一年委員長と初めての(恥辱に満ちた)朝礼台-2
一時間半はあっという間に過ぎてしまった。
自治会に助けを求めたいことやら欲しい資材やら相談したがるクラスメイトが後を絶たなかったのだ。
呼ばれて向かった小会議室の扉を開けると、最近ツナギ姿が板についてきた瀬野川が気だるそうに座っていた。
瀬野川の顔付きは見る度に変わっていく気がした。
数ヶ月前までは人を寄せ付けないような冷たい目をしていたが、今はコミュ障でも話しかけられそうな優しさすら感じてしまう。
だが、俺を見た瞬間にその両目は吊り上がった。
「……なんで来てんだよ?」
「来たら駄目なのかよ?」
「駄目とは言わねーけど学校来るならチャットに返事しろし」
どのチャットルームにも桐花が名を連ねているから返事しづらかったんだよ。
「ん? いいっしょこのツナギ。女子全員分のサイズ詰めしたんだぜ?」
ツナギではなくて、やたら新鮮に映るご尊顔を見ていたんだけど。
「え? あぁ、可愛いと思う」
「ほぉ。いい返事だぜつっきー。おなごは一にも二にも褒めときゃいーのさ」
「う、うん」
どうして褒めるのは照れくさいんだろう。
「で、ここで何の話し合いするんだよ?」
「はぁ? 依ちゃんから聞いてねーのかよ」
愚問だ。
我らが顧問がどんな人物か分かっているくせに。
「聞いてないよ。すぐ教室出て行っちまったし。これが終わったら帰れって言うし」
「あぁ、いいんじゃねーの? アンタが一人で大暴走して書類用立ててくれたから事務手続きクソ楽だし」
「帰れねえよ。一応お飾りだけど委員長だぞ」
「肩書きに振り回されんな。アタシ達だってアンタの半分ほどは役に立ってみせるからよ」
背後のドアが静かに開いた。
「おはよう。体は大丈夫かい?」
「おはようございます。はい、大丈夫です」
入ってきたのは旗沼先輩だった。
「瀬野川さんも呼ばれたの? 後始末は僕達の役目ってことか」
「そーなんでしょうね。おめーの兄弟仕事増やしやがって」
俺のせいじゃねぇよ。
「おはよう、悪いな三人とも」
旗沼先輩の後ろから入ってきた教頭先生は、随分疲れた顔をしていた。
普段はワイシャツにスーツのスラックスという姿だが、今日は作業着の上下を着ていた。
「早速本題に入って申し訳ないが、メモを取りながら聞いてくれ」
パイプ椅子に腰掛けるなり、教頭先生は普段の顔を取り戻した。
「まずは報告しておこう。女子サッカー部は休部ではなく廃部だ。今まで私と校長の権限で生かしておいたのだが、もう必要はないだろう」
休部でも改組でもなく廃部か。
名前を『スポーツマネジメント部』などにして各部活にマネージャーを派遣する部にしてやるとかも考えていたけど、こうもはっきり言われたらもう無くすしかないか。
「まずは瀬野川さん、その手続きを陸君とやってくれ。それから月人君を中心にお願いしたいことなんだが、昨日の件に関与した生徒について何か問題になりかねない行動があったら報告してくれ」
まだ心配は拭えていないのか。
「生徒の監視を生徒にさせるというのも問題あるが、そんなことも言っていられない状況でね。特に学園祭の間は頼む。自治会全員にそれを通達してくれ」
自治会による密告社会の完成か。
「……ただ、その必要は無いかもしれないがね。昨日詰めかけた連中は全員欠席したよ。昨日の件で少なからずショックを受けているようだから、まぁしばらくは来ることもないだろう。来れるようになった時点で処分を検討する」
ちょっとワルぶっていたら傷害事件や横領なんていう立派な犯罪に加担していたなんて、結構なショックだろうな。
「あ、あの、立ち直ったら即処分って、厳しすぎませんか? 」
思わず口を突いて出てしまった。
「ケアは家族に任せる。学校側は処分を下すだけだ」
「へ……?」
思わず変な声が出た。
教頭先生がそんな冷たいことを言うとは思わなかった。
「君はあの生徒達を見てどう思ったかね? あの子達は自治会に所属した君達とは正反対なことをしてしまったんだよ」
「……正反対ってなんですか?」
俺が正しい行動を取っているかなんて、自信がないんだけど。
「月人君、君は生徒自治委員会に入って常に皆のためを考えて行動しているだろう。君自身で考えて。暴走してしまったこともあるがね。でも、昨日あの場にいた生徒たちはどうだ。自分で考えることを放棄し、笹井本杏を中心にできた集団の意思に善悪の判断すら任せきってしまったんだよ」
自分で物事を判断しか、他人に判断を任せてしまったかの正反対か。
「結果的に全員、学園祭にも参加できなくなってしまった。無論、今後何をするにも学校はバックアップできない。幼いまま、受け身なままでいた結果だ。自分自身で気付いて反省した上で助力を請わない限り、私達教師にできることはない」
そうだった。
教頭先生は厳しい人だった。
母上達もこの人の言うことには従うだけのことはある。
きっと母上達は教頭先生に無理矢理助け出されたのではなくて、この人に助けを求めたんだ。
「納得してもらえないかね?」
「い、いえ、分かりました」
教頭先生が職務放棄だと揶揄されようが、この考えに賛成せざるを得なかった。
どうして考えることをやめてしまうんだ。
「教頭先生、あの女子サッカー部ってのはなんだったんですか? あいつら何モンすか?」
「瀬野川!」
教頭先生に食って掛かるような言い方をしないでくれ。
「……情けない話になるがね、あの部は校長権限で許可された。要するにあの父親からの圧力だ。彼は昨日まで親としての務めを少々勘違いしていたようでね」
はぁ、この歳で権力の暴走を目の当たりにするとは思わなかった。
「分かっての通り、あの笹井本杏の父は君の母親達に目をつけられるようなことをしてしまったんだ」
「な、何をやらかしたんすか……?」
ああ、俺も瀬野川と一緒だな。
気になってしまう。
「残念ながら何をしたのかは、月人君の母親達は言わなかったよ。約束は死んでも守るとね。その代わり、自分の娘くらい責任をもって諌めろと約束させたんだ」
我が母上ながら本当に任侠のような精神構造をしているな。
家では平気で自分の子だろうが他人の子だろうが怒鳴り散らすし、切腹なんていう言葉を本気のトーンで使う。
「それから……件の架空と思われる商店の見積書の件だ。今回の件に関わった職員で漁ったんだが、一晩かけて調べた限り、女子サッカー部以外にあの第一商店その他の怪しげな請求書は一切無かったよ」
「は、はぁ!?」
瀬野川が声を上げた。
「なんなんだよあの女!」
「まぁ、まだ一晩しか調べていないがね。恐らくは無いだろう」
本当に何なんだよ、あの笹井本かとりという人物は。
「ね、ねぇ沼っち先輩! 知ってるんでしょう?」
あまりセンシティブなところ突っ込むなよ。
「……そういう人間だったとしか言えないよ。笹井本杏が実際架空請求をするような度胸があるか、試したんだろうね」
「な、なんでそんなこと……?」
「あの人は自分の将来のための仲間を探していたんだよ。自分のお家を必ず転覆させてやるって本気で言っていたからね」
今もその仲間を探していることを旗沼先輩は知っているんだろうか。
高校の時分でそんな野望めいたことを始めるなんて早すぎるぞ。
「へぇー。あんなクソ美人なのにもったいねぇ生き方してたんだなぁ」
「僕もそう思うよ。でも、僕に教えてくれたその言葉すら本当かも分からないんだ。誰もあの人の本心なんて知らないんだよ」
俺はその本心かもしれない部分を少しだけ垣間見ただけで、恐怖で頭がどうにかなってしまいそうだった。
汚職に手を染める自分の家を嫌いになり、潰すことに加担させられるかを見ていたんだろう。
「ところで、自治会のメンバーは全員無事かね? 向井さんには少々きつかったようだが?」
ちらっと俺の方を瀬野川が見た気がした。
「桐花なら今朝あっちの学校行く前にちゃんとチャリで学校来てますからまぁ、平気っすよ」
なんだ、安心した。
「安心できねーのはこいつですよ!」
突然立ち上がった瀬野川が指を差したのは俺だった。
そのまま俺に近寄り、指先は俺の顔から脇腹へと下がる。
「は? いや、そんな疲れてねえけど……ぶぐお! え? あ、おえぇ!」
蹴られた脇腹に指ぶっ挿すとか鬼か!
あ、なにこれ? 痛い! ヤバい! 吐き気までする!
「おぇ! うえぇ……!」
「大丈夫か? 依子に病院へ連れて行くように言うからな!」
嫌だ! また病院送りは嫌だ!
でも、甘んじて受け入れるよりなかった。
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