三兄弟、解散の予兆-5
「仕事の話はするなよ! 会長さんの話なんてどうでもいいだろ!」
「え? あ、うん……」
ちょっと嗣乃にあの生徒会長氏のことを聞きだそうとしただけなのに。
陽太郎も細かい奴だな。
「いや、美人だし……興味が」
「嘘吐け!」
なんで分かるんだよ。
よほど疲れているんだろうな。
この話はもう忘れよう。なーんて、俺が看過できるとでも思ったか。
あの会長氏と嗣乃の間には何かがあるんじゃないかと、俺の中二病センサーが激しく反応していた。
会長氏との関係を知れたところで、ただの自己満足にしかならないんだが。
ずっと前に笹井本会長氏には会ったことがある。
言葉を交わしたことはないが、嗣乃にとっては結構意味のある出会いだったはずだ。
古い外付けハードディスクがコリコリという音を立てた。
中に保存されている写真をひたすら写真を右から左へ流し見ていく。
小学生の頃の写真にたどり着いた。
最初に現れたのは暗い顔の杜太だった。
今でこそいつも薄笑いを浮かべているような顔をしているが、この頃の杜太は暗くて静かな奴だった。
それは嗣乃のサッカーの試合を見に行った時の写真だ。
「ん? うわぁ……!」
陽太郎と俺の小さい頃の写真には少し驚かされた。
こんなに似てたのか。
今でこそ絶対間違われないけど、小さい頃はどっちか分からないなんて言われていたのを思い出した。
小学校四年くらいになって身長差が出始めて、親戚から発育が悪い扱いされたんだっけ。
懐かしくもクソみたいな思い出だ。
カチカチと『次へ』ボタンをクリックして写真を送る。
嗣乃の写真で手が止まった。
小学校時代の嗣乃は、今では想像もつかないような顔をしていた。
笑っているようで笑っていない。不満の塊みたいな顔ばかりだった。
段々俺達との性差が現れ初め、自分の心と体の変化に付いて行けなかった。
そんな嗣乃の写真を一枚一枚見続けた。
「いた!」
思わず小声で呟いてしまった。
男子のように短い髪の毛の高学年の女子が、これまた男子のように短い髪の毛の嗣乃に抱きついていた。
嗣乃は不満そうな顔をしていたが、その人物はまるでそれを気にしていないかのような満面の笑みを浮かべていた。
その顔は幼いながらも、笹井本会長氏そっくりだ。
でも写真のタイムスタンプからすると俺達はこの時小学校三年生で、その先輩の体育着の胸には『6』という数字が見切れていた。
この人こそ、大人の言うことを聞こうとしない嗣乃を本気でなんとかしてくれた人だ。
どうしてそんな人を今の今まで忘れていたんだろう。
この会長氏の姉か親戚がサッカー部にいたから、嗣乃はサッカー部に無理矢理入らされたんだ。
冷静に思い出してみれば、この人すげー怖かったんだよな。
嗣乃が部活から逃げようとしようものなら髪の毛を掴んで引きずり戻したり、言うことを聞かなければ平気で嗣乃の頭に拳を叩き込んだりしていた。
でも、嗣乃の仇を打ってやろうという気持ちにはならなかった。
あの人が嗣乃と本気で向き合ってくれていることは、幼心に分かっていたからだ。
嗣乃にとっては間違いなく大切な出会いだった。
嗣乃は母親達が教えられなかった女子の嗜みをこの人に教わっていたと思う。
急にスカートを嫌がらなくなったり、ちゃんと女子と会話をしたりするようになったのはこの時期だった。
まあとにかく、完全に他人だ。
見てくれは似ているとしても、性格は真逆だ。スポーツマンだし、そもそも年齢も違う。
この人はもう大学生ってことになるのか。
どれだけ美人になっているんだろうねぇ。なんせこの人の妹と思われる人物はもう高二でモデル級だ。
また少しだけ、どうでもいい事実が符合した。
あの『つーちゃん』という言い方だ。
もし本当にこの写真の人物と笹井本会長が姉妹かそれに近いくらい身近だったらという前提だが、あの呼び方を知っていてもおかしくはないだろう。
「ふわぁ……」
変なあくびが出てしまった。
笹井本会長。
この人はなんとなく何かをもたらす人だと、俺のマイナス思考回路が叫び始めていた。
良い予感は外すが、悪い予感はよく当たるから困るんだ。
それにしても、低学年の頃の俺と陽太郎は見れば見るほど似ていた。
ほんと、なんでこうなったかねぇ。
もしかしたらこの笹井本姉(推定)も今頃パンチが効いた顔になっているかもしれないぞ……なんてそんな訳ないよなぁ。
だってこんな美人、変わりようがないもの。
俺、まじで可哀想。
この年で時の流れの残酷さを知ってしまうなんて。
しかも、今陽太郎と嗣乃は理想の関係へと近づきつつある可能性が高い。
そs俺はどんどん置いて行かれるのか。
そして、誰の記憶からも消え去っていくのか。
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