一年委員長と初めての(恥辱に満ちた)朝礼台-4
病院から帰って以来、どこに居ても居心地が悪かった。
家では俺に蹴りをくれた嗣乃が目を合わせてくれないわ、教室ではまた怪我をしたことを心配されたり笑われたりするわ。
そして、今日の自治会室はもっと居心地が悪かった。
すぐ近くに桐花がいるというだけで、脳の奥がむず痒くてたまらなかった。
こんなに落ち着かない気分は初めて高校のクラスに入った時の気分に似ていた。
「あははぁ、今年は楽だわぁ!」
そんな俺の気分なんて預かり知らない山丹先輩は、大げさに喜びを爆発させていた。
「うっせーんだよ! 何度も同じこと繰り返すなバカ湊!」
同じ台詞を何度も言う山丹先輩に、条辺先輩がついに食ってかかった。
「バカでもロリでも結構!」
平和な光景なのに、俺はどうして一人ささくれだった気分のままなんだ。
「向井さん、サッカー部の調理できる人が足りなくて困ってる件はどうなった?」
白馬の顔色は少し良くない。
人材調整でかなり追い詰められているみたいだ。
「金曜日は、学校交流会の女子に手伝ってもらう」
やはりあの事件の爪痕はそれなりにあった。
それでも山丹先輩がにこにこしながら仕事しているのはやはり、目の上のたんこぶである女子サッカー部はいなくなったことに尽きるだろう。
「あと、金曜日の夜に、作り方の研修時間を組めないか、塔子先輩が確認してくれてて……」
「えーやだなー! 桐花にダメ子って呼ばれたいなー! そうじゃなきゃ交渉してやんなーい!」
桐花の目が大きく見開かれた。
「交渉してないんですか!?」
桐花もたまに声のボリュームつまみが壊れるな。
「えーどうだったかなー?」
これがパワハラか。
「してあるから安心して」
「あ……? え……?」
山丹先輩の冷たい一言に、条辺先輩が見事な肩透かしを食らっていた。
条辺先輩が完全に狼狽える姿なんて初めて見たかもしれないな。
山丹先輩の盛大なツッコミが入るはずだったのに。
「沼っちー! 湊が冷たいぃ!」
ガバッと近くに座る旗沼先輩に抱きついた。
「条辺さん邪魔だよ」
抱きつき魔だなこの人は。
「頼もう! あっついなこの部屋!」
乱暴にドアを開けて入ってきたのは恰幅が良い三年の女子だった。
例の演劇部の部長さんだ。
「え? 先輩何してんですか? 授業は?」
山丹先輩が応対する。
「授業なんて受けてる場合でねぇだろ受験生だぞこちとらよぅ!」
何を言っているんだこの人。
演劇部前部長兼主宰氏が、大きな茶封筒を山丹先輩に渡した。
そうだった。
演劇部の公演チケットは自治会室前で販売するんだった。
「月人君、ちょうどいいからこれ手伝ってくれる?」
「あぁ、はい」
「前夜祭と初日夜の発売は明後日の放課後からね。通常回のチケットは三年生の授業が終わった十五分後から下校時刻までよ。チケットを買った人は職員室でお金を渡すように連絡して」
「え? 販売期間そんな短くていいんですか?」
主宰氏がニヤリと笑った。
「去年は始まった瞬間に完売だ! 我々を舐めるな!」
「は、はぁ」
すごい人気なんだな。
「自治会で見たい奴は勝手に抜いて構わんが二列目以降でな。おおそれからだ、校外からヘルプに来る人員管理は誰がしてるんだ? そこの金髪か?」
びくっと桐花が反応する。
「は、はい」
「そうかそうか。ホールまで付き合えや」
桐花が山丹先輩を見た。
「いいよ、行っといで」
桐花は俺の方を見てどうするんだ。
山丹先輩が大丈夫なら俺に異存はないぞ。
「い、行ってらっしゃい」
変な言い方になってしまった。
「よっしゃ借りてくぜぇ。ガヤが足りなくてなぁ」
タブレットを抱えた桐花と主宰氏が出て行ってしまった。
桐花も変わったな。
あんなに態度がでかくて高圧的な人は苦手なはずなのに。
知らない人に肩を組まれるだけで逃げてしまう桐花はもう居ないのか。
「ほら、呆けてないでチケットの仕分けして!」
チケットに手を付けようとしたところで、大きな音を立てて自治会室のドアが開いた。
「つっき!」
陽太郎か。
ずいぶん気が立ってるな。
「あんだよ?」
「杜太に送ったリストなんだよ! あれ全部調達できると思ってんの!?」
ああ、昨日御用聞きした時の欲しい資材リストか。
あの後二年生まで来たしなぁ。
「あくまで希望だし」
「だからなんで実際廃材見て来た俺達に言わずに希望なんて聞いたんだよ! 全部は持ってこれないんだよ!」
暇潰しとは言い辛いなぁ。
「だって廃材の写真色々送ってくれただろ」
「そうじゃなくて!」
なんだか少し気分が良いな。
ここ最近遠慮がちだった陽太郎が怒りをぶつけてくれるなんて。
「トラックでどーんといけるだろ。何トンもある訳じゃないし」
「違うよ! 廃材だけじゃなくて集会テントも運ぶんだよ!」
そりゃそうだ。
JKコーディネート(仮)のメイン会場は全部テント張るんだからなぁ。ん?
「……もしかして、乗り切らない?」
「そうだよ! だから今回は持ってくる資材を限定するしかないってことになったの! 二トン車じゃ運べないんだって!」
わお、見事に何も聞いてないぞ。
「おい、そしたらあっちの学校に貸した長い木材と長い鉄パイプはどうすんだよ! 当初のプランはどう変えるんだよ? 入場門用の鉄パイプは四トンのロング車じゃないと運べないだろうが!」
陽太郎が焦りながらタブレットをいじくり回した。
「これ見てないの!? 四トン車はあっちの廃棄費用より高くつくから二トン車になったんだよ! 向井にこれみんなに連絡してって言ったのに!」
「俺の質問の答えになってねえよ! 四トンロングじゃないと意味ねぇっての!」
携帯を引っ張り出すが、特に桐花からチャットが届いてはいなかった。
「ほれ、桐花からそんなチャット届いてねえ」
「向井は今どこにいるの!?」
なんだ、すれ違わなかったのか。
「とにかくどうすんだよ?」
「分かってるけど運べないんだったら入場門を低くするしかないよ!」
分かってないなこの馬鹿たれが。
「そのためのパイプも木材もねーんだよ! 後は自治会の予算で運ぶくらいしか方法ねぇぞ!」
もう学園祭実行委員会の予算は数百円単位まできっちり見積を杜太に出させてしまった。
一縷の望みをかけて旗沼先輩の方を見る。
「駄目だよ」
ですよね。
ここで余分な金額を使ったら自治会の仕事が干上がってしまう恐れがある。
学園祭だけのために自治会はある訳ではないし。
「それから瀞井君、ここは丘の上だから瞬間的な風の強さは分かるよね? パイプ以外で作るのは危険だよ」
またこれだ。
丘の上という立地のデメリットだ。
「あ、あの! 僕が連絡しておくべきでした」
陽太郎の後ろにには汗まみれの宜野が立っていた。
「あの、実は四トン車という話は確かにあったんですけど、回収業者が無料でかなり持って行ってくれたんで、二トン車で大丈夫かなという話になりまして」
なんだと!?
勝手な判断をしやがって。
「ど、どいて!」
「あ、ご、ごめん!」
桐花が宜野を強引に押しのけて入ってきた。
日曜以来顔を合わせてない桐花がすぐ前にいるが、どう対応して良いか分からない。
「よ、用事、何?」
「いや、なんか……なんだっけ?」
なんだ、頭が回らない。
「向井! なんでつっきにトラックが小さくなるって話しなかったんだよ!」
ああ、そうか。それだ。
「え? さ、笹井本会長が、大丈夫だって」
「へ? 会長が?」
相変わらず宜野は何にも把握できていないんだな。
そんなんじゃ会長氏の手下になんてなれねぇぞ。
「か、会長さんが、別に連絡しなくていいって」
桐花が自分のノートを開いた。
「か、書いてある」
「お前のメモじゃ証拠にならねぇよ」
俺の物言いに桐花がイラっとした顔をしたが、知らん。
「よー、なんか聞いてるか?」
「そんなチャットもメールもやっぱり届いてないよ! だって今朝その会長さんから予定通り二トン車で伺います送られてきたのに! 向井、本当に……」
「言ってた!」
声でか!
別に桐花は言い張っているつもりではないのは分かる。
自分が引き下がればこの場は収まるのも分かっているはずだが、そうしないのは嘘を吐きたくないからだろう。
「よー、そのチャット見せろ」
「え?」
俺の勘繰りセンサーに引っかかるものがある。
わざわざ『予定通り二トン車』って表現するかね?
怪しいことこの上ない。
「とにかく、授業終わったら連絡してみます」
え? 普通に授業あるの?
「宜野、授業は?」
「え? 僕? 今日は通し稽古なので公欠もらいました」
特待生なのにそんなことして良いのかよ。
「よー、無理にでも積んでもらえないか?」
「まず無理だよ! あっちの学校に着く頃にはテントで満杯だよ」
へ? 聞いてないぞそんな話。
「いや、他の学校からテント集めるのは交流会の予算で別便だろ?」
「違うよ! 合同企画は基本的にうちの学校でやるから、予算の半分以上はうちから持ち出しだよ! だから廃材の輸送費とくっつけたのに!」
あらぁ、ここまで来て連絡不足発生か。
しかも俺と毎日一緒に飯食ってる奴が大事な情報を頭の中に飼っていたなんて。
「集会テントって一台あたりどれくらいの重さなんだ?」
二トン車って結構載りそうだけどな。
「軽量なのでも一つ百キロくらいだよ」
へ? そんなに重いのかあれ。
「一度ここで荷物降ろして、また別方向の学校から集めて来て、最後に廃材と一緒にサンプ……宜野君の学校からテントを運ぶ予定で」
「え? 瀞井君今僕のことまたサンプルって言わなかった?」
「言ってないよ」
「いや、言ったよね?」
「言ってないって」
「うるせぇお前らも考えろ!」
とにかく、トラックのチャーター時間を延長しても無駄だ。
そもそもパイプを運べない。
「ええと、ええと、どうしよう!?」
うるさいなぁ宜野の野郎。
「あ、そうだ! 父から農協に連絡してトラックを出してもらいますよ!」
おお、さすがいいところの子は使えるねぇ。
「宜野君、それは駄目だよ」
口を挟んだのは旗沼先輩だった。
「これはあくまで学生がすべて計画して行う祭典なんだ。そんな風に穴埋めするのは最後の手段にしてくれないと」
そんな悠長なとは思うけれど、その通りだ。
学生による経済活動への参加も主題の一つだからだ。
やだ、今日のぼくちんとっても真面目。
とりあえず、無茶かもしれない手段を思いついた。
これが却下されたらもう諦めるしかないんだが。
「……山丹先輩、自治会のメンバー集められますか?」
「大丈夫よ」
陽太郎が期待に満ちた顔を向けてきた。
その期待に答えられるようなプランじゃないけどな。
とにかく、俺の案だけではないものも出るかもしれない。
看板の準備に当たっている生徒達は今日の夕刻に残りの材料が到着する腹積もりで作業を進めてしまっているだろう。
タイムリミットは元お嬢様学校の二年の授業が終わるまで。
準備の時間を考えれば、明日に回すのは無理だ。
「あ、あの、僕も同席しても?」
「おめぇんとこの会長が桐花を騙したからだぞ! 同席しやがれ!」
「い、いや、そ、そうと決まったわけではなくてですね!」
何言ってんだくそ。
立場上擁護しなきゃいかんのは分かるが、桐花を窮地に陥れたことは絶対に許さねぇぞ!
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