三兄弟、解散の予兆-4

「あははぁ、やっぱり楽しいですねぇ! 演劇はこうでなくちゃねぇ!」


 生徒会長氏は随分と楽しそうだ。


「小劇場公演を見たことがあるんですか?」


 舞台上から降りてきた宜野に質問されると、会長は上を向いて思案顔になった。


「はい、多分」

「多分?」

「ええ、多分」


 ふんわりした解答だ。


「うふふ、こんな短時間に何度もウ◯コって言葉を聞くことはないでしょうねぇ……本番はもっと聞きたいですねぇ」


 何言ってんだこの人。


「おい一年! 客にアンケート用紙渡しただろうな!?」

「は、はい渡してあります!」


 声でかいな、前部長。

 がっちりした体を揺らしながら笹井本生徒会長の前に立った。


「本日はご観覧ありがとうございました!」


 追いついてきた他の部員達も同様に頭を下げた。


「あははぁ、面白かったですよぉ。下ネタ耐性無い子を連れて来れれば面白かったんですけど」

「会長、趣味悪いですよ」


 思わず桐花を背中に隠してしまった。

 この場で唯一この糞まみれ状態に翻弄されていたのは間違いなく桐花だ。

 宜野への苦手意識がもっと大きくならなきゃいいけど。


「フロンクロスさん、どうだったかな……?」

「ふぇっ!」


 桐花が変な声を出した。

 そこまでびびることないだろう。


「お、面白かった……?」


 なぜ桐花は疑問系で言うんだ。


「ですよねぇー! いやぁもうウ◯ココールとかしちゃいたいくらい楽しかったですよぉ」


 なんてことを言うんだ、この会長氏は。


「そのアイディア……もらった!」


 えぇ?

 何を仰ってるの主宰さん?


「よし、さっきのウ◯コで興奮しはじめた所で客煽りいれろ!」

「え!? どこのウ◯コの所!?」

「『ウゥ◯コ! の所だって!」


 ひどい会話だな。そこら中ウ◯コまみれだ。


「桐花、ちゃんと感想言ってやれよ」

「あ、あの……えと……」

「な、何? フロンクロスさん?」

「えと……、あの!」

「落ち着けって」


 宜野が期待の目で桐花を見ている。


「あの、今まで、一度も見に行かなくて、ごめんなさい」


 金髪が下方向にぶわっと揺れる。

 そこまで頭下げなくても。


「え? い、いいよ、そんなこと!」


 宜野が慌てて桐花の両肩に手をかけるが、桐花の頭は上がらなかった。


「演技、すごかった……です」


 頭を下げたまま桐花が言う。

 宜野に会えなかったのは罪の意識もあるのか。


「あ、ありがとう」


 そのままの姿勢で両者が固まってしまう。

 俺と会長氏はそれをただ見ているしかなかった。


「あららぁ、泣いてるの宜野君?」

「あ、あはは、ごめんなさい。フロンクロスさんに、見てもらえて、思った以上に嬉しくて」


 うわぁ、格好良いマネしやがって。

 良い場面で良い涙を流すとは。


「な、なんで……!?」


 顔を上げた桐花も混乱していた。

 ジャージのポケットを漁るが、ハンカチもティッシュも出てこなくて困っているらしい。


「お前のティッシュはいつも鞄の中だろ」


 はっとした顔をするな。

 なんで俺が知っててお前が忘れているんだよ。


「ほれ」


 ティッシュを投げ渡すと、宜野はぐいぐいと顔を拭っていた。


「あ、ありがとうございます……恥ずかしいなぁ」


 目的は桐花だったか。

 宜野は桐花を目立たないと言っていた。

 確かに髪の毛を黒くしていれば、背の低さとうつむき加減もあいまって目立たないかもしれない。


「あの、本公演、見に来てくれるかな?」


 タモさんかとか突っ込みたいけど、そんな空気ではなかった。

 桐花が遠慮がちに頷く。


「い、行きます」


 友達になってくれそうな人がいたというのも、以前に言っていた手紙を返さなかったという相手も宜野なんだろうか。


 この空間、どうにも居心地が悪いな。

 仕事に戻るか。


「ど、どこ行くの!?」

「うおっ! し、仕事だよ」


 踵を返した瞬間にでかい声を出すなよ。

 すっ転びそうになって恥ずかしいだろうが。

 お前はお前で宜野と積もる話でもしてりゃいいだろ。

 その姿は見ていたくないんだよ。


「あらあら、では私も一緒に連れてってくださいな。私、諸般の理由で手すりのない階段が苦手でして、肩をお貸しいただけると助かるんですが」


 段々、俺の頭の中で点と線が結ばれていく。

 この生徒会長氏も、宜野と桐花の再会計画に噛んでいそうだ。


 勉強はできるようだが、ここまで事務仕事に向いていない宜野をわざわざ生徒会に受け入れるのは妙だ。

 しかも、この学校へ頻繁に立ち入るオフィシャルな理由まで作って。

 あ、演劇に参加するって理由作ったの俺だった。


「頑張ってねー!」


 俺の肩に手をかけた会長氏が歩き始めたので、俺もそれに従った。


「うふふ。うちの子が笑顔になってほんとに良かったぁ!」


 ラノベみたいな台詞をこんな美人が言うとゾクゾクするな。


「私ねぇ、宜野君について悩んでたんです。生徒会として男子を受け入れられる部活動を整備しきれなかったので生徒会に入ってもらったのですが、ずっと悩ましい顔をしていたんですよ」


 一方的に話す人だな。

 階段にさしかかると、確かに手すりがなかった。


「フォォ……ホァタァ……」


 え? ブルース・リーのモノマネ?

 階段を前にしただけで訳の分からない声を出さないで欲しい。

 手すりがないってだけでここまで気合を入れる必要あるかなぁ?


 生徒会長氏は足どころではなく、全身が震えていた。


「いやぁ……こいつぁなかなかの難敵ですねぇ……」


 何を言っているんだ、この人。


「貨物エレベータを使いましょう」

「えぇーつっきー君も私をババア扱いですかぁ? 傷つくなぁ……例えこんな心も腐り落ちたBBAでも挑戦する心は忘れていないんですよぉ?」

「巻き込まれて怪我したくないからエレベータ使ってください」

「私、階段で降ります! ……でも、今回はエレベータで降ります」


 どっちだよ。

 生徒会長氏は俺の肩に回した腕を解かず、機材搬入路の方向へと向かう。

 よく他校のエレベータの場所なんて知っているな。

 足が悪い人はエレベータの場所の目星がつきやすいんだろうか。


「弱い私をお許しください……ぽちっとな」


 何を言ってるんだ。

 会長氏がエレベータのボタンを押すと、大きな鉄の扉の向こうで雷のような音が響く。


「おほぉ~テンション上がりますねぇ、これ!」


 いつまで人に体重預けているんだ。

 足があまり良くないのは分かるけど。


「いやぁ、こんなに体重預けてるのに離せって言わないんですねぇ。つーちゃんはいいなぁ。こんなに良いご兄弟がいてぇ」

「血縁ないんですけど」

「だからいいんじゃないですかぁ。私も毎日美少女に甘えて生きたいですよぉ」

「甘えたいならいくらでも貸しますから」


 俺は年上の人とはまともに会話できるんだろうか。

 よく分からんな。

 大きな音を立てて、エレベータの扉が開いた。


 グランドピアノが二台は乗りそうなエレベータに人間二人というのは気が引けるが、仕方ない。


「こっち向いてくださいな」


 何だよこの人。

 エレベータに乗るなり、そんなこと言いだすなんて怖いんだけど。

 背の高さがほぼ一緒だからか、前に整った顔から目が離せなくなってしまった。


「うーんよたろー君に似てるような、似てないような」

「眼と鼻と口の数は一緒ですけど……って、よたろーって呼んでるんですか?」

「あははぁ、交野さんの奥様がよたろーって呼ぶから伝染っちゃいました……あらぁ、一階のボタン押してませんでした」


 ボタンが押されると、ブザー音と共にドアが閉まった。


「どうしたんですか? 私の顔そんなに見て」

「へ? あ、なんですか? ……あ」


 ついに分かった。

 この人の顔への既視感。


「……分かりますよ、つっきー君が考えてることなんて」


 生徒会長氏の顔を思わず見つめてしまっていた。

 でも、なんでいきなりやさぐれ始めたんだ?


「どーせこんなかわゆい眼鏡私には似合いませんことよ」

「に、似合いますから!」


 俺がファッションチェックするような奴に見えるのかな?

 その色違いが完璧に似合う人物を俺は知っているといえば知っている。この人の大人っぽさには正直似合ってはいなかった。

 一階にエレベータが着いて、扉がゆっくりと開いた。


「エキサイティングでしたねぇ。エレベータにして良かったぁ」


 搬入路から体育館へと入る。

 今日も一階はスポーツ部で満員御礼だった。


「あの、会長さん」


 先ほどの会長氏への既視感を確かめたかった。


「はい? なんですか? ナンパなら大歓迎ですよぉ?」


 代歓迎なのかよ。


「か、肩貸します!」

「うお!」


 割って入ったのは桐花だった。

 なんだ、もう降りて来たのかよ。


「あらぁ桐花ちゃん、もっと宜野君とお話しなかったの? 一応平地だったらまともに歩けるから平気です……ってちょっと速いです! それは速いです!」


 桐花は俺を振り払って、生徒会長氏に肩を貸してぐいぐいと引っ張っていってしまった。

 まずい、鼻の下でも伸ばしまくっていたのかな。

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