少年の戸惑いと少女の秘密-3
女子校。
それは男子にとって禁断の場所であり、甘やかな妄想の材料となる場所だ(偏見)。
俺は今、元とはいえその女子校にいる。
いるんだけど。しかも四時間は経過しようとしているんだけど。
『……文化祭をお楽しみの皆様へ、お伝えします。もうすぐ、お昼の時間です。中庭のテーブル席は、お早めにお取りください。相席、譲り合いにご協力、宜しくお願い申し上げます……』
はぁ、もうお昼か。
おかしい。
一応ミッション系だって聞いていたし、マリア様の像の前で手を合わせている生徒が一人も存在しなかった。
というか、マリア様すらいらっしゃらなかった。
正門前の建物はギリシャ建築を思わせたが、そのすぐ裏は割と普通な校舎や体育館に、やたらシックな外見のチャペルを備えているだけだった。
ただ、さすが私立だと思う部分はあった。
前日は嵐のような文化祭準備があったはずなのに、掃除が行き届いた構内は見事だった。
「つっき、顔テッカテカだよ?」
「うるせぇ。俺の顔に興味ある奴なんていねえからいいんだよ」
俺と陽太郎の気分は全く浮かなかった。
というか、胃腸が疲れていた。
今週頭、我が家に限らず皆の家の冷凍庫はアメリカ産の牛肉で満たされた。
フロンクロス家から贈られた物だ。
日頃の感謝と言いたいんだろうけど、量がおかしかった。
確かに汀家にはよく泊まってはいるが、桐花はある自分でお金を出している。
野菜と米に関してはタダに近いのでそんな必要はないのにもかかわらずだ。
親達は大喜びでバカスカ食らっているのだが、育ち盛りのはずの陽太郎と俺の胃腸が悲鳴を上げ始めた。
嗣乃も表情に出してはいないが、食傷気味なのは間違いなかった。
「模擬結婚式会場はこの道をそのま進んで、大きな看板を左です」
始めに陽太郎と俺に与えられた仕事は、チケットもぎりだった。
女子生徒が圧倒的に多いから、チケット入場制は当然といえば当然だ。
「……え? ごめんなさい、持ち場を離れるわけにはいかないので」
陽太郎を逆ナンするのはマナーの一つなんだろうか。
現実って残酷だな。
俺のもぎり列に並ぶのは親御さんばかりだった。
県内でセレブ率ダントツナンバーワンのお嬢様学校なのに、男女交際についてはかなり緩かった。
清楚な見た目は保っていても、案内してあげるから一緒に楽しもうと陽太郎を連れ出そうとする女子生徒は後を絶たなかった。
チャットIDの交換を求めていたり、訪れた彼氏と平気でお手々を繋いで歩いていたりもする。
挙句の果てに、メインイベントは『模擬結婚式』という恐ろしいイベントが目玉だった。
老若男女問わず、誰でも抽選で参加可能なイベントなんだそうだ。
チャペルのプロテスタント様式の結婚式をカップルが経験できるというものだ。
チラシによると男女カップルに限らない上に、抽選で当選した場合は観覧ゼロの秘密厳守で実施もできるという。
しかも服飾デザイン科の生徒達が制作したウェディングドレスとタキシードも借りることができて、牧師さんも本職が行う本格的なものだ。
「そこのお二人、代わりが来たので休憩行きましょう」
カウンターの後ろから声をかけられた。
笹井本会長氏だ。
陽太郎と俺の前に立った会長氏のにやけ顔は嫌な予感しかしなかった。
「つっきー、おんぶー!」
何かを仰っているけど聞こえないなぁ。
「安佐手月人君、おすわり! 私をおんぶ!」
うえぇ……。
聞こえないふりさせてよぉ。
「え? 君の名前陽太郎君って聞いてたけど月人君っていうの!?」
「い、いえ、僕が陽太郎ですけど……?」
陽太郎が女子達に詰め寄られていた。
まぁ、そう思うよね。
この美人生徒会長がちょっかいをかける相手がこんなのの訳がないし。
とりあえず、自己防衛《無視》しよう。
「ちょっとつっきー! せっかく本妻がいないんだから愛人の相手してよぉ!」
両指を耳に突っ込む。
「ねーねー!」
誰だ本妻って。
あ、画面の中か。
「ねーねーねーねーねー!」
うるさいなぁ!
「よー、今だけ安佐手月人になってくれよ!」
「へ? つっきが頼まれてるのに?」
心底嫌そうな顔するなよ。
その表情もイケメンだから腹立つんだよ。
「俺がしたら絵面悪いだろ!」
周囲の生徒達の目の中にはてなマークが浮かんでいた。
そりゃあそうだろう。
「え? 何? 君もしかしてトッティの弱味とか握ってんの!? どんなの!?」
いい加減自分のことは良く分かっているつもりではいるけど、こういう扱いは悲しいな。
「あーあ、これだから現役のオバカJKは! 高身長イケメンってだけでスペック測ろうとするなんてねぇつっきー!」
後ろから抱きついてベタベタするのは本当に止めて欲しい。
文化祭でテンションがおかしくなっているんだろうか。
童貞を卒業できる単位が取れない予定の童貞をいじめてそんなに楽しいのか。
「離してください!」
「んもう! おうちまで行った仲なのにぃ!」
更に余計なことを言いやがって!
周囲がざわつきが大きくなってきた。
美女に抱きつかれるのは悪い気がしないし、部屋に来たことがあるってことにもかなりの優越感を感じる。
でも、この状況で言わないでいただきたい。
しかし俺はうろたえない。
悪意のあるいたずらは普段からしっかり警戒しておけば、こういうことをされても心を乱すことなんてないのだ。
……駄目だ! 超絶乱れてる!
「え? 君何者!?」
「もう私ねー弱みっていうかぁ、私の弱いところ全部知られちゃってるていうかぁ」
はい俺の負け! もう負けでいい!
「分かりましたよおんぶでも何でもします!」
もうやだここにいたくない!
会長氏B専疑惑が立っても知らんからな!
「いやっはーさすがつっきー! いえーい!」
「ちょ! あぶな!」
背中に飛び乗られてさすがにふらついた。
本気でおぶさる気か。
「笑うな!」
陽太郎が必死に笑いをこらえていやがる。くそ。
「ふふ、こういうのモテ期っていうんじゃないの?」
うわ、陽太郎め、完全に嘲笑しやがったな。
これはどう考えてもいたぶられてるだけだろうが。
「会長、降りてください!」
あぁ、駆け寄ってきた宜野キュンがかっこよく見える。
「会長権限で拒否する!」
「何を言ってるんですか! 本部に報告上げますよ! こんなことしてみんながどう思うか想像してください!」
背中で会長氏がうーんと唸る。
そうだよ、考えてくれ。いやまず降りてくれ。
「他校のウブな少年をたぶらかして手玉に取るお嬢様学校の生徒会長にあるまじきクソビッチって感じ?」
頭湧いてるとしか思えない発言に限って早口だな。
「よっ! ビッチ会長!」
「クソビッチ会長こっち向いて!」
「いえーい! つっきーもいえーい!」
やだ撮られる!
インスタされる!
ティックにトックされる!
「はいクソビッチ笑ってー!」
「今会長って付けなかった奴誰だコラァ!?」
キレるとこそこ?
ああ、なんでこんなに盛り上がってるの?
段々手足が痺れてきたからそろそろ降りてもらいたいんだけど。
「ど、どこに行けばいいんですか?」
「えー? デートコースはカレシが考えるものよつっきー?」
「スタッフ休憩所は体育館の事務室です。安佐手君、ほんとにごめんなさい。こんなの投げ捨ててください」
「何? 実優斗もしかして嫉妬ぉ? 大好きだもんねぇつっきーのことぉ! ぜってー渡さねぇ!」
ドスの利いた声で渡さねーとか言われても、あなたの物になった覚えもないよ。
もう駄目だ。耐えられない!
「え!? つっきーちょっと怖い! え!?」
重たいが、なんとか足が動いた。とにかく体育館へ走ってやる!
嘲笑われてるよ。もうやだよ。
何してんのというか、何されてんの俺?
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