少年の戸惑いと少女の秘密-2
「皆様おはようございます。一年生の白馬です」
いやん、なりみちゅキュンかっこいい。
公民館のセントラルヒーティングによる空調はなかなか快適だった。
結局大した回数参加できなかったが、あまり機能していないことは分かった。
そもそも当初聞いていたメンバーの半分も来ていないなんて、来年が思いやられる光景だ。
といいつつ、こちらも一年生三人だけだ。
二年生は忙し過ぎて参加なんてできたもんじゃなかった。
白馬はいつの間にか上級生の女子に『なりみちゅくん』というあだ名が付けられ、人気は不動のものとなっていた。
まぁ、現実に尻からはちみつを出しそうな美少年なんてそうそういないからな。
そんな白馬の人気を俺が利用しないはずがなかった。
「今更申し訳ないのですが、改案事項が一点あります。皆様にとっては負担減に繋がりますので、何卒ご検討ください」
はきはきとしゃべる姿はちゃんと男子だ。
彼女持ちなのになんでこんなに人気があるのかと思ったら、あんな美人の相手がいるのはむしろ好印象らしい。
はぁ、周囲に祝福されてるの羨ましすぎるね。
爆発四散してしまえ。そして俺が頼りにしたい時だけ復元してくれ。
今日の発言担当者を白馬にお願いした理由は他でもない。
角が立たないようにするためだ。
提案というのはどんな提案をするかではなく、誰が提案するかでも印象は大きく変わってしまう。
ブサメンのつたない予算削減案も、美少年の白馬に提案してもらえば信頼度はマキシマムってもんだ。
ほんと、世知辛い。
ブサメンの意見もちゃんと聞いて欲しいなぁ。
「当校の学園祭につきまして、警備スタッフは無しとさせてください」
案の定、ざわつき始めた。
俺が言ったらざわつきでは済まずに椅子とか飛んできそうだ。
他校からの警備スタッフは交通費に朝昼晩の食事に模擬店の優待券まで与えられる。
餌がないとでかい学校の警備なんてしてくれる人がいないからだ。
模擬店の優待券というのは、警備中に人気の模擬店の行列に並ぶ不逞の輩を防ぐ苦肉の策なんだそうだ。
「原因は、当校の予算が足りなくなってしまったのが原因です。スケジュールを開けていただいていた皆様には、昨年大変好評だった当校創作ダンス部の提供するパウンドケーキの優待券と、臨時運行されるバスの往復券を発行させていただきます。ご希望の方はお申し出ください」
おおーという声が上がった。
うまく丸め込めそうだ。
これでそれなりの金額をセーブできるはずだ。
笹井本部長氏は優待券を作りたいという要望を簡単に叶えてくれた。
見返りは今後用意する必要がたくさんあるだろうが。
「フロンクロスさん、後でその部分をメールでもらっていい?」
「メールとかじゃなくて、クラウドだから、もう今この編集画面が見えるの!」
俺の前の書記席には、金髪と黒縁メガネの優男系イケメンが座っていた。
金髪が小声でいらついた声をあげていたが、黒縁メガネの宜野は相変わらず理解していないらしい。
宜野のパソコンに繋がるマウスを桐花がカチカチと操作していた。
「う、うわ、もう同じものがあるの? え? 自動的に入力されてる!?」
「こっちで打ってるから反映されて……ご、ごめんなさい」
前に立っている白馬さんが、桐花をものすごく睨んでらっしゃった。
「ご、ごめんなさい! 僕のせいです!」
「宜野君、向井さん、誰が悪いではなくて、静かに願います」
白馬さん相変わらず怖い。
いい加減宜野も学ばないかな。
桐花のメモの速さと正確性は予習によるところも大きい。
今回の予算ケチケチ警備イラネーヨ作戦を練っている段階で、桐花はもうこの部分の議事録をほぼ完成させていた。
「改めまして、今回は当校の不手際でこのようなことになってしまい、申し訳ございませんでした。異議はありませんか? ありがとうございます」
手が上がらなかった事を感謝するかのように、白馬が深々と一礼した。
「日が早いなぁ。湯に浸かりてぇ」
例年に比べれば暖かい日は多いが、今日はずいぶんと寒かった。
流石にブレザーだけでは耐えられなくなってきた。
「安佐手君年寄り臭いよ。今度仁那ちゃんのおうちのお風呂使わせてもらうといいよ。総ヒノキでリフォームしたばかりで……どうしたの向井さん?」
ざざっと後ずさる桐花が気になったか。
俺でさえ余計な想像しないように気をそらしているっていうのに、生々しいんだよお前は。
「安佐手君、お話中ごめんなさい。ちょっといいですか?」
なんだ宜野か。
爽やか野郎は白馬一匹でも多すぎるのに二匹も。
「俺こそごめん。爽やか属性は白馬で間に合ってるから。しっしっ」
「ずいぶん予算を削ってるみたいですけど、大丈夫ですか?」
『しっしっ』をスルーするな。俺がスベったみたいになっただろ。
誰だ俺のあしらい方を宜野に教えたのは。
「宜野君、実はそうなんだ。思った以上に集客がありそうな予感がしてて。多少予算は補充できたんだけど心許ないんだよ」
やだ、なりみちゅくん素敵。
元お嬢様学校から上手いこと金でも引き出してくれないかな?
「なるほど。そうですねぇ」
不器用な手つきで携帯をいじくる宜野の眼前に、ゴツい携帯電話が差し出された。
桐花だ。
「これがトラックのチャーター代。そっちの資材の廃棄費用の見積とって比較して、それでもし、チャーター代の方が安かったらチャーター代を検討してもらえると」
思わず桐花の腕を掴む。
「桐花! いくらなんでも失礼過ぎるだろ!」
突然なんてことを強要しているんだ。
「……ごめんなさい」
「あ、いいんです。困った時はお互い様だから、この点検討します。それでは皆さんまた!」
「わ、悪い! 今度正式に依頼する!」
他の文化祭からいただける余りの木材やら塩ビ管やら模造紙の切れ端やらは貴重だ。
学園祭のゲートを飾る支柱に使う長い鉄パイプに至っては絶対に無くてはならないので、学校間で使い回しだ。
余剰資材は次に文化祭が近い高校がチャーターしたトラックで運ばれるのは慣例化したルールだ。
でも、慣例化しているルールほど無駄を削りやすい部分はない。
そのことに桐花だけが気付いたって訳ではなく、誰しも分かっていながら変えてこなかったことだ。
「あれ? 安佐手君も向井さんも自転車で来なかったの?」
「あぁ、桐花のお父さんに整備してもらってんだよ」
自転車は整備不足で三台とも桐花のお父さんに没収されていた。
俺達が自転車を買った店のオヤジが、引退と称して店を閉めてしまったのだ。
買ってからそれ程整備してもらってはいなかったことをなんとなく桐花に告げたら、三台とも奪われてしまった。
桐花の自転車も一緒に整備中らしい。
「ん? 桐花、どこいくんだ?」
桐花はバス停で立ち止まらなかった。
「あっちのファミレス。宜野に教えてくる!」
あんにゃろ、まだ俺達が使ってるクラウド共有を理解してなかった。
今週が自分達の文化祭だってのに。
それにしてもここ数日、桐花はずっと機嫌が悪かった。
機嫌の悪い理由の一端は、独断で交渉して責任を被ろうとした俺にありそうだ。
女子の怒りは有利子負債であり、しっかり完済しなくてはならないことも分かっているんだが。
「安佐手君、一緒に行かなくていいの?」
「へ? なんで?」
宜野は気安く話せる奴ではあるんだが、奴の理解力の無さは陽太郎を見ているのに似ていた。
何度説明しても覚えない宜野の野郎に正気を保って物を教える自信がなかった。
そんな姿を桐花に見られたら、ますます距離を置かれそうだ。
「安佐手くーん? はぁ……もう」
盛大にため息を吐かれた。
「だからなんだよ?」
「黙っちゃうほど考え込むくらいなら行ってきなよ」
「宜野に嫌われたくねーからいいんだって。初心者に教えてるとイライラすんだよ」
じっと白馬が俺の目を見ていた。
少し困惑したような視線だ。
「僕の正直な感想を言っていいかな?」
「なんだよ?」
「宜野君、わざとじゃないかな?」
「はい?」
「何度か安佐手君が説明したりやって見せたりしているのにさ、向井さんが同じことして驚いていたでしょう? あんなに物覚え悪い人が特待生になれて演劇ができるとは思えないんだよ。あの手この手で向井さんの気を惹こうとしてると思う」
人聞きの悪い。
だけど、白馬の言いたいこともなんとなく分かるが、それが目的なら逆効果も良いところだ。
「嫌われるだけだろ、そんなことしても」
「何言ってんのさ! ちゃんと対処しないと!」
でかい声を出しやがって。
他校の連中が同じバスを待ってたらどうすんだよと言いかけて、誰もいないので言えなかった。
そりゃあみんな寄り道して帰るよな。国道沿いだし。
宜野の野郎が桐花にちょっかいを出す気は満々なのはもう分かっている。
だからといって、何なんだ。
「……大丈夫だっての」
全く白馬もしつこい。
桐花を心配してくれてるのは分かるんだけど。
「その言葉、信じるからね?」
格好良い台詞吐きやがって。
「あのなあ、桐花だって自分の行動に責任が持てない訳じゃないだろ」
「それは……そうなんだけど。安佐手君、本当に大丈夫なの?」
俺が大丈夫かって質問は的はずれだ。
桐花にだって物事を判断する力というか、権利がある。
そこを俺達が邪魔をするのは違う。宜野の下心くらい桐花だって分かると思うんだが。
ただ、宜野がなりふり構わず桐花の気持に立ち入ってくるようなことをしたらという心配は少しあるが。
そうなったとしても、選択するのは桐花自身だ。
でも、なんだこの焦燥感は。
「……また黙っちゃって」
「え? あ、いや、別に」
あきれ顔も素敵だな、爽やか野郎。
「安佐手君、考えるのは得意でしょ? だからさ、向井さんについて二倍速で二倍の時間かけて考えてみてよ」
「は? いつからいつまで?」
何を言っているんだ。
もう学園祭が間近に迫っているんだぞ。
「いつまでって……じゃぁ今から学祭が終わるまでかな? もう仕事なんてしなくていいよ。もう安佐手君は自分のやるべき部分よりも多くやっちゃったんだから、後は僕達に見せ場を譲ってよ」
数分遅れのバスが到着し、話がそこで終わってしまった。
今までの二倍速で二倍の時間考えろか。それはまた難しい注文だ。
というか、どうしてそんなことをすべきなんだと白馬は思うんだろう。
まさか、俺に余計な下心を期待しているのか?
最近桐花の事を考えると、すぐに思考がループしてしまう。
考えれば考えるほど、向井桐花ことクリスティニア・フロンクロスという人物像が見えなくなってしまう。
知り合って半年が過ぎたばかりだから、それは普通なんだと思う。
だけど、桐花のことは周りの人間よりは理解したい。そう思ってしまう自分を止められなかった。
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