少年の戸惑いと少女の秘密-5
チャペルの場所はすぐに分かった。
物凄い勢いで手を振っている外人さんなんて見間違いようがない。
桐花のお母さんだ。
「Thank god you guys are here!!」
「うわっ!」
急に嗣乃に抱きついて何かを言っていた。
桐花のお母さんは寒空の下、少し丈の長いオフホワイトの長袖ワンピースを着ていた。顔もしっかりメイクしていてお美しい。
「I thought……uh……誰も来てくれないから、心配だったの!」
「え? そんなことないです! 娘さんをください!」
桐花のお母さんは、自分の胸を平手で何度か叩いていた。
「桐花はブライズメイドのエキスパートだから、見てあげて!」
「ブライズメイドってなんですか?」
またよく分からない言葉が出てきた。
「花嫁のスカートとかベールとか持つ人よ」
意外にも嗣乃が教えてくれた。
結婚式なんて小さい頃に一度しか行ったことないから全然分からんな。
ブライズメイドは新婦の親しい友達や家族が務めることが多いらしい。
昨今はレンタル衣装が多いので、汚さないためにも慣れた人がやることもあるんだそうだ。
「あ、お母さん! お肉いっぱいありがとうございます!」
「ワギウほど良くはないけど、減ったらすぐに送るからね!」
「え? あ、ありがとうございます……」
やっぱり、嗣乃も飽きてきているな。
ワギウって和牛のことだろうか。
「早く入って!」
桐花のお母さんが大きな木の扉を開けてくれた。
扉の向こうには更に扉があった。
「スタッフは立ち見でお願いします」
空いている座ろうとしたところで、会場整理の生徒に止められてしまった。
腕章を外しておけば良かった。
小ぶりだが、豪華な礼拝堂だった。
式は一組十分くらいの略式で、完全入れ替え制らしい。
衆人環視の中で、桐花がブライズメイドだかいう役目をちゃんとこなせるんだろうか。
チャペルの正面に立つの人物は見間違いようがなかった。
「おー! おじさんのお友達が来てくれました!」
いかにも牧師さんという格好をした桐花の父さんが手を振っていた。
これは恥ずかしいな。
「Good afternoon everyone! 少し時間がありますから、お説教しましょう」
うーん。
ちゃんとした牧師さんっぽいな。
白い祭服に身を包まれているからか、様になっているように見える。
たが、いつもの陽気なオーラは隠せていなかった。
随分年を取った参列者が多かった。
皆、まるで本物の結婚式に参列するかのような格好だった。
「そうですねぇ、皆さんがとってもよく知っている『
わぁ、こいつはひどい。しかもプロレスラー風の身振り手振り付きで。
壮年の参列者は皆爆笑していた。
「あ、相変わらずだね、桐花のお父さん」
嗣乃は思い切り引いていた。
俺も引いているが。
「このゴッドは、強調のためのゴッドなんです。日本語でもすごいことを『神ってる』って言いますよね?」
また爆笑が起きる。
かなり意味が違うと思うんだが。
「ご参列の皆様、静粛にお願いします」
準備ができたらしい。
というより、このネジの外れた説教を止めようとしたのかもしれないな。
「今回は諸事情により少し多めにお時間をいただきますが、ご了承ください。結婚五十年目、初めての結婚式でございます。参列者の皆様は、撮影をご希望の参列者様にご協力ください。まずは、新郎の入場です。皆様、盛大な拍手と声でお迎えください」
お嬢様学校の制服を着た女子生徒が、礼拝堂のオルガンを弾き始めた。
聞いたことのある結婚式の賛美歌だ。
「あ、宜野座」
だから違うっての。
まぁ、サンプル呼ばわりよりはマシか。
見かけないと思ったら、こんな仕事をこなしていたのか。
黒いタキシード風のシンプルなスーツを着た宜野が、新郎の格好をした白髪の紳士が座った車椅子を押しながら現れた。
先回りした別のタキシードを着た男子生徒が、祭壇手前の段差にアルミのスロープを設置した。
宜野がゆっくりと車椅子を押し上げる。
裾の長いウェディングドレス姿の新婦が入場すると、大きな歓声が上がった。
歳はかなり取ってはいるだろうが、きれいな人だった。
白い花のブーケを持って、ゆっくりと白いカーペットの上を歩く。
その後ろから、オフホワイトの長袖ワンピースを着た桐花が付いてきていた。
「ふぐ……ふぐんぅ!」
「抑えろ嗣乃」
嗣乃が自分の口を手で必死に押さえていた。
はぁ、我が兄弟ながらガチで気持ち悪い。
嗣乃の不足していた金髪分が、一気に過充填状態に陥るのも無理はなかった。
新婦の足取りに併せて長いスカートの裾を直しつつ進み、段差に差し掛かった所ですぐ新婦の斜め前に回った。
新婦が裾を踏まないようにか、少し持ち上げながらエスコートする。
新婦が段差を登り切ってから新婦の前へ回ってベールの形を直し、階段にかかったスカートの裾の形を整えた。
新郎のエスコートを終えると、祭壇の横に控えた宜野の隣に立った。
自分が立っている位置から、桐花の姿がよく見えた。
しっかりとをメイクした桐花は初めて見た。
頬の日焼けとそばかすは綺麗に隠され、薄い唇は紅い色でしっかりと強調されていた。
髪は整髪料でかちっと固められ、飾り気は首から下げた大きめの黒い十字架のペンダントだけだった。
歓声が何度も上がる少し緩い雰囲気の式が進行していく中、桐花は要所要所でベールとスカートの形を直す姿が板に付いていた。
「She's so amazing! でしょ?」
びくっと体が跳ねてしまった。
いつの間にか、桐花のお母さんがすぐ横に立っていた。
「は、はい……あ、あたし感動しちゃいました」
目と鼻を真っ赤に腫らした嗣乃の興奮が伝わってくる。
老夫婦の姿はどんな表現も当てはまらないほど、感動的な光景だった。
そして、そのかたわらに立つ桐花はその光景にしっかりと華を添えていた。
「立って歩けるようになってからずっと結婚式のお手伝いしてるから、すっごく上手なのよ」
なんだよ、俺よりちゃんと人前に立てるんじゃないか。
幼児の頃に預けられていた教会付属の保育施設で覚えたんだそうだ。
こんな田舎に金髪の女の子がいたら、誰でも結婚式に華を添えて欲しいと思うだろう。
宜野の姿も様になっていた。
ブライズメイドに対して、新郎の付き添いはグルームズマンというらしい。
宜野がこちらに気づいて笑顔を向けてきた。
桐花もついに俺達に気づいたらしく、びくりと体が跳ねさせた。
嗣乃が小さく手を振ってアピールするが、それを努めて無視していた。
また段差にスロープがかけられ、後ろ向きで宜野が車椅子を段の下へと降ろした。
桐花が花嫁をエスコートして段差を下ろすと、花嫁が何かを宜野につぶやいた。
車椅子の背後から宜野が退き、花嫁が押し始めた。
桐花は新婦の裾を直しつつ宜野の横に並び、新郎新婦の後ろを付いて行く。
涙が出そうだ。
老夫婦に何があったかなんて欠片も知らない。でも、語られなくても分かる。
模擬結婚式などという範疇を大きく超えていた。
桐花は背筋をしっかり伸ばし、いつも俯いていた目線はしっかりと前を見据えていた。
これだけ衆目に晒されているのに、一切の動揺も見せていなかった。
きっとこの日のために、しっかりと準備していたんだ。
新郎新婦が一度礼拝堂の出入り口で前を向き直し、牧師と参列者に礼をした。
振り返った際に少し乱れた裾は桐花が新婦の背後へと流し、そのまま礼拝堂をゆっくりと出て行く。
礼拝堂の扉が静かに閉じられ、拍手も止んだ。
幻想的という、ありきたりな表現しか思い浮かばないような時間が終わった。
西洋画の中に溶け込んだような桐花は、自分の手なんて届かない場所にいる存在に思えてしまった。
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