主人公の隣の隣-2

 莫大な数のパイプ椅子が並んだ広大な体育館はなかなかに壮観だったが、舞台上で始まった部活動・委員会紹介とやらは実につまらなかった。


『何!? 演劇部に入ればそんな特典が!?』


 テンプレート丸出しな部活紹介なんて、俺が先ほど駐輪場で受けた屈辱を忘れさせてはくれなかった。

 俺達三人の自転車ほどの高級モデルはなかなかいないだろうと思いきや、自転車置場にはエメラルドグリーンの美しいロードバイク様がご鎮座なされていたのだ。


 嗣乃は自分が見かけた金髪少女の自転車だと主張していたのだが、嗣乃が証言したような外人が乗っていそうな自転車ではなかった。


 スポーツ仕様の自転車は身長や足の長さによってフレームのサイズが違う。置かれていたロードバイクはフレームのサイズがあまりにも小さかった。

 多分、やんちゃな髪色の生徒を外国人と見間違えたんだろう。

 この高校は偏差値高めの県立だが、ルールは結構緩いことでも有名だ。


 持ち主が誰であれ、羨ましくて涙が出そうだ。

 金額的には届いたのだ。いわゆるドロップハンドルのロードバイクに乗ろうと意気込んだのは俺と嗣乃だけで、ヘタレの陽太郎と財務省(親とも言う)によって華麗に却下されてしまったのだ。



『次は、女子サッカー部です』


 お、やっとお目当ての部の一つの紹介が始まったようだ。

 県立高校の女子サッカー部は極めて貴重な存在だ。

 小学校時代からサッカー少女だった嗣乃が参加しようと意気込む部だ。

 嗣乃はきっと多忙を極めて、一緒に登校する機会は激減するだろうな。


 陽太郎がどの部か委員会に所属するか知らないが、俺は陽太郎の所属先は避けるつもりだ。

 これから三人はそれぞれの道を歩き出す。

 所属先をバラバラにすることこそ、その第一歩だ。



『あの……女子サッカー部、お願いします』


 司会を務める生徒のうろたえた声が響いた。

 しばし感慨にふけっていたのに、舞台上には誰もいなかった。


『あの、女子サッカー部の皆さん、お願いします!』


 数人の日本代表ユニフォームを着ている連中が、ぐだぐだな手拍子と共に舞台上に現れた。


『ニッポン! ニッポン!』


 壇上のマイクでニッポンコールってどういうことだ。

 あなたたちサッカーをする方でしょう? 応援する人達だぞ、これじゃぁ。


『女子サッカー部でーす! サッカーってどれくらいの国で国技として愛されているか分かりますかー? アタシ達はサッカーを通して国際交流を考えたりー、日本代表の試合がある日とか、一緒に応援しまーす!』


 ハァ……?

 俺だけでなく、新一年生全員の頭上にハテナマークが浮かんでいた。

 なんだ、このパリピめいた人々は。


『あ、終わりです』


 やる気の無い足取りで、謎の日本代表サポーターの女子生徒達は舞台上から去ってしまった。


 まずい。これはまずい。

 嗣乃の気持ちを察するにあまりある光景だった。

 この高校に女子サッカー部があることを心底喜んでいたのに。


「ん?」


 隣の陽太郎にちょいちょいと腕をつつかれた。

 陽太郎の隣に座っていた嗣乃の表情が消え、陽太郎の手を強く握り締めていた。

 嗣乃は感情のコントロールが苦手だ。怒りが抑えられなかったら、俺達どちらかが引き受けるようになったのはいつからかは思い出せない。

 女子サッカー部が舞台上から去っていくと共に、理不尽な怒りがこみ上げてきた。

 嗣乃が好きなサッカーを馬鹿にしやがって。


 嗣乃がサッカーを始めたのは小学校二年の頃だ。

 ガタイの良い男子を泣かせるほど粗暴だった嗣乃を心配した教師が、男女の区別がなかったサッカー部に放り込んだのだ。

 それからはサッカー命といわんばかりに努力を重ねていた。

 でも、進学した中学に女子サッカー部がなかった。その時の嗣乃の落胆は見ていて辛かった。


「はーあ。ソフト部でも入ろうかな」


 嗣乃はいつの間にか陽太郎の手を離し、落ち着いた表情を浮かべていた。

 随分早い回復だな。俺を置いて大人にならないで欲しいんだけど。



『次は、委員会活動を紹介します。委員会によっては、部活動と並行して参加できない場合がありますので、ご注意ください』


 部活動紹介が終ってしまった。

 結局、本当の女子サッカー部は私達でした……みたいな救いはなかった。


 だが同時に、隣人部も食品研究部も奉仕部も古典部も光画部も無いことが確定した。

 世知辛い。

 文芸部はあったが、至極まともな文芸部だった。



『生徒自治委員会の紹介です』


 ん? 生徒会のことか? 壇上にはやる気のなさそうな顔をした女子生徒と、もう一人は大柄で恰幅が良く、人も良さそうな男子生徒だった。


 女子生徒は上下ジャージに長い髪を一本の三つ編みにまとめて体の前に垂らし、丸いレンズの眼鏡をかけていた。

 不敵な笑みを浮かべている姿はなんともアニメ的で素晴らしいが。


『やっ、どーも! 生徒自治委員会です!』


 女子生徒の方が口火を切った。


『ウチは高校生活をまるまる棒に振りたい奇特極まりない愚か者を募集していまーす! 学校の前のドブさらいしまーす! 備品管理とかマジ辛いよ! エアコンがないクッソ暑いプレハブの委員会室で書類仕事しまーす! あーごめん! 私は二年の条辺塔子じょうべとうこでーす。生徒会長選挙とかやると思った? うちねーから! 誰でも入れるから! よろしく!』


 この女、できる。

 周囲をちらちら確認すると、誰もがこのネジの外れた演説に聞き入っていた。

 ふん、話術に引き込まれてドブさらいを買って出るが良い。


『さーて、今から楽しい部分を説明すっからよーく聴け。ウチ入ったらな……彼女できるぞ』

「「おおー!」」


 新一年生男子達がどよめいた。

 ますますこの委員会はないなと思いつつも、俺の集中力にターボがかかる。

 運命の歯車が俺を美人生徒会長と……なんてこともありうるではないか。

 次元さえ問わなければ。次元さえ。


「他校との交流は自治会の仕事だからさ! 出会いあるある! ここにいらっしゃる旗沼陸はたぬまりく君は隣のお嬢様学校の……な、何するだァァ!!」


 舞台上で条辺塔子氏は、旗沼氏の丸太のような腕に押さえ込まれていた。


「あそこ今年から共学になったのにね」


 クスクス笑いながら、嗣乃が呟いた。

 この高校から数キロ離れた私立のお嬢様学校は、今年から男子生徒を受け入れ始めたのだ。

 偏差値はここより低いし、家に金さえあれば推薦もらえたんだけどな。


 はぁ……年上のお姉様方に虐げてもらいたかったなぁ。

『虐げてもらう』って人として絶望的な表現だなぁ。



『皆様すみません、今までのは忘れてください。二年の旗沼陸と申します』


 三つ編みの先輩とは打って変わって礼儀正しそうな人だ。

 なりは相撲取りそのものだが、彼女がいても不思議ではない。外面より内面だよ男は。

 俺は内面も外面も論外だけど。


『ええと、生徒自治委員会は、先程説明しました内容も多少ありますが、基本的には生徒の視点で学校生活をより過ごしやすくするために活動する委員会です。大変ですが、やりがいはありますので、是非ご検討ください』


 あれ……?

 話し始めた旗沼氏に、俺の意識が釘付けになった。


『ご存知の通り、本校の生徒数は県内で一番です。部活動や委員会の数も大変多く、施設や備品も膨大です。それらの管理運営が滞れば、皆様の学校生活にも大きな支障をきたしてしまいます。学校生活をより良いものにするため、生徒自治委員会は皆さんの助けを必要としています』


 そうか。この感覚は多分、憧れだ。

 旗沼氏は多少詰まりながらだが、即興で必要なことを伝えた上でアピールまでしている。

 俺のようなネクラコミュ障には絶対にできない芸当だ。


『明後日の朝には新入委員歓迎清掃活動を行いますので、是非ご参加ください。大変な作業ですので、委員会参加希望者であっても強制ではありません。なお、他の部活や委員会への平行参加はできませんのでご注意ください』


 俺にもこうなれるチャンスはあるんだろうか。

 生徒自治委員会とやらに入れば、何か変わるかな?


 いや、そういう考えは良くない。

 俺のような人間は入った時点で満足して、それ以降の努力を重ねずに時間を無駄にするだけだ。


 隣の陽太郎は目を輝かせながら聞いていた。

 まさか入る気なのか? まぁ、良い傾向かもしれない。

 今まで俺達にズルズル付き合うだけだった陽太郎も、自分の足で立つべきだ。

 行き場を失った嗣乃が陽太郎の後を追ってくれればなお良い。


 ああ、これから俺は二人の力を借りずに生きていくのか。



 部活・委員会紹介が終わると、校庭を回るイベントが始まった。

 校庭にはいくつもの長机が置かれ、チラシを抱えた生徒達が新入生を待ち構えていた。


 十二時に学食で落ち合うことを約束して、二人とは別れた。

 やや暗い顔の嗣乃を放っておくのは気が引けるが、慰めるのは陽太郎がうってつけだ。


 しかし……。


「あ……やばい」


 そう心の中で呟いてしまうほど、俺は早くも自分の決断に後悔し始めていた。


 楽そうに見えた保健委員会はその名を借りた校内美化委員会だったので逃亡した。

 救いを求めたパソコン部は、部室にインターネット回線無しという体たらくだった。


 気がつけば、先ほど妙な憧れを覚えた旗沼先輩の立つ長机の近くに立っていた。

 案の定、陽太郎は生徒自治委員会の長机の前に立っていた。そしてその隣には嗣乃が立っていた。


「説明を始めますので少し詰めてください」


 生徒自治会の長机は極端に殺風景だった。

 旗沼先輩がたった一人、長机の前に立っているだけだった。

 他の部活や委員会は派手な看板やら装飾を用意しているせいか、逆に酷く目立っていた。


「僕一人で申し訳ありません。他の委員は説明会の運営を行っているので、この場に来ることができません。では改めて、旗沼です。体育館での説明との重複になりますが、この自治委員会は通常の生徒会と呼ばれる組織とはほぼ変わらない組織ですが、誰でも入ることができる一委員会の扱いです」


 高校に入っても生徒会めいた委員会は地味なもんだ。

 陽キャな皆様が内申点のために入る委員会に過ぎない。


「……地域行事への参加もいたします。学校の代表であるという側面もありますので責任は大きいのですが、とてもやりがいがある活動が多いのでぜひ参加をご検討ください。当委員会に参加希望の方は左のノートに、興味があるという方は右のノートへそれぞれ名前、クラス、チャットIDまたはメールアドレスを書いてください。これらの個人情報は勧誘時期が過ぎましたら破棄しますのでご安心ください」


 旗沼氏はカンペもなしに、淀みなく話をしていた。

 自分があんな衆目の場にいたと考えるだけで冷や汗が吹き出てしまう。


 どうやら陽太郎と嗣乃はノートに名前を書いているようだ。

 三人でいられるならこの委員会に入りたいと思ってしまうが、それは駄目だ。


 ずっとこの二人に依存する生活からはもう卒業したい。

 そうでもしなけりゃ、俺はいつまでも二人の障害のままになってしまいかねない。

 一人になるのは怖いけれど、ここで自分の決断を曲げちゃ駄目だ。

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