少年の戸惑いと少女の秘密-4
「な、何? 入場受付ってそんな激務なの?」
嗣乃の疑問ももっともだ。
びたびたに汗をかいていたら、そんな疑問も持たれれるってもんだ。
事務室の中にいたのは食べ物に囲まれた嗣乃と杜太、それに文化祭スタッフの面々だった。
隅っこでやたら女子に詰め寄られている杜太は完全に硬直していた。
どいつもこいつも公然と逆ナンしやがって。
「うふふー! つっきーにここまでおんぶしてもらったのー! いいだろー! ねぇ、いいだろー!?」
あ、全員無視した。
良かった、会長氏の扱いに慣れてる人ばかりらしい。
「へぇ、つっきも体力ついたね」
嗣乃め。
完全にすっぽ抜けた感想を漏らしやがって。
「あ、知らない人に紹介しまーす! 同じ一年生の安佐手と瀞井です。安佐手が一年の委員長を務めてます」
「あ、安佐手、です」
「瀞井陽太郎です。よろしくお願いします」
息が整わなくて失礼な挨拶になってしまった。
まぁ、俺なんて視界に入っていないから良いか。
「つっき、午前で終わりでしょ? 嗣乃と適当に遊んで帰ったら?」
「はぁ? 嗣乃は午後もだろ?」
「人数多すぎるからあたしも午前だけになっちゃったの。あんたも聞いてなかったの? 今日休みなのにボランティア参加してんのよ、桐花の奴」
「はぁ?」
桐花はこの学校自体嫌がっていた気がするんだが。
「な、なんのボランティアで?」
「模擬結婚式よ。桐花のお父さんが牧師さん役してるんだって。それの手伝い」
「へ? オッサンそんなことできるの?」
全て初耳だ。
あんな面白い感じの自転車ライダーが牧師さんだと?
「金髪ちゃんは毎年ご家族で手伝ってくれるらしいですよぉ? 去年は|ブルネット黒髪《》ちゃんでしたけどね」
会長氏がへらへらしながら言う。
家族で参加しているなんて、教えてくれておいても良いじゃないか。
「せっかくだから参列してみてね。あと、これ二人で使っていいですよぉ。名前を書いたらどの模擬店でも使えますから。次はつっきーからデート誘ってねぇ」
猫撫声をやめていただきたいな。
会長氏が渡してくれたのは生徒会発行の優待券だった。
「行ってきまーす!」
嗣乃に腕を引っ張られて休憩所の外へ出されてしまった。
会長を背負って走っていた変な奴が、今度は別の女を連れているなんて思われるんじゃなかろうか。
「はーあ、疲れた。コミュ力育たねーなあたしも」
スタッフの待機所を出た瞬間、嗣乃は思いきり伸びをした。
「お前にコミュ力無かったら俺はどんだけクソなんだよ」
「あたしが人付き合い下手なの知ってるくせに」
嗣乃を嫌っている女子は多い。
先ほどのスタッフ集団の中にも、嗣乃をよく思っていない中学時代の同級生が混じっていた。
表面上は仲良く話していたように見えたが。
中学時代の嗣乃は女子よりも男子の方が話が合ったし、いじめられっ子の多江と仲良くしていた。
しかも陽キャの中心という扱いをされていた瀬野川とも仲が良かった。
挙げ句の果てにはイケメンな先輩やら同級生やらに告白されては断っていたのだ。
女子に嫌われる要素が揃いすぎていた。
「つっきは改善してるんじゃないの? リナちゃんとすごい打ち解けてるし、宜野とだって仲良くしてるし」
会長氏と宜野はグイグイ来るタイプだからだよ。
ん?
「リナちゃんって誰だよ?」
「はぁ? さっきおんぶしといて何……あ、笹井本かとりっていうのは学校に許可とって名乗っているだけで、本名は笹井本カトリーナっていうのよ。知らなかった?」
「へ? ハーフ!?」
嗣乃が何を言っているんだこいつはと謂わんばかりに首を振った。
「ハーフ要素なんて一切ないでしょうが。ダン部の笹井本部長だってマコトって名乗ってるけど笹井本マエストロって名前なんだよ?」
「はぁ!?」
まさかあの人がマエストロだったとは。
なんせ笹井本家程の名家(最近名家だと知ったばかりだが)が、子供にそんなDQN名というかキラキラネームを付けるなんて想像もつかないことだ。
「親戚同士仲悪くて、対抗心むき出しでそういう名前付けちゃうブームがあったんだって。それに巻き込まれたのよあの二人。他にも笹井本は変な名前の子いっぱいいるから指摘しないようにして」
うわぁ、可哀想。
「ん? もしかしてあのダン部の部長は親戚?」
「いとこなんだってさ。でも親同士の仲が悪いから交流はないんだって」
なるほどな。
その馬鹿な兄弟や親戚が競って子供にキラキラネームを付けまくったんだろうか。ひどいもんだ。
「あぁーお腹減った!」
会話を無理矢理終わりにされてしまった。
でも、確かにカロリーが足りなくて外気温に負けそうだ。
「何食う? 人少なくてなんでも買えそうだけど」
中学の文化祭と大体同じくらいの人出だ。
チケット制も悪くないな。
「だから去年のうちの高校の学祭行けばよかったのに! あんたも多江もガタガタ言い訳こいて来ないんだからさ」
ふん。
誰が好き好んで人混みにアタックするかっての。
「あ! つぐー! 安佐手ー! おでん食ってよ!」
中学時代の見知った女子に呼びかけられた。
「おー久しぶり! つっき、おでんだって! これ食うしかないよ!」
暖かいおでんはありがたい。
汗をかいて体が冷えているし。
「瀞井は? 安佐手に乗り換えたの? 浮気?」
「よーならスタッフ事務所で休憩中だよ」
嗣乃に睨まれるが、知らん。
「何? まだ二人とも弟のままなの? まいっか! 後で寄るように言っといてよ。目の保養したいから! めっちゃいい匂いでしょ? 昆布だけで出汁取ったからうまいぜ! 特に
「まじで! 全部ちょうだい!」
「殴るぞてめー!」
普通に会話できてるじゃねぇか。
人気の少ないベンチに落ち着いておでんにありついた。
「うまっ! 香ばしくてうまっ!」
大げさに嗣乃が味を褒める。
確かにうまい。
もうおでんの汁を無限に飲み続けたいくらいうまかった。
「嗣乃、例の件聞いていい?」
嗣乃の機嫌も良さそうだから、聞けることは聞いておきたかった。
家では嗣乃と二人きりになれるタイミングが少なくて、話しにくかった。
「なぁ、お前らの例の計画はどこまで進んでるんだよ?」
「うえぇ、ここ寒くね? だから人いないのかな?」
誤魔化すのが下手過ぎるぞ。
「質問に答えろよ。あの会長がテンション高いのも関係あるんだろ。もう被害被ってんだよ」
だんまりか。
こういう言い方はしたくないんだけどな。
「首突っ込むぞ」
嗣乃の口が歪んだ。
「ごめん。もう終わるから。本当にすぐ」
露骨に焦りやがって。
首を突っ込む気なんてさらさらないんだが。
「ならその話はもういいよ。お前とよーはどうなんだよ? カラオケ屋行ってるのは見たけど」
俺に金を借りて宜しくやってくれてるならそれで良いんだよ。
「え? あぁ……仁那があのカラオケ屋でよく女子サッカー部の連中を見かけてたっていうから、覗きに行ってたの。あいつらが普段何をしてるか知りたくて」
なんだ、結局話が戻ってしまった。
なら少し掘り下げてみるか。
俺が常々疑問に思っている根本的なことだ。
「お前、あの連中をどうしたいんだ?」
本当のことは話してくれないだろうけど、質問しておきたかった。
「正当な罰を受けてもらいたいの」
それが本当の理由ではないなんて、長年兄弟やってる奴に通用しないぞ。
嗣乃にも陽太郎にもそんな正義感はない。
平気で人を騙すような真似をする俺を咎めやしないんだ。
「……そっか」
分かってはいるけれど、曖昧な返事しかできなかった。
万が一、委員長なんて不相応な役職の俺が狙われているのが本当なら止めざるを得ない。
陽太郎と嗣乃が俺をあいつらの手から守ろうとしているなんて、本末転倒だ。
「その、とにかくさ、俺が貸した金は返さなくていいから。デート代に使えよ」
「返すっての。お金が無くたってできることはたくさんあるから。ちょっと待ってて。もっとお腹にたまる物買ってくる」
嗣乃が立ち上がって走り去ってしまった。
脳筋な奴だから、考えをまとめるって時に体を動かしたがるんだよな。
嗣乃は案外早く戻ってきた。
「だぁー! 分かんねー!」
「な、なんだよ急に」
飲み物とカツ丼をトレイに乗せて戻ってきた嗣乃がでかい声で叫んだ。
「自分で買って来て分かんねーって言うな! ココアにカツ丼ってどういう取り合わせだよ!」
「そうじゃない! このカツ丼五百円なのにもらった券でタダだよ! ココア甘! カツ丼うまっ!」
おえぇ……美味い料理作れるのに、なんでこんな食べ合わせが平気なんだか。
ご飯の上に乗っかったタレ漬けのカツにかぶりつく。
うん、専門店クラスにうまいな。というか、久々の豚肉がうまかった。
「じゃぁ分かんねーってなんだよ?」
「そんなの察してよ! あいつのことに決まってんでしょ!」
唐突すぎるんだよ。
なんで急に陽太郎の話にシフトしてんだよ。
「つっきならいくらでも分かるのにさ! どこまでいじくり回していたぶっていいかとか!」
いや、どこまででもやめて欲しい。
「よーのこと考えても考えても全ッ然分かんないの! もうあいつのぼへぇ~ぼさぁ~っとなーんも考えてないみたいな態度がワケわかんないの!」
ひどい言い様だ。
「その、あれだ、瀬野川あたりに相談してみたのかよ?」
「はぁ? あんたはだだっぴろいお花畑に向かって問いかけをしたら答えが帰ってくるとでも思ってんの?」
うわぁ的確な表現。
確かに瀬野川は俺に説教をかまして以来、白馬というお花畑の中でるんるん遊び狂っていた。
「んま! カツ丼うま!」
まぁ、こんな俺でも一つアドバイスできることはある。
恋愛を頑張りたいなら、体育会系男子高校生のごとく丼を掻き込まないことだ。
「ふんがぁ!」
カツ丼を平らげた嗣乃が唐突に立ち上がった。
「今度はなんだよ?」
「金髪分が足りない!」
桐花の仕事ぶりを見に行くってことね。
分かりましたよ。
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