一年委員長と初めての(恥辱に満ちた)朝礼台-3
全く日が当たらない三年校舎の北側にある門の前は、霜柱がまだ元気に存在を主張していた。
「……はぁーあ」
「そのクソ漏らした後みたいなため息もう一度吐いたらまた指突き刺すからな!」
昨日の俺氏ちょっと頑張ったと思ったけど、やっぱりこうなるんだなぁ。
嗣乃の蹴りの盾になれたのは人生のハイライトだと思う。
自分の前にある長机を蹴倒して前へ走るまでは良かったが、本当は嗣乃にタックルを決めて押さえ込むつもりだった。
それが偶然ずれた場所に着地して蹴りを叩き込まれるとはなぁ。
「あれ瀬野川仁那じゃない? 委員長シメてない!?」
「え? 仁那何してんの?
「殺ってねーし!」
かかる声は瀬野川に対する人聞きの悪い勘違いばかりだった。
依子先生のデミオが北門前に現れると、寄ってきた連中は散っていった。
「ほれ、横になってろ」
後部座席で横になると、瀬野川も助手席に乗り込んだ。
「仁那は学祭の準備して来い」
「ふん。つぐとよたろーが働かな過ぎだからいいんだよ」
まぁ良いか、と依子先生は車を発進させた。
ふと思い出したが、依子先生は本当に笹井本かとりに『ねーねー様』と呼ばれていた。
そして家から逃げ出したという話や、ウリ女の子供なんて罵りまで受けていた。
まさか、まさか、庶子なんて昭和以前みたいなことはないか。
あったとしても追求するまい。
しかし、本当に謎なのはあの笹井本会長氏だ。
教頭先生達が探した限りでは、少なくとも生徒自治委員会やその他笹井本姓の生徒が所属した部や委員会になんのやましいところもなかった。
あの笹井本杏だけを狙い撃ちして仲間に引き入れようとしたんだろうか。
そして、階段から突き落とされたことすら利用していた。
本当に全ての記憶が本当に飛んでいるのかも怪しい。
色々と無計画に暴れ過ぎて、親戚に警戒されたから自分をリセットした……なんて考え過ぎか。
本当にあの人の影の部分を知りたくなってきた。
中二病には魅力的な人だ。
「ゴリラから大体の話は聞いたか」
「は、はぁ」
「テメーはこれ以上余分なことを考えんなよ? 言われたことだけやっときゃいい」
いつも思うが、いくら親しいからって教頭先生をゴリラ呼ばわりはいかんって。
「なぁつっきー、一つ質問していいか?」
「何だよその前置き」
瀬野川が質問の許可を求めるなんて初めてだ。
「アンタ、笹井本蚊取り線香になんか言われたっしょ?」
瀬野川が付いてきた理由はこの質問か。
「言われてねーよ瀬野川パープルトン」
即座に否定したのは依子先生だった。
名前をディスるのは良くないと思うんだけど。
「依ちゃんこれ重要なんだわ」
「だから言われてねぇ」
前の席で勝手にバチバチして欲しくないんだけど。
重要なら蚊取り線香なんて呼ぶなよ。
「ふん。会議室の会話ならドアにべったりくっついて聞いてやったっての」
やっぱり昨日は瀬野川もいたのか。
それで瀬野川はこの三人で話せる状況を作りたかったのか。
「……瀬野川に、白馬姓を名乗らせられるかもなって話か?」
「そうそれ。協力したくなった?」
「したくてたまんねぇよ」
本音がポロポロと口からはみ出してしまう。
良くない傾向だ。
「仁那、次煽ったらマジで政経の単位握り潰す」
「ふーん。ならさ、アタシとアイツが対立したらどっちにつく?」
瀬野川はまるで聞いていないかのように質問を続ける。
「瀬野川」
何を迷う必要がある。
「ふぅん。理由は?」
反応薄ーい。
そりゃ俺に味方されても嬉しくはないよねぇ。
「どっちを取るかなんて確認するまでもねぇだろ」
「つぐが蚊取りリキッドに付いて行ったら?」
そういうのオヤジギャグっていうんじゃないのか?
「論破して説教して蚊帳の外に放り出すに決まってんだろ」
俺の歯は何本か無くなりそうだけど。
ちなみに蚊帳は蚊取りにひっかけてうまいことを言ったつもりはない。
「ふーん。ならアタシが天下取る手伝いしてよ」
「いづっ! 何言ってんだよ?」
驚かせるなよ。
脇腹に響いただろうが。
「し……白馬が許してくれるならな」
気のない返事をしておく。
これは瀬野川のためだ。
俺が協力できることなんて少ないが、安全なルートを指し示すことだけはできる。
「邪気眼が疼くからやめろや、そんな話」
「えーでも昔取った杵柄っしょ依ちゃん! 邪気眼発動させようぜ!」
他人の過去をほじくり返すな。
「あぁ!? 今もだっての! 漫画家の夢は捨ててねーんだよこちとら!」
「え? まじで!? ピクシブアカウント教えて!」
俺も見てみたいな。
「……つっきー、マジで言ってんだからな」
振り返った瀬野川がこちらをぎっと睨みつけた。
「だから白馬の許可を得てからだっての」
「それ断ってるようなもんだし!」
アヒル口したって無駄だ。
「白馬の説得頑張れ」
瀬野川にここまで気にかけてもらえるのは嬉しい。
瀬野川の言葉は魅力的だが、俺は瀬野川を危険にさらすことはさせられない。
「モテモテだなつっきー」
「こんなモテ方したくないですよ」
気が抜けてしまった。
陽太郎と嗣乃のため、桐花のため。
頑張りたいと思える動機が、もうすぐ消えてしまいそうだ。
高校の間くらいは、俺を必要として欲しかったな。
「何シケた顔してんだよ?」
「ん?」
瀬野川が心配してくれているのは分かるんだが、俺の表情筋が不良品なのは分かっているはずだ。
「だから休めって言ってんのに」
「え? う、うん」
どんどん気が抜けていく。
かかる重圧が軽くなっていく気がした。
「仁那、ほっとけ。やっといい感じに呆けた高校生のツラになってきたじゃねえか」
バックミラー越しに依子先生と目が合った。
呆けた高校生以外の存在になった覚えはないんだけど。
こうして何度も自業自得で病院送りになってるところなんて特に。
抜けていく気力とともに、陽太郎と嗣乃がどんどん遠くなっていく錯覚を覚えてしまう。
こんな時に頼りにしたい桐花も頼りにできない。
今は嗣乃が蹴飛ばしてくれた脇腹の痛みすら、俺を満たしている要素の一つになっていた。
この痛みが消えて、嗣乃とそして陽太郎がこの痛みと一連の事件について一段落ついたその時。
その時こそ、俺がやっと一人で立つ時なんだろう。
あ、今の台詞ちょっと格好いい。
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