三兄弟、解散の予兆-3
高校演劇部とはいえ、ちゃんとしたホールで演劇を鑑賞するのは初めてだった。
「はーい最前列から詰めて座ってくださーい!」
テキパキと演劇部員に案内され、席に就いた。
渡されたチラシのゲラのコピーに書いてあったタイトルは既にヤバかった。
『世界で一番高いところに拉致されたオッサン 裏ゲネ版――オッサンのウ〇コで地球がヤバい――』
かなりのパクリ臭と危険臭がした。
小劇場の演劇はブラックジョークや下ネタが結構多いという話は聞いたことがあるけど、本当にこんなもんなのかな?
あらすじもひどいの一言だった。
様々な能力が地球人の百倍という宇宙人が巨大宇宙船で地球を侵略しにやってきた。
地球の内情を聞き出そうと、公園で寝ていたオッサンを拉致したことから悲劇は始まった。
俺の隣に遠慮がちに腰を下ろした桐花はやたら暗かった。
どうしてここまで宜野を避けたがるんだか。
「桐花ってサンプルの舞台とか見たことあるの?」
もう嗣乃が宜野をサンプル呼ばわりするのを止めさせるのはあきらめた。
宜野が桐花の元同級生であることは知っているんだな。
「ぶふっ! つーちゃんもしかして、庶民サンプルってこと?」
後ろに座っていた生徒会長氏が吹き出した。
嗣乃を『つーちゃん』と呼ぶのを聞いたのはいつ以来だ。
「当たり前ですよ! 代わって欲しいもん!」
「つーちゃんブレないわねぇ。私とで良ければ変わりませんか?」
ずいぶん打ち解けたもんだ。
「宜野って演技うまいの?」
黙りこくった桐花に聞いてみる。
「演劇部……みんな面白くないって言ってたから、見たことない」
そこらの中学の演劇部では仕方ない話だ。
「あいつ、いけ好かないしねぇ」
「嗣乃!」
生徒会長の前でなんてことを言うんだ。
「んもぅ。そんなに嫌わないでよつーちゃん。仕事の出来はイマイチですけど可愛いじゃないですかぁ」
「同い年だと可愛く感じねーし。褒める要素ないんだもん」
「嗣乃!」
なんて口の利き方しているんだ。
「えへへぇ、こういう所初めてだね」
「仁那ちゃんちょっと離れてよ」
瀬野川はイチャついている訳ではない。
照明が暗くなるのが怖いから白馬にすがりついているだけだ。
それを分かっている白馬は無碍にできないんだろう。
『本日は、
「は……?」
なんだこの色々破綻した劇団名は。
「うぼぇぇぇ!」
台詞なのか叫びなのか分からない声とともに、舞台上の照明が点灯した。
ジャージの上から男子のブレザーを羽織った女子生徒が、リアルな嘔吐する声を出していた。
どうやらオッサン役らしい。
男子生徒が二名ほど走り込んで来てオッサンを捕らえた。
星間飛行できる宇宙人のくせに原始的な捕まえ方だな。
「そこの高等生物! 我々と一緒に来てもらおう……う! くさぁっ!」
オッサンを羽交い締めにした方の男子生徒、恐らく宇宙人役が口を抑えて倒れた。
「おのれ! 何をした!?」
「へ!? オッサン何もしてないよ!?」
「なん……うええ! くさっ!」
もう一人も倒れて動かなくなった。
『宇宙人の嗅覚は、地球人の100倍なのだ!』
意味が分からないナレーションが入った。
いや、宇宙人がなんでその程度の対策してないのよ。
何人かの別の男子生徒が舞台上に走り込んできて、オッサン役の女子を捕らえた。
「な、なんだお前ら!? 離せ!」
「あ、ちょっ! 暴れ過ぎ!」
「うるせえぇ!」
え? オッサン役割と本気で反撃してない?
「てかなんでアタシがオッサン役なんだよ!」
「ゲロの音出すのうめーからだよ!」
メタなことを叫び合っているな。それはそれで面白い。
舞台が暗転し、机と椅子だけが置かれた空間に変わった。
椅子にはジャージ姿のふくよかな女子生徒が軍帽を被って座っていた。
演劇部前部長の三年生だ。イカれた脚本はあの人物の作品らしい。
「艦長! 大変です!」
宜野が大きな声で叫びつつ、二人の男子が舞台上に現れた。
また不思議な格好をしているな、宜野は。
濃い緑のジャージパンツに、ハーフジップの襟付きシャツ。
胸の辺りには緑の横線が入っていた。
そして左胸には、私立高校のエンブレムが着いていた。
体操着なんだろうが、ずいぶん派手だ。
「先日捕獲したこの星の高等生物について報告があります!」
「なんだ? 口部より酸性のペーストを放出したあの高等生物か?」
「はい、奴はそれを……『ゲロ』と呼んでいました!」
「『ゲロ』……なんて品のない響きだ! 報告はそれだけか?」
「そ、それが今度はまた別の物質を……!」
「な、なんだと?」
「はい、数時間前に茶色い物質を噴射しています! その臭気は例のペーストなど比になりません! 既に百名が意識不明の重体です!」
「地球に関する事前調査の報告にはなかったぞ! あの生物一体で既に何名が犠牲になったと思っている!?」
『宇宙人の下調べのいい加減さは、地球人の100倍なのだ!』
なんだその設定。
「口からの『口臭』という臭気で五十名、『
「貴様、何故今そんなに力を込めて、『ウ◯コ!』と言った?」
「わ、分かりません……。強いて言えば、『ウ◯コ!』、だからではないでしょうか?」
「な、なんだその理由は!? それ以前に何故対策してから近づかないのだ!?」
「鼻をつまむ対策をしています!」
『宇宙人の詰めの甘さは、地球人の100倍なのだ!』
いちいちなんなのその設定。
別の男子生徒が前に出た。
「現在高等生物が物質を噴射した部屋は閉鎖をしていますが、『ウゥ◯コ! 』を噴射した部屋だけは近くを通るだけで倒れる者もいます!」
「貴様、今何故『ウゥ◯コ!』、などと力むような言い方をした?」
「さ、さぁ? 強いて言えば、『ウゥ◯コ!』……だからでしょうか?」
「た、確かに、なんだ、このしてはいけないことをしているかのような興奮は……!」
『宇宙人は背徳感から得られる高揚感も、地球人の100倍なのだ!』
すげぇな宜野とその他の部員達。
でかい声でウ◯コと連呼して。
というか、心配しているの俺だけ?
全員ゲラゲラ笑ってるけど上演して大丈夫なの?
依子先生には引きつけ起こしそうになるくらい笑ってるし。
それ以降はざっくりしたデモだった。
当初手持ちの脚本を見ずに演じていたメンバーは何度も脚本を見直したり、立ち位置を見直したりしていた。
そして、雑なラストシーンを終えた。
演劇部員達が舞台横一列に並んで深々と礼をして、デモ公演は幕を閉じた。
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