少年、自分が投げかける言葉の重さを知らず-4
『はーあ。俺が何したってんだ?』
という定番の台詞は完璧超人のリア充の台詞で、俺みたいな奴が吐いたらテメーの胸に聞いて見ろと言われながら心臓を握り潰されることは間違いない。
桐花が何を怒っているかは分からなかった。
でも、俺が何か気に食わないことをしたんだろう。
桐花のことも気になるが、そんなことより今の状況が問題だ。
かつて資料室だったらしい狭めの部屋に、多江と二人でいるなんて。
「なーんか
多江が小物の山からアナログの大小様々な秤をチョイスして並べていた。
「料理部、美術部、剣道部……剣道部? 剣道で秤なんて何に使うんだろうねぇ」
電気製品といえば俺と多江なので仕方がないんだが。
「うわぁ。ホットプレートとドライヤーだけで何個あるんだか」
「もったいねぇけど全部処分だな」
細かい物を段ボールへと放り込む。
「ねーねーつっきー、なんか話しよーぜぇ」
そんな気分じゃないんだけどな。
暑いし。
「さっさとやればすぐに自治会室に戻れるだろ。暑すぎだよこの部屋」
「釣れないねぇ」
ふん。ちょっとやそっとじゃ釣られないつもりだ。
可愛い眼鏡はちょっとやそっとじゃないから釣られるけれど。
「つっきー、ご機嫌斜め?」
「疲れてんだよ。お前らやりたい放題バラバラに仕事しやがって」
「あぁーそりゃすまんねぇ。いやぁ、つっきーが中間管理職に向いてるとは思わなかったよ」
一年生の仕事は、気がついたら俺が管理していた。
そのうち誰かに代わってもらいたかったが。
「ねーねーつっきー、八月のオンリーほんとに行けないの?」
無理やり話題を探しやがって。
オンリーとは一つの作品やゲームだけに限定された同人誌即売イベントのことだ。
「行けねーよ。ちょうど予定入れちゃったんだよ……すっかり忘れてた」
んな訳ないけど。
さっきから多江と二人という状況にやたら緊張していたが、この二転三転する滅茶苦茶な会話はありがたかった。
最近は桐花の話しかけてこない態度を気に入っていたが、やはり多江と無駄話をしている方が気が楽だ。
女子を両天秤にかけるとは俺も偉くなったもんだな。
「そっかー。日程なかなか出なかったしねぇ。とーくんは行きたいって言ってるけど」
「あいつ物覚え良いからファンネルには最高だぞ」
「そっかぁ。そりゃ助かるけどねぇ」
ファンネルとは購入要員のことだ。
なんでこんな呼ばれ方なのかはヲタには分かりやすい。
即売会では目的の物を手に入れるためには手分けして買わねばすぐ完売になってしまうから、仲間は多ければ多いほど良い。
「とーくんかぁ……。うーん、ほんとに来れない?」
そんな困ったような顔をされてもな。
「八月なんて日程がそもそも無理なんだよ。クソ運営が何考えてるか知らねーけどなんでコミケ前にやるんだよ」
本当は祭りの手伝いで日当が出るので、それほど軍資金には困らない。
それ以前に、自治会のお陰でコミケなんて絶対に参加できなかった。
多江もそれは覚悟しているところだ。
「日程出る直前に予算組んだって言ってなかったっけ?」
ちぃ、覚えていやがったか。
これについては言い訳を用意してある。
多江の方を見てにやっと笑った。
「何やらかした? 怒らないからおばちゃんに言うてみなさい」
「……いや、気になってた旧タイトルが大量入荷してましてね」
ちなみに事実だ。
中古屋でちょっとした金鉱脈を見つけてしまったのだ。
「何してんだよ! あたしは我慢してるのに!」
「怒ってるし! 今度貸すから!」
「くっ! ならば許して進ぜよう!」
「有難き幸せ」
一瞬だけ明るくなった多江の表情は、すぐに暗くなってしまった。
「あー……あのさぁ、今からとーくんに大量の脂身食わせてぶっくぶくに太らせられないかな? 逆に干からびさせてもいいんだけど」
「そんな面白いことしてどうすんだよ? ちょっとやってみたくなっちゃうだろ」
「察しろよぅ!」
「何をだよぅ!」
多江は自分の容姿が極めて凡庸、もしくは並以下だと思っている。
元いじめられっ子特有の自己評価の低さだ。
「さ、最近ほら、クラスでとーくんと自治会の話してるとさ、なんか周りに見られてないか? って気分になるんだよね……ちんまいのがアイドル独占しやがってみたいな視線を感じるんよ」
どこまで自分に自信がないんだ。
「別に杜太と釣り合わなくはないだろ。何度も男に告られてるくせに」
「い、いや、我々の業界にメスがあたしくらいしかいなかったからでしょうに。なんていうか、とーくんみたいに整った顔と正味十二時間以上一緒に行動するって……ねぇ」
何を言っているんだ。
陽太郎ともし望むような関係になれても、ずっとそのいじけた考えを続けるつもりなんだろうか。
「お前……」
突然気分が悪くなった。
それを指摘しようとしただけなのに。
この前の決意はどこへ消えたんだ。
俺は俺の理想のために動くと決めたのに。
今の多江は杜太と同様、俺の言葉次第では大きく揺らいでしまうかもしれない。
多江は以前、白馬にでも相談すればという俺の言葉を忠実に実行した。
そして、白馬はそれによって瀬野川に告白するという決意を潰されてしまった。
杜太もだ。
俺が多江と付き合いたいと言ったらあきらめると、きっぱり言いきった。
俺は……俺は、人の行動をがらりと変えてしまう恐れがある自分の発言を意識して発していただろうか?
俺の発言を真っ直ぐ受け止めてくれる友人達に対して、真摯に応えられているんだろうか?
「つ、つっきーどしたの?」
「いや、なんか、こう」
必死で誤魔化そうとするが、吐き気と暑さに混じって寒気が込み上げてきた。
不快指数が高いせいか、息苦しさまで襲ってきた。
「……あぁ、ちょい、休憩」
「え!? 疲れてるなら言いなさいな! 飲み物代出てるんだし!買ってくるから!」
多江がバタバタと部屋を出て行った。
飲み物代の計上は桐花のアイディアだ。
ありがたい。でも今は理不尽に怒りを向けられているので、素直に感謝できなかった。
「ほい、いつもの!」
戻ってきた多江に、カロリーゼロのスポーツドリンクを渡された。
甘すぎる飲み物が苦手なのを覚えてくれていたのか。
そのことが、更に寂しさを募らせた。
「ふいー生き返った」
生き返った気分ではなかったが。
「おう、生き返ったか。ならばつっきーがさっき言いかけていたことを当ててあげよう」
やはり察していたか。
そうだよ多江。お前は陽太郎なんていうやたら背の高いイケメンクソ野郎の隣を独占できるのか?
「……想定外だったぜ、ベイベー……」
何がベイベーだ。
「み、見るなし! そんな目で見るなし!」
思わず冷ややかな視線を向けてしまった。
多江はもう少し自分のビジュアルに気付くべきだ。
安佐手ごときがどうして多江と一緒にいるんだという疑問を呈されたことは一度や二度じゃないんだぞ。
「と、とにかく、残念イケメンでまず慣れとけよ!」
そしてそのまま固定されろ。
しかし、傷つくなぁ。
俺は多江の恋愛対象じゃないというのがはっきり分かる会話だ。
「とーくんは残念イケメンではなくない? 頭の回転遅いだけでさ。取りようによってはちょっと癒し系でしょ」
なんだ、分かってるじゃないか。
「……よーとどうにかなりたいくせに、杜太で引っかかってどうすんだよ?」
険のある言い方をしてしまった。
「いや、その、伊達や酔狂のつもりは毛頭ないんだけど。ほら、つぐはもう全然あたしなんて眼中にないしねぇ。あたしによーちん任せてチャリで爆走しちゃってさ。夫婦の貫禄っての?」
はぁ。多江は嗣乃を過大評価してくれているらしい。
やはり、相談できる相手は俺しかいないみたいだ。
「実際もう嫁みたいなもんだからな」
言い過ぎだ。ただの家族だ。
でも、多江の入り込める余地はあまりにも少ないのも確かだ。
「そ……そうねぇ。さて、続けるかねぇ」
多江がふらふらと立ち上がった。
「こういうのってラジカセっての? CDプレーヤーついてるラジカセはキープしとこうか」
「へいよ……ん?」
家電の山の中に、一つだけ合皮の細長いケースがあった。
ギターにしては小さいような。
「お! それ楽器かね? ギターかな?」
開けてみようと手をかけようとしたところで、多江に奪われた。
「なんだそれ? 小さめのキーボードか?」
「うーん。それにしてはどこかいびつだねぇ……でっかいピアニカかね?」
「そりゃないだろ」
明らかに電気製品だ。YAMAHAと描いてあるし。
「あ! これいつかのライブで渡辺チェルが持ってたかも!」
『渡辺チェル キーボード』……と検索をかけると、確かにそれらしき物を抱えていた。今度はキーボード、肩掛けで検索してみる。
「あった、ショルキーっていうらしいぞ? ショルダーキーボードの略だってさ」
こんな物の存在すら知らなかった。
「うわわ! 単二電池いっぱい! うわ、全部腐食してる!」
「は? うお! くせっ!」
多江とキャイキャイやっている背後で、ガラガラと引き戸が音を立てた。
多江の顔が戸の方向を見て凍りついた。
そこには、鬼の形相をした金髪碧眼が立ちはだかっていた。
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