いんだし、今は探検に時間を費やそう。

 正門から校舎を見ると、この学校の広さに驚く。

 全校生徒二千人規模は伊達じゃない。


 まずは……いや、あのプレハブはいいや。

 正門を入ってすぐ。

 グラウンド右脇にあるプレハブ長屋は俺に関係ない施設だ。

 一番手前には『生徒自治委員会』と味のある毛筆で書かれた看板が掲げられていて、残りは体育倉庫だ。

 イケメンだったら重ねられたマットの上やら跳び箱の上で色々あるのかもな。

 プレハブの裏手には俺の自転車が駐めてある駐輪場があるだけだった。


 プレハブの隣は、先ほど部活委員会紹介が行われた体育館だ。

 一階はバスケットコート四面分の床面積に、二階には運動施設や武道場がある。最上階はコンサートホールがあるらしい。

 当然、俺には縁の無い場所だ。入って確認する必要はないだろう。


 見たこともない程でかいグラウンドは、人工芝のサッカーグラウンドに赤い陸上トラックが取り囲んでいる本格的なものだった。うん、俺には縁が無い。


 プレハブ長屋からグラウンドを挟んで反対側の古い校舎は部活棟と呼ばれている校舎で、文化部の部室が集中していた。

 部活棟の前にはテニスコートの金網があった。六面もあるのに新入生で満杯だった。この連中が全員大学に上がったらテニサーとやらになるんだろうか。怖い。


 次は正門からグラウンドを挟んで真正面、自分達の教室のある校舎群だ。

 グラウンドから数メートル高くなった段の上にあるからか、尚更でかく見えた。


「うわ、なんだあれ」


 思わず呟いてしまった。

 観客席を兼ねた階段状のコンクリート擁壁には、大量の勧誘部隊が待ち構えていた。意を決して勧誘部隊の中をかいくぐるように階段を登ると、中庭と呼ばれるアスファルトの校庭を挟んで、校舎が三棟横並びで立っていた。

 全て五階建てで、一棟だけで並の学校一校分はありそうだった。


 左側の校舎は西校舎と呼ぶそうだが、これだけでも充分大きい。

 校舎の前には結構広大な田んぼと畑があった。そのさらに奥、スチール製の塀の向こうはプールがあるようだ。


 右側は東校舎こと、一年生の校舎だ。

 校舎のすぐ脇にはサビだらけの移動式バスケットゴールが四台と、ハンドボールらしきゴールの骨組みだけが隅っこに放置されていた。


 一年校舎の前は客席もある本格的な野球場まである。公式戦も出来るらしい。俺には縁の無い場所ばかりだな。

 公立とはいえ同じ学費払ってるのに縁が無い施設ばかりなのは不公平な気がするんだけど。


『放送委員会よりお知らせします。間もなく、十二時より、学生食堂利用説明会を行います。一年生は、学生食堂へ集合してください。なお、放送委員会は、中央棟四階にて、勧誘活動を、行っています……』


 はぁ、昼までなんとか時間を潰せた。

 学食に人が殺到してくるかもしれないからさっさと行かないと。



 学食は生徒数が多い割には空いていた。

 先程の放送の通り、十二時以降は学食の使い方についてのオリエンテーションを受けることになっていた。

 それもそのはず、緑のネクタイを身に着けている一年生以外の姿はほぼ見かけない。

 ネクタイの色は二年になっても三年になっても同じだ。つまり、今三年生が着けている赤は来年の一年生の色になる。ちなみに二年は青だった。



「うぐぇ」


 一番安いからと買った蕎麦のお陰で、学食に二・三年生がいない理由がすぐ分かった。科学の力をフル活用したまずさに味蕾が冒された。


 俺が確保していた席に、トレイを持った陽太郎と嗣乃がやって来た。

 陽太郎と嗣乃は仲良くカレーか。良策だ。カレーは裏切らないからな。

 まぁ、不味い飯のことはどうでも良い。不景気丸出しな顔をした嗣乃をどうしてくれようか。


「お疲れ。女子サッカー部カッコ笑いと生徒自治委員会はどうだったんだよ」

「つっき! 余った経験値はデリカシーに振りなよ」


 陽太郎はとがめ立てる声すら優しい。

 本気で怒ると怖いけど。


「経験値なんてびた一文余ってねぇし。経験値もらえるようなこともしてねえし」

「少しは努力してよ!」

「ネトゲの世界行けたら本気出すわ」

「はいはい将来は一緒に二次元行ってあげるから。今は三次元で努力してよ」


 さすが陽太郎だ。

 この捻じ曲がった性格を突然治すなんて変わった高校デビューをする予定はないことを分かってくれている。

 嗣乃は一言も口を利かないが、俺を睨みつけていた。

 よし、あともう一息だ。


「嗣乃。あのワールドカップで交通妨害して迷惑かける部はどうだったんだよ? お前もギャルメイク全開で相手の国の名前もうろ覚えの状態で渋谷やしぶーの交差点に集結しちゃうのかなって思ったんだけど」

「つっき!」


 陽太郎も分かっていないな。


「よし、今から練習しとけよ。ニッポン! ニッポン!」


 嗣乃の心のモヤを取り戻すには怒らせるのが一番なんだよ。

 ほら見ろ、嗣乃の目に光が戻った。


「……てんめぇ安佐手月人! あいつらの代わりに前歯へし折ってやるからな!」


 ほーら復活した。


「やれるもんならやってみろよ。低身長の骨密度ナメんな」

「余裕なんですけど? うっわ可哀想! 数分後のつっきまじ可哀想! 歯が折れた上に部活難民とかまじでかわいそっ!」

「そ……それを口にしたら、戦争だろうが!」


 嗣乃め、言ってはならないことを言ってくれる! 


「やっぱりね! 保健委員会結構大変そうだし、パソ部はネット回線無しとか意味不明だし!」

「てめーどこでその情報を掴んだ! 俺はぜってーワールドカップの時だけはしゃぐ部よりもなんもしねぇ部活を見つけて幽霊決め込んでやるからな!」

「つっき、嗣乃! ハウス!」


 陽太郎が恥ずかしそうに周囲を気にしながらたしなめた。

 怒りに任せて上級生を盛大に馬鹿にしたんだよな、嗣乃も俺も。


「ガルルル!」


 せっかく陽太郎が仲裁に入ったというのに嗣乃め、まだ威嚇するか。


「これ以上続けるつもり?」


 俺と嗣乃の神経がすっと冷えた。

 滅多に怒らないイケメンが怒ると怖いのはお互いよく知っている。


「つっきも嗣乃も喧嘩するなら人間やめないで」

「先に人間やめたのは嗣乃の方だぞ!」

「じゃ、明後日の話をしようよ」


 スルーかよ。

 まぁいい、二人楽しく話でもしていろ。


「うわ! 蕎麦まっず!」

「何食ってんだよ!」


 半分近くすすりやがって嗣乃の阿呆が。

 嗣乃のカレーを奪って口に運ぶと、やたら薄い甘口だった。

 まぁ、食べられなくはないか。


「明後日は七時集合って言ってたっけ?」


 食べ物を奪い合う俺達を陽太郎は気にも留めなかった。


「七時かぁ。五時起きになっちゃうね……おい、難民」


 嗣乃の誹りは無視に限る。口喧嘩で勝てる相手じゃないし。

 ついに三人解散の時が来たか。


「おい、難民かつオタ。キモい方のオタ」


 金髪の幻見るお前も十分キモいぞ。顔が良いから許されてるだけで。


「おい、蕎麦が不味い系男子」

「蕎麦が不味いのは俺のせいじゃねぇ!」


 古くせぇ言葉使いやがって。

 どうして嗣乃は俺の反応を引き出すのが上手いんだ。


「生徒自治委員会部活難民高等弁務官事務所所属汀嗣乃高等弁務官があんたを助けてやろうってのに」

「漢文か!? もう生徒会入った気でいるのかよ?」


 確かに困ってはいるが、部活なり委員会を決めるにはゴールデンウィーク前まで猶予があったはずだ。

 お前らの世話になんてなってたまるか!


「うっわ! ゴールデンウィーク前までに決めればいいやとか負けパターン丸出しの考えしてるんでしょ! うわぁ」


 むぅ、読まれていやがる。


「ぐ……ならお前らの自治会とやらの権限で」

「帰宅部なんてできる訳ねーだろうが! 隣人部作って可愛い妹籠絡してーわ!」

「二人とも早く食べきってよ!」


 馬鹿な言い合いをしている間に、学食終了時間が迫っていた。


「はぁ……帰るか」

「つっき、ちょっと待ってよ」

「話の続きは家帰ってからでいいだろ」


 時間に厳しい陽太郎が珍しいな。嗣乃も携帯を眺めながらそわそわしていた。

 嫌な予感がする。


「……おい、高等弁務官てめー何した?」


 次の瞬間、三人の携帯の液晶が一斉に通知を表示した。


『生徒自治会二年副委員長旗沼陸です。』


「へ……?」


 陽太郎は少しばつが悪いといった顔をしていたが、嗣乃は口の両端が耳に届くくらいの邪悪な笑みを浮かべていた。


「……難民保護とシベリア抑留の区別くらいつけろよ……」


 嘘だろ。

 あんな人のために働かないといけない委員会に俺を放り込んでどうするんだよ?


「なんだかちょっと感じが違うけど、俺達定番の生徒会だよ? 旗沼先輩も優しそうだし、条辺先輩も面白いし」


 俺が入るの決定済みって発言だぞそれ。しかも三次元じゃ定番でもなんでもないぞ。

 嗣乃はニヤニヤ笑っていたが、少し影があった。陽太郎もそれを察して明るく振舞っているんだろう。


 思いが叶わなかった嗣乃には申し訳ないが、俺は少しだけ良かったと思ってしまっていた。

 人前で一切物怖じせずに話す旗沼先輩の姿が目に浮かんでしまう。


 今後のことはとにかく、入ってから考えるか。

 自分の身の振り方を決められない愚か者の運命だ……なんて言い方したらちょっとかっこ良いと思うんだが、どうだろう?



「嗣乃、三十キロ以上出したら母さん達に数字盛ってチクるからな」


 正門前で三人して自転車にまたがってから、嗣乃にしっかりと釘を刺した。

 下り坂を前にして目を輝かせやがって。


「わ、分かってるっての!」


 帰りは思った以上に楽だった。

 急坂のスピード調整はなかなか大変だが、登る苦しみ比べれば問題の内に入らない。


 俺達が住んでいる家はいわゆる新興住宅街の一角にある。

 三軒横並びの家は左から汀家、瀞井家、そして安佐手家だ。


 俺達三人はいつも揃って安佐手家に入り、リビングの食卓のテーブルに座るか寝転がるかしてくつろぐのが定番だ。

 嗣乃は息を吐いてから、狭苦しいアイランドキッチンで洗い物を始めた。


「嗣乃、食器は俺とつっきが洗うよ」

「いいの。これは気分転換なの」


 俺達三人がなぜ兄妹のような生活をしているかといえば、俺と陽太郎の母親は見分けがつかないほど似ている双子だからだ。

 そして、嗣乃の母は二人の親友だ。

 それぞれ結婚してもその関係は続き、三軒並びで家まで買い揃えてしまった。


「あーあ……これで美人生徒会長がいなかったらまじでお前らのせいだからな。責任とって俺の嫁探せよ?」

「え? 条辺先輩すっごい美人じゃなかった?」


 えぇ……陽太郎の趣味が分からない。


「……あ、つっき、スーパー行かない?」

「は? あぁ、うん」


 キッチンに居るはずの嗣乃の姿見えなかった。

 ショックというものは後からじわじわと神経を侵すものらしい。

 嗣乃はしゃがみ込んで、涙の処理に困っているんだろう。


「嗣乃。欲しい物ある?」

「ハゲチョコ!」


 陽太郎に対する嗣乃の返事は、案の定震えていた。


「了解」


 ハーゲンダッツくらいで気分が晴れるならいくらでも買ってやるよ。陽太郎が。


 おかしいな。

 たったの二日しか経っていないのに、俺の独立独歩計画は九割方頓挫してしまった。まぁ、俺の計画なんぞ気にしていても仕方ない。嗣乃は十割の計画が頓挫してしまっているんだ。


 どうして神様はこんなマネをするんだ。

 俺はいくら不幸になっても構わないから、嗣乃を泣かせないでくれよ。

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