少年、自分が投げかける言葉の重さを知らず-5

 立ちはだかる金髪は、全身から怒りを放っていた。


「き、きりきりさんや! 真面目にやってるよ! ほら! 終わってる! 半分以上!」

「……ゴホ、あと、一時間で、先輩達帰ってくるって」


 チャットで良いようなことを言いに来たのか。

 ガサガサな声はもう慣れたもんだ。


「か、風邪でもひいた? 早退しなくて大丈夫かね?」

「……ひいてない。早めに終わらせて」


 冷たい。怖い。


「き、桐花、そういうのチャットでいいから」

「先輩帰るまで終わらせて」

「お、おうよ、追い込むよ!」


 ケレン味たっぷりのやる気を見せた多江に満足したのか、桐花は去って行った。


「こ、怖え……! つっきー何したんよ!? 素直にゲロれよ!」

「い、居眠り……?」


 本気で分からない。


「そ、それだけじゃ向井桐花大菩薩様があんなにお怒りになる訳ないってばよ!」

「いや、ていうかなんで俺が怒らせたことになってんの!? おかしくね!?」

「どう考えても一番接してるのつっきーだし!」

「席が隣なだけだろ! 理不尽すぎるぞ!」

「理不尽だろうがなんだろうが女子の怒りは怒らせた人が返済しないと解消できないんだからしなさいな!」

「どうすりゃいいんだよ! あと俺のせいって断定すんな!」


 正直、今の状態は困る。桐花と一緒に進めている仕事が結構多いのに。


「原因はいいの! 女子の怒りは有利子負債だから分割でも払えって言ってんの!」

「はあ? 火中の栗を拾えってのか!?」


 多江が俺の顔を覗き込んだ。


「な、なんだよ?」

「その台詞、羨ましい!」


 うん、俺も言えてちょっと嬉しい。


「まーとにかくね、ご機嫌取れとは言わないけど、話しかけ続けて怒られ続けりゃいいの。やんなさい!」

「えぇ……?」


 その役目は他の誰かがやってくれてると助かるんだが。


「……あー」


 突然、多江が変な声を上げた。


「どした?」

「いやぁ……さっきまでイケメンどうの色々言っといてなんですけど……つっきーへの、その、フォローをさせてもらえないかと」


 心が折れる、音がした。


「……余計傷付けるパターンが好きなら、どうぞ」

「い、いや! 決してつっきーのビジュアルがとかそういうんじゃなくて! 奴らがズバ抜けてるっていう意味であってで……!」


 こんな言い方をされたんだから、俺もちょっとやり返していいだろ。


「謝らんでいいから、一つ教えてくれ」

「へ、へえ、なんなりと!」


 困り顔も可愛いなぁ。


「よーのことはどれくらい好きなの?」

「うぇ!?」


 別に意地悪をしようってんじゃない。

 多江の本気度を知っておきたいだけだ。


「ま、またあたしのこと遠ざけようとしてないよね?」


 捨てられた子犬のような目でこっちを見るな。


「できるかそんなこと」


 咄嗟に答えたからか、本音が漏れてしまった。

 多江を遠ざけるなんて無理だ。


「そ、そうさねぇ」


 多江が長考モードに入ってしまった。

 俺程度の言葉に揺らいでどうするんだよ。


「い、いやぁ……あたしって、恵まれてるねぇ」

「は、はい?」

「いやぁ、このちんまいののシケた相談に真面目に向き合ってくれる人がいるって、純粋に嬉しいんよ。にーにもつぐにも相談出来なくて、なっちゃんも困らせちゃってさ」


 俺に桐花しかいないように、多江にも俺しかいない。

 だから門戸は開けておきたいけれど、いずれ閉めなくちゃならないんだ。

 本来は多江一人で対処しなきゃいけないことだ。


「白馬にはなんて言われたんだよ?」

「いやぁ、なっちゃんも結構ガンガン物を言うタイプだったの忘れてたよ。可愛くないと思うなら可愛くなれるように頑張れって。自分なんてどう頑張ったって男子っぽくなれないんだよって」


 白馬もコンプレックスの塊だからか、容姿に自信が持てない人間には結構厳しい。

 全てにおいて劣っている俺にはもう少し優しくして欲しいな。


「んで、とりあえずみなっちゃんと一緒にオサレ眼鏡を作ってみたんだよね……んで、昨日ワンデーコンタクト尽きたからデビューさせてみた次第です。はい」


 髪型でも化粧でもなく眼鏡か。いかにも多江らしいチョイスだ。

 似合っているよ。

 断ち切ったはずの未練が再燃してしまうくらい。


「こ、コンタクトが必要な時はどうすんだよ?」


 何と言ったら良いか分からず、あまり意味の無い質問をしてしまった。


「え? ああ、そういう意見もあるねぃ。おしゃれすんのが恥ずかしかったんだよ察しろよぅ。高校デビューみたいでよぅ!」


 眼鏡で高校デビューなんて言葉を使えるんだろうか。

 普通はコンタクトに変えるのがデビューだと思うんだが。


「高校入る寸前に髪型変えるのはさ、にーが一緒にいたから心強かったけど、眼鏡はみなっちゃんがいたとはいえ完全に自分で決めたからねぇ……あ、そういや感想聞いてなかったけどどうよ?」

「話題をすり替えない」


 にやーっと多江が笑う。


「はっきり言っておくんなまし。話が進まんよ?」


 滞らせているのはお前だろ。

 しかし、ここで時間をかけてしまえば、言葉は二度と俺の口から出てこないだろう。


「大変宜しい」


 茶化したような受け答えしかできない自分が情けない。


「みんなもそう思ってくれるかね?」

「ベタ褒めだったじゃねえか」


 そういうことじゃないんだよと、多江のしかめっ面が語る。

 暗に陽太郎はどう思うかと伺いたかったんだろう。


「ほんとかねぇ?」

「ほんとだよ。覚えてるだろ? 白馬が突然髪の毛短くしてきたら女子全員でフルボッコにしやがって。似合ってなかったら今頃同じ目に合ってるだろ」

「そっかぁ……ああ、話の腰を複雑骨折させまくってごめんね。なんつーかねぇ、最近、疲れちゃったのかねぇ」

「何に? いや、ごめん」


 愚問だった。


「いやいや、謝るのはあたしの方だよ。ここまでフェアにっていうか、むしろあたし寄りの立場取っててくれてさ」


 多江が大きめの電気スタンドを持ち上げようとしてよろめいた。

 思わずその体を支えた。多江に触れるのは心臓に悪いが、仕方ない。


 俺が多江に対して邪な思いを抱いている状況証拠は揃いまくっているというのに、棟の多江は一切気づいていなかった。


 何だこの状況。

 一度たりとも告白してないのに二度も振られたような気分だ。


「なぁ、本当によーじゃなきゃ駄目なのか?」


 きつい質問だが、俺のためには必要な質問だった。


「へ? あ……え?」


 まあ、そんな声も出るだろうよ。

 口に出してから気付いたが、まるで俺が告白するターンみたいだな。


「あ、えと、なんていうか、その、一歩引いてみたらどうだよ?」

「え!? そ、そりゃあどういう?」

「そのままの意味だよ。お前の中で陽太郎のことが重荷になってるんじゃないのか?」

「そ、そりゃぁ、そうだけど」


 声を荒らげないように、静かに言葉を続ける。

 荒い声や大きな声は、気弱な人物の耳には届かない。恐怖を与えるだけだ。

「今のままじゃ、あいつの隣歩けないだろ。まずは自分の頭ん中を何とかするのが先じゃないのか?」


 じっと相手の瞳を見るのは俺みたいな人間にはきついが、相手は多江だ。

 何とか視線を合わせたままにする。

 こちらに集中させないと、多江は逃げてしまう。


「あ、あたしみたいのには無理って思ってる?」

「それを判断するのは俺じゃねぇ。顔形に囚われてるのはお前自身だろ」


 巨大なブーメランが額に突き刺さったが、気にしてたまるか。


「で、でも、見た目重要だと思うんよ、やっぱり……」


 はぁ。

 理解してないな。


「よーも杜太も見た目なんて気にする奴だと思うか? というか杜太なんてお前のことめちゃくちゃ褒めてたじゃねぇかよ。杜太は女子だったら誰でも褒めるドスケベじゃねーぞ」


 多江が何かを言おうとしているのは分かるんだが、言葉にならないんだろう。

 追い詰め過ぎたか。


「見た目悪いなんて思ってんのはお前が勝手に思ってることだろうが。自分でなんとかできることだろ?」


 二発目のブーメランが炸裂した。

 ネガティブな人間がネガティブな人間を説教するのは簡単だね。

 自分自身に馬乗りになってタコ殴りにすれば良いんだね。ちぃ覚えた。


「え? えぇ……? じ、自分じゃともできんって!」

「できるよ。だから一歩引けって言ってんだ。お前の頭の中カッチカチじゃねぇか。少し柔らかくしろよ。視野を広げろよ」

「そ、そっか。ま、まず自分の頭の中かぁ……頭が柔らかいつっきーに言われると響くもんがあるねぇ」

「そそ、まずは自分の頭の中だ」


 多江は何故か頭皮マッサージのようなことをし始めた。

 物理的に柔らかくしてもな。


「うぅーん。なんだか少し肩が軽くなったかも。そいえば、にーも言ってたなぁ。好かれようとテンションおかしくなってる男はキモいって。その女バージョン見事にやらかしてたんかねぇ?」

「んー……そうかもな」


 いきなりの伸びはやめてくれ。

 夏服越しに体の線が見えてドキッとするだろうが。いや、自嘲すべきは俺の下劣な思考か。


「とにかくエアコン浴びに帰るぞ!」

「……ごめんよ。あたしももう少し自信付けるようにするよ」


 なんで俺に謝る必要があるんだ。


「あ、あのさ、頼りないだろうけどさ、あたしにもなんか相談しとくれよ」


 そうだな。

 目の前にお前との将来を妄想しまくっていた気持ち悪い奴ががいるんだけど、どうしよう?

 ストーカー規制法でしょっ引いてもらった方がいいかな? 


「……悩み相談なんてほぼ毎日してただろ。俺はその借金を返済してるだけだっての」

「えぇー? くっちゃべってただけで? もっとこうさぁ、恩着せてるなぁって実感がある相談ないん?」

「あのな、俺を見て考えろ。お前は親兄妹以外の異性に一生縁がないような奴の相手をしてくれたんだぞ? お前のボランティア精神にどれほど心癒やされてたか」

「な、何言ってんのさ! お互い様でしょーが!」


 そうか、そういうもんか。

 俺達二人とも色恋にはよちよち歩きの赤ん坊だったのか。


「ごめんな。味方になれなくて」

「あ、あはは……その言葉が一番あたしには刺さるよ」


 気づいてくれよ。

 俺はお前の恋愛を阻止しようとしているんだよ。


「と、とにかく、捨てない物だけでも運び出すか」

「まずは置き場を相談してからにしよーよ」


 手ぶらで部屋を後して昇降口を出ると、テニスコートの中から手を振る女子が見えた。


「お! あの子あたしのクラスメイトだよ。可愛いっしょ! いやっほー!」


 多江が手を振り返した。

 あの子には悪いけど、多江の方が可愛いよ。贔屓目は百も承知で。


「うへぇ、太陽さん容赦ないねぇ」


 本当に容赦がなかった。

 ペットボトルはもう空っぽだった。

 なぜか、桐花と話がしたくなってしまった。

 俺に何か腹を立てているんだが、どうしても話したかった。


 そして、頭の中の整理を手伝って欲しかった。

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