少年、自分が投げかける言葉の重さを知らず-3

 ここ数週間は激動だった。

 主にテスト的な意味で。


 明日はやっと終業式だ。

 この開放感は何事にも代えがたい。


「安佐手達は海とか行くんだろ? いいよなぁ汀も瀬野川さんも酒匂も一緒だろ?」

「は? 行ったことないけど」


 これから中断していた自治会活動を再開しなきゃいけないのに、俺はクラスメイトに捕まっていた。


「またまたそんな!」

「いや、ないけど」


 本当だ。

 インドア派の俺達は一度として海やプールはおろか、外で遊ぶことは極めて少ない。

 一緒に出かける場所なんてショッピングモールくらいなもんだ。


「ちなみにさ、ちなみにでいいんだけどさ、瀬野川さんとか汀ってやっぱりスタイルすげーの? どうなの?」

「知らねーよ。瀬野川なんて紫外線嫌がって農作業みたいなカッコしてんだぞ?」


 そもそも瀬野川家は豪農というやつだ。

 野良仕事に慣れた一人娘の紫外線対策は完璧だ。


「んだよ使えねーなー!」

「そんなにあいつらのこと知りたきゃ自治会入りゃいいだろ」

「お! そうか! んで仲良くなって夏休み突入かぁ!」

「まじで? 今後の予定こうなってるんだけど」


 いやぁ、人で画増えるのは助かる。


「え? なにこれ? ブラック企業の予定表?」


 なかなか言い例えだ。

 差し出した携帯電話のスケジュール帳はパンパンに埋まっていた。


「夏休み入る前にバイト申請出しといてね。例祭の手伝いはバイト代出るから」


 自治会を苦痛に思ったことはあまりないが、週末もかなりの確率で何かしらの予定が入っているのは中々骨が折れる。

 俺としては暇にならなくて助かるけれど。


「入会届は後でいいから行こうよ」

「やっぱり俺テニス部好きだからやめとく!」


 ちっ、逃げられたか。


「うぇ……!」


 廊下に出ると、むわっとした暑さに飲み込まれた。

 俺と一緒に教室を出た桐花も、同じ蒸し暑さにしかめ面をしていた。


 ふと気づいたが、桐花に前髪ができていた。

 ワンレングスというか、肩甲骨の辺りまでワサッと広がっていた毛先は首の辺りで切り揃えられていた。

 瀬野川辺りが美容院に連れて行ったんだろう。


「あっつ! 廊下にもエアコン付けてくんないかなあ?」


 嗣乃と陽太郎も追い付いてきた。


「お、みんなお揃いで!」


 多江と杜太がちょうど教室から出てきたので歩みが止まった。


「あ、月人ー!」


 杜太の呼びかけに応じられなかった。


 ああ、まずい。これは、まずい。

 目に飛び込んできた多江の姿がまぶしすぎた。


 多江が自転車登校する日はそう多くはない。

 今日は猛暑の予報が出ていたからか、多江は坂の麓に現われなかった。

 自分の体力とよく相談しろという桐花の教えをしっかり守っているのだ。


 今日の多江は、今までで一番目の毒だった。

 夏服姿にワインレッドのやたらおしゃれな眼鏡様が、その可愛さをより強調していた。


「お、その眼鏡可愛い!」

「あれぇ? つぐはメガネっ娘イケるクチだったっけ? あたしも捨てたもんじゃなかろう? ん?」

「あたしがいつ多江を捨て置いたよ! メガネっ娘属性芽生えそう!」


 俺が好きになった多江の姿よりも、ずっと目を惹く。

 コンタクトに変える前は、どこにでもありそうなシルバーフレームの眼鏡をかけていた。

 だが今はどうだ。

 自分にしっかり似合う眼鏡を選んだんだらしく、破壊力が半端ではなかった。


「どーよつっきー?」

「こ、コンタクトはどうしたんだよ?」

「おう、決してコンタクトが面倒くせー投げ出しちまいてぇ! って思った訳じゃないんだぜぇ!」


 それが本音か。


「めっちゃ可愛いですぅー!」


 杜太め。

 俺みたいな奴が言うと最高にキモがられる台詞をこともなげに。


「お、おう、正面切って言われると照れるだろ!」

「いたたたー!」


 多江が杜太の背中を結構思いっきりグーで叩きまくっていた。

 羨ましい光景だな。


 今日の自治会室は一年生だけだった。

 二年生は学園祭実行委員会と昼食を食べながらのランチミーティングとやらをすべく、大会議室にいるはずだ。


『学校交流会』という他校との話し合いの準備もあるそうだ。

 基本は各校の文化祭についてだ。


 二千名規模の我が校の機材は恐ろしく豊富なせいか、貸出を求める周辺の学校が多い。

 その巨大高校の行事は付近の学校や自治体に大きなインパクトをもたらすので、他校との折衝は極めて重要だ。


 夏休みからは一年生もその交流会とやらに参加しなくてはならないのが、今から恐ろしい。

 交流会に参加するメンバーは『校外組』、その逆を『校内組』と呼ぶ。

 俺としてはなんとしても校内組に残りたいところだ。


 なんて色々頭の中でぐるぐる思考を巡らせていても、結局多江へと思考は戻ってきてしまう。


「いやー、みなっちゃんに眼鏡は一個くらいおしゃれなの持っとけって言われて連れてってもらったんよ。湊先輩も新しいの買ってたからそのうちクッソ可愛いの見れるよぉ」


 必死でおしゃれ眼鏡をかけている気恥ずかしさを誤魔化すとは。

 天然のあざとさが可愛いな。

 しかも、俺の中の三次元の二大メガネっ娘が二人でショッピングしていたなんて。

 目撃していたら癒やし殺されていたな。


「うわ……二人が買い物してる姿とか癒やし殺されそう」

「嗣乃、劣情を漏らさない」

「ふん。よーもあたし達の兄弟なら素直に萌えるって認めろよ!」


 俺と嗣乃の思考回路は常時シンクロしているのか?



「遅い!」


 自治会室のドアを開けると、瀬野川に出迎えられた。

 白馬と二人で待っていたようだ。


「二人が早いんだよ」


 陽太郎が反論する。


「お……おおお! ちょっとそこのめがねっ娘! 可愛いやないかぁ! おじさんと遊ぼうや!」


 どいつもこいつも同じような反応しやがって。


「残念でしたのぅ。この娘はウチが買うたんや」

「んだよ先約ありかよ畜生! んじゃ桐花! 慰めて!」


 無言で桐花が瀬野川の方へと寄って行き、その頭を抱きしめて撫でる。


「ちょ! 調教してんの!」


 嗣乃が割と本気で嫉妬していてキモい。


「もういいからお弁当食べようよ」


 白馬が流れを断ち切ってくれるのはいつも助かるな。

 やっと全員席について弁当を広げる。


「ん? 何よ桐花? 調子悪いの?」


 何を言っているんだ瀬野川は。


「なんか雰囲気暗いぞー。どうしたよー?」


 まだ桐花との距離の遠さを感じてしまう。俺にはまるで分からなかった。

 ただ、この距離の遠さがあってこその秘密の共有なんだけど。


 見た目に似つかわしくない純日本風弁当を食べ終わるや否や、桐花はノートパソコンを引っ張り出して電源を入れていた。

 普段の俺達ならダラダラと駄弁って時間が過ぎていく。

 だが、桐花という要素が加わってからはメリハリというものが生まれた気がする。


「えーきりきりー! 食休み大事と思うんよー?」

「今日仕分ける備品の総数が分からないの」


 今日初めて桐花の声を聞いた。


「そっかぁ。じゃあVLOOKUPブイルックアップを伝授しようではないか」


 いや、備品貸出表にそんな関数使う必要あるかな?

 まあいいか。怠け者の多江がやる気を出してるんだから、止める理由はない。


「う、うおお!?」


 PC画面を見て声を上げた多江に皆が驚いて駆け寄る。


「こ、これ、きりきり全部やったの?」


 気まずそうに俺の方を見てから、桐花が頷いた。

 皆が見ているのは共有のクラウドに保存された資料の類だ。


 過去に自治会で取り決めたルールやらルールを適用した事例や、検索に骨が折れる内容を厳選して電子化していたのだ。

 俺が始めたその仕事は、いつの間にか桐花の方が多くこなすようになっていた。


「し、仕事は分担しろよ」

「……してる」


 ひぃっ。視線が怖い。

 本当に機嫌悪そうだな。


 桐花に触発されたのか、皆仕事を始めてしまった。

 とりあえず、誰も見ていない間に寝よう。

 一応予定していた開始時間までは三十分くらいある。


「あれー? 軽音部の練習日と中学にアンプ貸し出す日被ってないー?」

「え? ほんとだ!」


 杜太も陽太郎もうるさいな。


「中学に貸し出すのはワイヤレスマイク用のアンプだよ。ワイヤレス2本って書いてあるだろ」

「あぁ、そっかぁ」


 今度物品の表記を改善しないとな。


「げぇ! 長机のサイズ区別すんの忘れてた!」


 関羽にでも会ったのか多江は。


「短い長机は六脚しかなくて後の百くらいあるのは全部普通サイズだよ」

「おーそうなんだ。長さいくつだっけ?」

「180と150だよ。短い方は自治会で使うから貸出リストに入れるなよ」

「おっけー! 助かるぅ」


 なんでそんなことも知らないんだ。


「自治会の経費申請誰がやってたっけ?」


 白馬までもかよ。


「山丹先輩だよ……嗣乃と桐花手伝ってなかったか?」


 眠くて記憶が曖昧だ。


「あぁ! なっちゃんの五月の交通費払ってない! 個人の経費は桐花の仕事でしょ!」


 嗣乃は小さな事を大声で言いやがって。

 白馬は見た目が見た目なので、渉外担当をするように俺が仕向けている。

 本人も俺の目論見に気付いているだろうが、何も不満を言わずにやってくれているので助かった。


「ご、ごめんなさい。す、すぐ出すから」

「あ、慌てなくても大丈夫だよ。数百円だし」


 機会を逃すと、言い出せずにそのままにしてしまうのは桐花の悪い癖だ。


「瀬野川、この前中央棟で見つけた電気製品どこに運んだの?」

「は? ああ、電気ポットとか? 発見したのアタシだけど、結局沼っち先輩達がどっかにやっちゃったんだよなあ」


 陽太郎と瀬野川もなんですぐ忘れるんだよ。


「……電気製品と細かいもんは部活棟一階のなんちゃら資料室だよ。分類に困った物の一時保管場所はそこって決めただろ」


 そうだ、一眠りしたら電気製品の整理しようと思っていたんだ。

 それにしても人手が足りないな。

 役職に固執したら到底仕事がやりきれないので、一年生は全員バイプレーヤーだ。


「あぇ?」


 テーブルから頭が離れていく。

 この加減を知らないパワーの持ち主は間違いようがない。


「なんだよ? 寝かせ……」


 後ろを向くと、やはり怒り顔の金髪娘がいた。


「な、何?」


 あぁ、もう開始時間か。


「ソイツ寝かしてて良いよ。寝てる方が使えるわ」

「言えてるわそれ」


 瀬野川も嗣乃もなんだよ。

 でもこれは公認されたってことだよな。


「そういうことだから桐……あいだだだだ!」


 ちょっと肩! 鎖骨ごと!?


「起きた?」

「……はい」


 寝てても良いって言われたのに。

 仕事したくねぇよぉ。

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